1979年 9月15〜16日 FUNKY 第四回 ツーリング

< 初めての1泊ツーリング >

行き先 鳥海山 最上川 須川 温泉 蔵王

<このレポートは1979年に書かれたX氏のレポートを基にRyutaが監修したものです。>



 今考えて見ると7月末の第一回ツーリングからこの第4回1泊ツーリングまで1ヶ月半しか経っていない事を考えると、FUNKY発足当時の熱い思いがヒシヒシと感じられる。

 連休ではあったが仕事の関係で朝から出発する事ができないメンバーもいて、先発部隊と後発部隊に分かれて宿で落ち合うことになった。

 先発部隊は秋田を発って国道7号を南下、象潟から鳥海山ブルーラインで鉾立まで行って山形県側に下って酒田、鶴岡を経由して羽黒山に行きそこから最上川に出て川沿いを走って新庄にでる。新庄から国道13号を北上し雄勝峠を越えて秋田県に入り湯沢から稲川町にでて小安温泉に向かい栗駒有料道路を登って須川温泉 栗駒山荘 に到着する。

 後発部隊は仕事を終えた7時過ぎ秋田を出発、国道13号を南下し十文字から増田、皆瀬を通過、小安温泉から先の真っ暗闇で狭い曲がりくねった道を走りPM10:30過ぎ宿に到着する。

 以下 Mr.X氏の報告をご覧下さい。






 この時泊まった栗駒山荘は、現在の立派な建物ではなく古ぼけた宿で昔も現在の場所に建ってはいたが、入口は今の下の駐車場に行く所にあったので目立たなかった。私は 須川温泉 栗駒山荘 は岩手県側にある建物のだとすっかり思い込んでいて、そのつもりで予約もしたし実際最初は岩手県側の須川高原温泉に行ってしまった。しかし行ってみるとそこに予約は無く、予約したのは下の秋田県側の建物であることが判明したのである。

 宿に着いて着替えてから温泉に入りゆっくりしたところで夕食のため大広間に行くと、我々の隣には塩釜の海上保安庁の団体さんがいて結構盛り上がっていた。我々もアルコールが入ってテンションが上がってきてお隣さんとコラボレートが始ったが、私には一つ心配ごとがあった。

 それは宿の栗駒山荘のことであった。私も間違ったように、後発部隊も岩手側の須川高原温泉を栗駒山荘と思っているに違いないと考えられることであった。このままでは後発部隊は岩手県側に行ってしまうのではないか。そんな思いが頭から離れなかった。

 そうなるといてもたってもいられなくなり、九時頃私は外に飛び出しバイクを入口まで押していた。後発部隊が秋田を何時に出たのか分らないしここまで何時間掛かるかも分らなかったので、とにかく来るまで外で待つことにしたのである。今であれば携帯で連絡を取れば、こんな心配もしないで済んだのであろうが。

 さすがに標高1000m以上もあるこの場所はこの時期この時間になると結構寒かったが、温泉とアルコールの効果もあってか浴衣と丹前で何とか我慢はできた。外は真っ暗で星も月も出ていなかったが、ボッーと有料道路の方向を見ていたら遥か彼方の山の向こうが時々明るくなるのを発見する。

 その光は湯沢方面と思われる方向で行われていた花火大会の光であったようで、色とりどりの小さな光の玉が光っては消えていく。当然音は聞えないのだが、それは暗闇のキャンバスの片隅に描かれたアートのようにも見え暫くその光の芸術に見とれていた。

 花火も終わりまた辺りに暗闇が戻って暫くしたら他のメンバーがやって来た。突然いなくなった私を探してやってきたようだ。そういえば私は海上保安庁と盛り上がっている他のメンバーに何も言わずに出て来てしまっていた。メンバーと一緒に待つこと30分、有料道路方向の山に光が一つ現われ、そしてそれが二つ三つと増えていく。

 来たー!! 光の群れは段々近づいてきてKAWASAKI 650RSのバーチカルツインの図太く低い音、ベネリ クワトロのカン高いエキゾーストノートが聞えて来る。すかさずCB400Fのライトをパッシングしこちらから合図を送る。

 それはあたかも鈴鹿8耐のゴールシーンのように感動的なシーンであった。ライダー達は待っていたメンバーに感激し、待っていたメンバーは到着したライダーの労ををねぎらう。23年経った今でも、そのシーンはその時の感動と共に私の脳裏にハッキリと焼き付いている。





当時の栗駒山荘は岩手県側と比べて活気の少ない宿であった。


 2日目は栗駒山荘を発って一関に出てそこから高速に乗って宮城県村田ICまで走り、そこから蔵王エコーラインを登ってお釜の見学した後、上山に出て国道13号を秋田まで北上するコースであった。

 須川から真湯温泉までの国道342号は今でも狭い山道だが、当時は須川高原温泉を出ると直ぐに砂利道でそれは延々と真湯まで続いていた。あまりにも長く続く下りの砂利道にYAMAHA XS650SPのリヤブレーキがフェードするというハプニングまで起きてしまう。私のバイク経験の中で砂利道でブレーキがフェードしたのは後にも先にもこれ一回である。ま、当時のディスクブレーキは、効きもしないのに簡単にフェードする不思議なブレーキであったが。

 一関から村田まで FUNKY 初めての高速道路走行を体験したが、期待した程の感動は無くこれ以降FUNKY では時間をお金で買う時以外、高速道路を使用することはなくなったのである。

 村田インターから蔵王のお釜を目指す。お釜でオカマ写真を撮って上山に下り、国道13号に出てガソリンを給油した後、それは起きてしまった。

腰付きがオカマッぽいMr.X氏



お釜下の駐車場での私。 若い! バイクは HONDA CB400Fスペシャル

 YAMAHA XS650Special のキャブレターがオーバーフローを起こし停止してしまったのだ。このバイクまだ買って半年も経っておらず、ここでクレーム修理を行う事になってしまった。原因はフロートバルブにゴミが挟まった為であったが、キャブレターをばらしてゴミを取り除き修理は終了した。今考えたらYAMAHAにクレーム修理代を請求してなかったなー。




 修理を行っている横で他のメンバーは缶飲料を買って来てワイワイ・ガヤガヤ騒いでいたようだが、私はそんな事も知らずにキャブレターの修理に没頭していた。自分の事は自分で責任を持ち、そして楽しむ事には貪欲になる。こんな所がFUNKYFUNKYたるとこのなのであろう。その伝統は今でもしっかりと受け継がれているようである。

 この後は何事も無く国道13号を走って、全員無事秋田に帰還し初めての1泊ツーリングは終了したのであった。



 Mr.X氏の愛車 HONDA XL500S



1泊ツーリングコース図


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