雨の横浜町 道の駅にて





雨・雨・雨のお泊りツーリング

2003.6.28〜29
2003 FUNKY 4th.ツーリング

    Report by Ryuta
    

2003 FUNKY 4th.ツーリング コース


1日目⇒比内⇒小坂⇒十和田樹海ライン⇒十和田湖⇒

奥入瀬⇒十和田市⇒国道4号⇒野辺地⇒国道279号⇒

横浜町⇒むつ市⇒大畑
下風呂温泉 MAP 


民宿 丸山泊 TEL017-36-2217 1泊2食付き6,500円(税込み)
〒039-4500  青森県下北郡風間浦村下風呂





2日目下風呂温泉⇒むつ市⇒東通村⇒六ヶ所村⇒三沢市

⇒八戸市 YSP八戸西⇒名川⇒国道4号⇒三戸町⇒

国道104号⇒中滝⇒十和田樹海ライン⇒小坂⇒毛馬内

⇒比内⇒国道285号⇒米内沢⇒上小阿仁⇒五城目⇒

広域農道
⇒モト ワークス ヒラタ 
 走行距離 703km
       雨の上小阿仁  道の駅

 1日目 6月28日(土)正午の時報が鳴って、テレ朝系東北ローカル番組TVイーハトーブが始まったのを何の気無しに見ていると、司会の八波一起が出だしのトークでとんでもない事をのたまっている。
「6月28日は雨の特異日で今日の仙台は雨が降っています。」だと。
 今日は雨の特異日だと・・・。 もっと早く 「言ェー」 。
 毎年7月のツーリングは第一週の日曜日としていたのだが、ここ数年毎年雨に遭っていた為、今年は一週早めて6月最終週に決定したのである。その日が雨の特異日と知っていれば、幾ら偏屈な私でも選りに選って雨の特異日にツーリング日を決めるような事はしなかったのに。
   これを 「後の祭り」 と言う。



 十和田市のGSで。雨の奥入瀬はノロノロ運転で疲れました。

 今日の集合時間はPM0:30となっていたが、最初に登場したのはY嬢であった。実はY嬢ここに来るのは今日2回目で、朝一度来てテールバックを取り付けエンジンオイルを補充して帰って行った。再び登場した時の出で立ちは、おニューのレザースーツの上に雨具を着ての登場である。前回のツーリングに引き続き天候は雨、雨具装着も大分慣れたようである。

 二番手の登場はM氏であった。M氏は店の前を通り過ぎて隣のGSの入って行き、ガソリンを満タンにしたYZF750SPと共には戻って来た。バイクを止めた彼は直ぐに中に入って来ようとはせず、バイクの周りをウロチョロしている。その時の私は、この事がその後に起きるであろうドラマのプロローグであったとは知る由も無かった。

 そして最後の登場人物であるP氏は、PM0:20頃に電話を入れて来て雨具の装着を確認して来る。彼は今日の午前中まで仕事で、12時で仕事を終え急いで支度をしてやって来る事になっていた。しかし、彼が登場したのはPM0:40を回っていた為、彼は休憩も取れず腹を空かしたまま出発する事になったのである。実は彼のバッグの中には昼食用の焼きソバパンが入っていたのだが、その時私はそんな事は知らなかった。


 今回の参加メンバー4名全員が揃ってPM0:50前、降りしきる雨の中 <本州最北端の地> 下北半島 大間崎の十数キロ手前にある下風呂温泉に向かって秋田市を出発する。出発するまでインターネットで雲の画像や雨雲のレーダー画像をチェックしていたが、これから向かう秋田県北部や青森県三八地方には雨雲がビッシリ張り付いていて雨は止みそうに無い。下北半島には雨雲は掛かっていなかったが、下北に着く頃にどうなっているかは分からない。

 まずはいつもの様に広域農道を通って五城目に出て、国道285号に入り上小阿仁にある道の駅を目指す。普段のツーリングでここを通る時間帯は早朝で結構良いペースで走れるのだが、今日は車が多く雨も降っている事もあって車の後ろについて走る。

 ユックリ走っていてもドラマは有った模様で、Y嬢左に緩くカーブしたトンネルの中で前に追い着こうとしてアクセルを開けた途端リヤタイヤが滑り出てしまう。ここで転倒してはツーリングレポートに絶好のネタを提供してしまうと、Y嬢必死で体勢を立て直し皆の所に戻って来たようだ。最後尾を走っていた為前の3人は気付かなかったが、Y嬢ツーリングの度にトンネルの中で怖い思いをしているようで、トンネルはY嬢の鬼門(丑寅の方角)となっているようである。

 トンネルと言えばP氏、トンネルの中に入ると盛んにR1のキルスイッチを操作してマフラーの中でパンパン音を出している。もういい歳なんだからいい加減に止めたら?とは思うが、しかし止めてしまったらP氏らしくは無くなるか。難しい?選択ではあるが、いきなりの爆発音は心臓に良くない。私みたいな年寄りは驚いて心臓発作を起しかねないので是非慎んでもらいたい。



 1時間程で上小阿仁の道の駅に到着する。昼食を取っていない者が約2名程いる様なので長目の休憩を取る。約2名はパンをバッグから持って来て食べている。これからまず十和田湖に行き、子ノ口から奥入瀬を下って焼山まで走ってガソリンを給油、そこから八甲田に向かう予定で PM2:00 上小阿仁を出発する。

 毛馬内から小坂に出て十和田樹海ラインで行く事にしていたが、雨が降っていて行っても楽しくないのは分かってはいた。しかし、国道103号で行くよりは信号も車も少なく走り易いと判断しあえて樹海ラインに向かう。樹海ラインは思っていたより雨は強くなく又ガスも薄くスムーズに発荷峠に到着する。発荷峠から和井内までの下りの道はポルシェの後に着いて走る。雨のカーブはさすがにポルシェは安定していて、ジリジリと離れて行く。しかし追う気も起こらず漫然と走っていると片側交互通行の信号で先に行ってしまった。この曲がりくねった道路は毎年路面が荒れて来ていて、P氏が路面の段差でフロントを掬われ横っ飛びのオトット。何とか事無きを得たが、国も秋田市に700億円掛けてトンネル掘る金が有るなら、同じ秋田県のこの路面を直して欲しいものである。

 子ノ口から奥入瀬に入ると、今日は週末土曜日とあって観光バスや観光客の車が多い。又景色を見ながら走る為かノロノロ運転が続きウンザリ。雨も強くなってきて走るのが嫌になってくるがここは我慢のしどころ。2サイクルVツイン特有の低回転で出る振動をなだめる様にアクセルをコントロールして走る。こんな時、関東のライダーだったら対向車線をガンガン行くんだろうけど、私にそんな元気は無い。

 予定では焼山から八甲田方面に回る事にしていた為焼山で給油する予定であったが、八甲田に行って楽しい事は無さそうなのでこのまま国道102号を走り十和田市から国道4号で野辺地に向かう事にする。一段と強くなった雨の中を走って十和田市街手前のJAスタンドで給油する。私のTZRは200km近く走って10Lも入らない。雨の低速走行は地球に優しい好燃費をもたらしたようである。

 給油と小休止を取って PM4:50 GSを出発する。GSの人に下風呂温泉までは3時間位掛かるなどと言われて少し気が重くなる。Y嬢のTZRはSP仕様で、私のTZRより1・2・3速のギヤ比が速くなっていて奥入瀬のノロノロ運転では苦労したようであった。Y嬢のTZRは私がフルパワー仕様(後輪出力59PS以上)にチューンしたのだが、実走行を長く乗った事が無かったのでこの際チョットSPに乗ってみたくなって、無理矢理Y嬢とバイクを交換する事にする。

 SP仕様は1速のギヤ比が少し高くスタート時に少し長く半クラッチを使うが、走り出せば私の STD TZR より低速が有る様に思えた。又、低速での振動も明らかに少なく、これなら私のTZRより低速走行は楽そうである。しかし、6千〜9千回転に掛けてのトルクは明らかに細くパンチが無い。当然、それから上の高回転域は私のTZRとは段違いのパワーだが、中速から高速のつながりが悪い分高回転を使って走る時は走り難いかもしれない。

 SPより低速が乗り難い私のTZRにY嬢を乗せていては申し訳ないので、赤信号で停止したのを機会にY嬢とライダーチェンジを行う事を決断する。急いでバイクを降りた私は、タンクバッグを持ってY嬢の所に走る。Y嬢は突然の申し出にビックリした様子であったが、何とかライダーチャンジを青信号に間に合せ発進する事が出来た。

 国道4号にぶつかる手前でパネルバントラックの後ろに着いてしまい前方が見えなくなってしまった。その為、国道4号線の看板を見付けられず4号線を横切って1km近く走ってしまう。さすがに周りの状況がおかしい事に気付き、引き返す事にする。道に迷った時は、来た道を戻るのが一番である。横道に入って行けば往々にして土壷に嵌まって抜け出すのに時間が掛かってしまう事が多い。


横浜町 道の駅にて。 雨でもカメラを向ければ条件反射的にVサインを出してしまう年代のY嬢。

 何とか国道4号に戻って雨で混雑する国道を野辺地に向かって走る。雨は相変わらずで止む気配は無い。野辺地から国道279号に入ると車は少なくなるが、黄色線区間が長々と続きペースは上がらない。ここまで来るとさすが気温は下がってきて、道路脇の温度表示は12℃を示している。

 昼、インターネットで見たレーダー画像では野辺地から北には雨雲は無かったので雨が上がる事を期待していたのだが、一向に雨の止む気配は無く我々と同様に雨雲も移動して来た模様である。
十和田市から1時間半近く走って、PM6:25横浜町の道の駅に入り休憩を取る。バイクをパーキングの白線内に停めると、一旦止まったM氏が何を思ったのかまた走り出してパーキングを一周して帰って来た。



 雨中走行のストレスで精神的に壊れてしまったのかと心配したが、状況はそれよりも深刻であった。M氏が言うには、フロントブレーキを掛けるとザァー・・・と音がするので、その音を確認の為にパーキングを一周して来たのだと言う。明らかにブレーキパッドが磨耗してバックプレートの金属が当たっている症状である為、フロントブレーキのキャリパーを覗いて見ると。

 「何という事でしょう !」 ブレーキパッドにはバックプレートしか残っていなではないですか。これまた綺麗に4枚均等に無くなっていて、パッドもここまで綺麗に使い切ってもらえば本望であろうと感心してしまった。M氏、タイヤもそうだが消耗品は限界まで使い切るが信条であるようだ。

 しかし、感心ばかりもしていられない。この状態でブレーキを掛け続ければ、ブレンボ製ステンレスローターがパッドのバックプレートで削られ、直ぐにザラザラに磨耗してしまうのは目に見えている。こうなると高価なブレンボローターを守る為には、フロントブレーキを使用しないでリヤブレーキだけで走るしかない。

 時間も時間だし、今日は宿までフロントブレーキを使用しないで行くとしても、明日秋田までリヤブレーキだけで帰るのは、これまで幾多のトラブルを経験してきたM氏をもってしても苦行になる事は明らかである。


 M氏が何らかの異常を感じたのはどうも出発前に店隣のGSでガソリンを入れた時の様で、給油後店の前でYZFの周りをウロチョロしていたのはそのためだったらしい。多分その異常は、シンケイタカレのM氏しか感じえなかった微細な異常だったと思われるが、結局彼はその異常が何であったか確認出来ないまま出発してしまった。

 M氏は集合時間ギリギリに到着した為、自分の事で皆に迷惑を掛けてはいけないと言う気持があって異常を私に言わなかったと思われるが、その時点でパッドの磨耗が判明していればパッドを交換して出発できたわけで、他人の事を思うがあまり自分の思っている事をハッキリ言わなかったことが重大な結果を招く事になってしまった。世の中には、よくある話ではあるが、まぁー、走る前にブレーキパッドくらいは点検しとけ、という話なんだけどね。


 これには後日談があって、ツーリングから返って来た翌日、私はTZR250Rを清掃しながら整備していた。M氏の事もあったのでブレーキパッドを点検して見ると、何とリヤのブレーキパッドがほとんどない事を発見してしまう。そう言えば信号などで止まった時、後ろからキー・キーと言う音がしていたのを思い出した。以前からM氏のリヤブレーキが泣く事があったので多分それだろうと思っていたら、それは私のリヤブレーキパッドに付いているパッドの磨耗知らせる音だったようだ。M氏のパッドにはこの出っ張りは付いていなかった。

 確か前回のツーリング前に点検した時は、まだ3mm近く有ったのを確認していたのだが思ったより消耗が早かったようだ。以前よりアベレージが上がったのが消耗を早めたのかもしれないが、もう少しでM氏の二の舞になるところであった。人の事は言えねぇーなぁー。





 まぁー、パッドの事は明日になってから考える事にして、宿に着く時間が予定より遅れていたので宿に電話を入れると、電話に出たオバさんは 
 「支度を整えて待っているのに、今何処にいるの?」と、ご機嫌斜めな事が受話器の中から伝わってくる。
 「今、横浜町なんですけど、もう1時間程掛かると思います。」と答えると
 「バイクなんだからもっと速く来れるでしょ。」と言われてしまう。雨の為予定が狂って到着が遅れてしまう事を詫びて、出来るだけ早く行く事を伝えると、
 「こちらは昼雨降っていなかったですよ。今は降って来ましたけど。気を付けて来て下さい。」とオバさんは言った。下風呂温泉も雨が降っている事を知って、これまた気が重くなる。これで下北半島に行けば雨が上がるだろうと言う希望的観測は絶たれてしまった。後は雨の中を走って行くだけか。


 PM6:40 横浜町を発ってまずむつ市に向かう。走っている車も数少なくなってきてペースは上がるが、雨は弱くなったり強くなったりを繰り返しながら降っている。むつ市に着く頃には日も落ちて、雨の夜間走行と言う最悪の状況になって来た。

 夜間の雨中走行では、ヘッドライトから発せられた光は黒いアスファルト路面に吸収されて光の20%も返って来ない気がするし、対向車のライト光がシールドに付着した水滴に乱反射して見え難い状態になるし、道路に有る轍の水溜りが分かり難く思わず大きく水しぶきを上げたり滑ったリするし、坂道では川の様に流れる水流が突然タイヤからグリップ力を奪いライダーの神経を擦り減らす。

 大畑町のバイパス付近から雨が一段と強くなってくる。大畑町と下風呂温泉のある風間浦村の間にはチョットした峠が在ってクネクネと曲がった道が続く。何回と無く前後のタイヤを滑らせながら(と言っても絶対スピードが低いので大事に至る事は無いのだが、ヒヤッとはする。)峠を越えて下風呂温泉の灯りが見えて来た時は、耐久レースのゴールラインを通過した(耐久レースなど出た事はないが。)ライダーの様に 「これでもう走らなくてもいいんだ。」 と言う安堵感と達成感?が私を包むのを感じた。

 今日の宿 民宿 丸山 は、下風呂温泉のバイパスと旧道が交わる所に在る事は地図で知っていたが、宿を発見出来ないまま旧道に入ってしまい旧道沿いに宿を探したが見付からない。こんな時、宿の場所を聞くのは酒屋さんに限る。先程、道路左手にコンビニ風酒屋さんが在ったので、Uターンしてそこにバイクを止める。

 ここで宿で飲むビールとツマミを買って丸山の場所を聞くと、何と店のオバサンは我々の事を知っていた。丸山のオバさんから予約のお客がまだ着かないと聞かされていたようだ。小さな町の酒屋さんは、宿にお酒を納めているの場合が多く大抵の宿は知っているものなのだ。店のオバさんから宿の場所を聞いて来た道をバイパス方向に引き返すと 民宿 丸山 は旧道とバイパスが交わったチョット先に在った。先ほど通った時は旧道方向を見ていた為、見落としてしまったようだ。ビールは最初から買う予定にしていたから結果オーライであったわけだ。



 1泊2食付き 6,500円
   (消費税込みです。)

  <追加料理は時価>
    ご相談ください。



 PM7:45 民宿 丸山 に到着する。バイクを止めて玄関に行くとオバさんが出て来て迎えてくれる。駐車場と呼べる所は無く軒下と歩道に分けてバイクを止め荷物を下ろし玄関先で雨具を脱ぐ。雨の時はこの作業が大変面倒くさい。濡れている雨具は場所を借りて干し、ヘルメットと荷物を持って二階の部屋に案内されると部屋にはもう布団が敷いてあった。殆んどの民宿ではお客が布団を敷く場合が多いが、宿で布団を敷いてくれる所は珍しい。

 遅く着いてしまい食事の後片付けが遅くなっては申し訳ないと、急いで着替え一階の部屋に用意してあった夕食を食べに下に行く。

            1泊二食付 6,500円 の夕食メニュー  (ウニとアワビは別料金 ¥1000−) 

























 テーブルには3名分の料理がテーブル狭しと並べられていた。 海産物の生ものは、タコとイカしか食べ無いと言う魚屋の息子さんを除いた他の3名は、千円でウニとアワビを注文していた。

 電話では殻付きアワビと言う事だったのだが、私の聞き違いだったのか殻は付いていなかった。冷静に考えてみたら、いくら漁師さんが経営する宿とは言え千円でウニと殻付きアワビが付いたら、それはそれで ? なのかもしれない。       (殻付きアワビは単品でオーダー出来ます。追加料理は事前に注文してください。)

 料理は並べてから時間が経ってしまっていた為、焼き物や茶碗蒸などが冷えていて味が今一だったが、これは遅くなった我々が悪い。これで1泊二食付で6,500円だったら上等でしょう。

  HPを持つY嬢、レポート用に帆立の写真撮影
 食事の前に料理の写真撮影を行った後、まずはビールで乾杯となった。

 今日は一日中雨が止む事が無く大変な一日であったが、とにかくこうして乾杯出来た事に感謝して乾杯する。

 Y嬢、この至福の時を迎えて、今日最高の笑顔を見せる。彼女は、この時を楽しみに今日一日走って来た様なものなのだ。

 よく冷えた大瓶のスーパードライは、喉にジーンと染み込んだ後食道を通過して胃袋に納まった。 「 美味いィーッ 」 ビールはこの最初の一杯目が最高に美味い。 後は段々味が無くなっていく。




 ご馳走の前に座ったP氏は、突然動悸がすると心臓を抑える仕草をする。冗談だと思ったらそうでは無いらしく具合が悪そうだ。特別料理のウニを食べる顔にも覇気が無い。彼は一足早く二階に上がっていった。

 一方、M氏はアルコールが苦手で直ぐに御飯をもらったのだが、横浜町からここまでリヤブレーキだけで走って来た疲れからか表情が冴えない。ライダーは減速する時、無意識に前後のブレーキを掛けるもの。フロントブレーキを使わないと言う事は、意識していないとブレーキを掛けてしまうと事なのである。M氏によると、無意識に打ち勝つ意識を持つ事は大変疲れる事なのだそうだ。

 明日リヤブレーキだけで秋田まで帰る事を考えると気が滅入るのも分かるが、その事は明日何とかするからしっかり食べてください。

 下風呂温泉地区の民宿には温泉が付いていないため共同浴場を利用するのだが、利用時間が9時までだそうでこの時間からだとお湯が落とされている可能性が有ると宿のオバさんが教えてくれた。外は雨だし、この際温泉は明日の朝、朝風呂に入る事にして今晩は部屋に返って買って来たビール(発泡酒)をジックリ楽しむ事にする。

 結局、私が寝たのは29日になってからであったが私が起きている間中、二階の屋根から一階の屋根に落ちる雨垂れの音は絶える事無く鳴り続いていた。




 朝起きたら窓の外は嵐とまでは行かないが結構な降りであった。

 2日目 6月29日(日) 年寄りの朝は早く、5時前には目が覚めていた。雨垂れの音は相変わらずで、その間隔は昨晩より狭くなっている様な気がする。私の次は、朝5時にセットされた体内目覚まし時計を持つ女 Y嬢が起きて来る。昨晩、部屋に戻ってからの発泡酒を楽しむ会で主導的立場を務めた彼女は、マイペースで発泡酒を楽しんだ後、雨中走行の疲れが出たのであろう早目の時間にその辺でご就寝となっていた。

 それはP氏によって布団の中に運び込まれたのだが、当の本人は普段の様に朝5時布団の中で爽やかに目覚めたようだ。日頃から5時に起きていると言うY嬢は、起きては見たもののいつもと違ってする事無く手持ぶたさ。そこでお相手をしてもらおうとまだ熟睡中のM氏を起し始める。ところがM氏が起きたところで自分は寝る体勢に入ると言う、まるで我が儘な猫の様な行動に出る。Y嬢、家では3匹の猫を飼っていると言うから、飼い主は飼っているペットに似るのだろうか。私には猫の気持は理解出来ない。

 この部屋には14インチのテレビが置いてあり、そしてそのテレビの横には100円の投入口が付いた箱が付いていた。そのテレビを見たY嬢、逆さまにすれば大丈夫とのたまった。何が大丈夫なものか、テレビを逆さまにして見ろと言うのか。そうではなくて、Y嬢はテレビを逆さまにすれば100円を入れなくてもテレビを見られる裏技を伝授してくれたのだが、幸いにもテレビから出た電源コードは箱には接続されておらず普通にコンセントに差し込んだらテレビは映った。Y嬢の裏技は確かめていないが、良い子は絶対に真似をしない様にお願いしたい。

 5時を過ぎるとNHKのニュースも始まり今日の天気情報を見る。どうした事かテレビでは北海道の天気をやってではないか。ここは青森だぞ?チャンネルを変えると今度は青森のNHKが出てきた。ここが北海道の真向かいに在る事を忘れていた。天気が良ければ北海道が見える位置に在るのだから北海道の放送も普通に見えて当然なのだ。ここに住む人達は北海道と青森の両方の放送を見られるお徳な場所に住んでいるわけで、秋田の民放3局と比べたら羨ましい限りである。

 青森のNHKによる今日の青森県地方の天気予報は、開いた傘マークがビッタシと出ている。曇りのマークなど一つも無い。隣県の秋田も同様に雨マークなのだが、岩手県は午後から曇りマークが出ている。狙い目は岩手県か?

 今日の予定では大間崎や奧薬研温泉、恐山等を周る予定にしていたが、この雨だし観光地には寄らず秋田に直帰する方向で計画を練り直す。一方、M氏のパッド問題もある。まず、むつ市のバイク屋を当りそこにパッドは無かった時は青森か八戸のYSPに行く事にする。YSPであれば確実にパッドは入手出来るだろう。



 7時になっておばさんが朝食の用意が出来たと知らせに来る。昨晩と同じ一階の部屋で朝食となった。メニューは朝食の定番メニューにイカソーメンとタラコがプラスと言ったところか。

 民宿丸山の食事メニューの特徴は、多種にわたる海の物と夕食のカニカマといい朝食の桃缶といい、一品意表を突く品を加える事のようである。夕食のカニ蒲鉾は本物の蟹なら分かるが夕食メニューの中では少し浮いていたし、朝食の黄桃の缶詰も何か違う感じがしてならなかった。しかし私はそれを否定している訳ではなく、私とチョット違うそのセンスに感心したのである。


 食事を終え部屋に帰ると布団は綺麗に片付けらていて段取りの良いのに感心する。旅館だった普通の事なのだがここは民宿。


 温泉に来て温泉に入らないで帰るのも何なので、共同浴場に行く事にする。おばさんに聞いたら共同浴場は7時から営業しているとの事なので、宿から傘とサンダルを借りて共同浴場大湯に向かう。

 傘が3つしかなかった為、P氏とY嬢は相合傘で大湯向かったのだが、P氏今回着替えは下着しか持って来ていないらしく、どこに行くにもタイチのインナー姿で、何とも色気の無い相合傘姿ではあった。




 民宿 丸山 から温泉街に向かって進み、左手にあるお店(昨日ビールを買った店。)の向かいの坂道を右に入ると大湯はある。丸山から歩いて3分。






  中に入る前に発券機で入浴券を買う。大人300円。
 丸山を出て昨日ビールを買った店の前から右に坂道を登ると大湯はあった。大湯は銭湯の温泉版と考えれば理解は早いが、入浴料は番台で払うのではなく外にある発券機で購入しなければならない。この発券機、外観の割りには結構年代物の様で、当店に有る缶飲料の自販機同様、新五百円玉を受け付けない。大湯に新五百円玉だけを握り締めて行くのは止めた方が良い。

 この大湯を見て北海道登別温泉にあった銭湯さぎりの湯を思い出した。今はビルの中に入ってしまって今時の温泉施設になってしまったが、以前は大湯と同様に地元の人が入る銭湯だった。温泉のお湯も二種類あって温泉も堪能できた。FUNKYでは北海道ツーリングの最終日にさぎりの湯に入る事がお約束になっていた時期があって、地元の人とのふれ合いが楽しかった思い出がある。



 大湯の中に入ると番台があって、そこにはおじさんが座っていた。私の希望としては、番台には小綺麗なおばさんが座っていてほしい。登別のさぎりの湯の番台には、昔美人であったであろう事が偲ばれるおばさんが座っていた。

 番台に座っていたおじさんは頼まれて座っていた普通のお客さんであった様で、我々が出る頃にやって来たおばさんと交代して脱衣棚に置いてあった帽子を被って出っていった。もしかしたらあのおじさん、幸か不幸かY嬢の裸身を見てしまったかもしれない。




 我々が浴場に入って行くと地元の人が一人いて湯船に盛んに水をいれている。大湯では朝に新しいお湯(源泉の温度は66℃)を入れる様で、その人は水を入れて温度調整をしていたのだ。浴場には二つの湯船があって手前の湯船の壁にはあつめと書かれていたが、まだどちらの湯船もとても入れる温度ではなかった。

 しばらく待つと何とか入れる温度になってきたので湯船に入ってみた。これが結構イイ感じのお湯で、先日入った岩木山の麓にある嶽温泉の少し白濁したお湯を薄くした感じ(水でうめているので源泉は同程度かも。)のお湯であった。

 私が入った時の温度は44℃位はあったと思うが、P氏とてまだ入れる温度ではなく、ましてやM氏など・・・・到底無理。
 私は早目に茹で上がってしまったので、2人より早く浴場から上がって風呂上りの白牛乳を飲む。その頃になってようやく2人は湯船に足を入れられる様になっていた。ここの浴場の床には木が貼ってあって感じが良い。湯船も木だったら完璧です。


大湯からビールを買ったお店方向を見る。車が乗っている所は昔鉄道が走っていたところか?


 一方壁の向こうにいるはずのY嬢は、女湯で今日一番目のお客であった様で彼女もまた熱湯と格闘していた。何とか入れる状態になって、Y嬢ユックリと美脚をお湯に入れたところまでは良かったが、お湯が膝まで来た時Y嬢の膝に激痛が走った。Y嬢の下風呂温泉はここで終了した。結局Y嬢、肩までお湯に浸かる事無く大湯を後にしたのである。




  FUNKYでは初めての赤子を背負うタイプ。


 丸山に戻って出発の準備をするが、Y嬢の膝に水泡が出来ていてそれが非常に痛いという。インナーのメッシュが肌に擦れて水泡が出来たようである。その為に温泉に入れなかった様だ。メッシュが擦れただけで水脹れとは何と言う柔肌。

 感心してばかりもいられない。救急バッグから包帯を取り出して膝に巻きネット包帯で固定したのだが、この事がこの後Y嬢の目から涙を滴り落とさせる事になろうとは、その時私は思ってもいなかった。

 Y嬢のレザースーツは今回が初めてのお披露目であったが、今迄雨具の中に隠れていた為ここで初めて皆様に披露された。革がまだ体に馴染んでおらず色々と問題を引き起こしているようである。



 いつもは宿の前で写真を撮るのだが、今日は雨が降っている為室内で撮影する事になった。この時のY嬢の顔にはまだ笑顔が見られていたのだが。

 支度を終えて玄関に行き、雨具を着てバイクに荷物を取り付ける。雨の日の出発支度は気が重い。我々の作業を見ていたお手伝いのオバサンは、よほど我々の事が珍しかったのだろう我々が出発するまで玄関から我々をジーッと見守っていた。

 確かに普通の人から見たら、いい歳(私の事です。)をした男女のグループが雨の中オートバイと共にやって来て、次の日また降りしきる雨の中オートバイに乗って去って行くという姿は、珍しい事ないかもしれないな。

   民宿丸山の外観。右の車が走って行く方向が大間崎方向。

 実は我々を見送ってくれたこのオバサンがいなかったら、今回我々は民宿丸山に止まる事は出来なかったのだ。丸山に最初に電話した時、丸山のオバさんは日曜日の朝から出掛ける用事があるので泊める事は出来ないと断られた。しかし、手伝ってくれる人がいれば泊める事が出来るかもしれないので、30分後に電話してくださいと言われる。

 そして30分後に電話すると、手伝ってくれる人が見つかったとの事で宿泊がOKになったのである。その時見つかったお手伝いさんが今回見送ってくれたオバサンだったのである。

 このオバサンのおかげで我々は丸山に宿泊する事が出来たのが、その事が良かったのか悪かったのかの判断は微妙ではあるが良かったと結論付けたい。

良かった点。
・宿のオバさんもお手伝いのオバサンも到着予定時間から大きく遅れたにも拘わらず、雨で濡れた我々を親切に迎えてくれた。
・食事は我々の到着が遅れ冷めた状態で食べた為評価はあまり高くは無かったが、これが温かい普通の状態で食べる事ができたら宿泊代に充分に見合うものだと思う。強いて言えば品数を少なくしても一点豪華主義ではないが地元の特徴的な料理はが一つ有った方が良いとは思うが。また、陸奥湾は帆立の産地なのだから帆立は冷凍物ではなく生の物を使って欲しかった。しかし、これも値段次第と言うことでしょう。

・布団を敷きそして上げてくれる事。我々はいつも勝手に敷ているのでどちらでも良いが、お年寄りには優しいサービスだと思う。
・トイレは水洗では無かったが、普通に綺麗で臭も気にならなかった。
・部屋も寝具も民宿としては普通で特に気になるところは無かった。

気になった点。
・やはり温泉かな。大湯まで歩いて3分なのだからブラブラ歩いて行くのには丁度良いといえば丁度良い距離なのだが、今回みたいに雨が降ったりすると行くのが億劫になるし、入れる時間帯が限定されるのが辛い。寝る前とか寝起きとかに温泉に入る癖のある私にはチョットマイナス点になってしまう。そういう人は温泉付きの旅館やホテルに泊まれと言う事でしょう。
・一つ気になったのは、丸山のオバさんの電話対応。電話を掛けると「ハイ」とは言うが「丸山です。」とは言わない。こちらから「丸山さんですか。」と尋ねないと丸山に掛かっているのかどうか分からない。簡単な事なので電話に出たら名乗ってほしい。オバさんには悪気は無いのでお気を悪くしない様に。

 下風呂温泉を出て暫くしてバスの後ろに付きゆっくり走っていた。道路が狭くなった所で丁度対向車が来てバスが急に止まった。私は普通に止まったのだが、M氏は思わずフロントブレーキを掛けてしまったようだ。人間やはり体が自然に反応してしまう事をコントールする事は難しいようである。この後M氏はブレーキパッドを交換するまでの間にもう一回だけフロントブレーキを掛けてしまったようだが、140km近くの距離を走ってフロントブレーキを掛けたのがたったの二回だけとは誠に恐れ入る。M氏だからこそ出来た事で、私には到底出来ない芸当である。


 雨の中を走ってむつ市のGSに入る。給油したついでに若い店員さんにヤマハのビッグバイクを扱っているバイク屋がないか聞いてみたが、キッパリ無いとつれないご返事。

 決めた。 YSP八戸西に行く。 八戸でパッドを交換した後、午後から雨が上がると言う岩手県に入り軽米から九戸、葛巻を走って秋田に戻るコースを選択する。むつ市から八戸までは国道338号で115km程の距離で、雨が降っていても3時間あれば行けるだろう。 丁度入ったGSが国道338号の入口にあったので給油後八戸方向に出て走り始める。

 東通村付近の道は広く改修されていドライ路面であればそれなりのスピードで走れるのだが、雨がそれを許さない。六ヶ所村付近のアトミックマネーで造られた思われる新しい道は、北海道を思わせ緩やかに曲ながらアップダウンを繰り返して続いている。六ヶ所村付近は霧が出ていたが、霧に中から突然風力発電の風車が出てきた時には驚いた。ブンブン音を立てて回る風車が霧の中からヌゥーと顔を出した時、何か得体の知れない怪物が現われたみたいで驚くと共に少なからず恐怖感を感じてしまった。


店内禁酒・禁煙の為外で煙を吐くM氏。秋田には無いコンビニ MINI STOP

 三沢市付近まで来ると雨も止んできて、路面も徐々に乾いてくる。百石町で国道338号と別れ八戸港方向に向かう。この道路沿いには大きな工場が沢山建っていて八戸が結構な工業都市である事を知る。

 フェリー乗り場近くのコンビニで休憩を取る。ここでYSP八戸西に電話を入れると店長が出てRKのパッドは在庫が有ると言う。もし何なら店頭にあるR1から外しても良いとまで言ってくれた。電話で場所を聞いたまでは良かったが、私が大いなる思い違いをしていた事を後になって知る事になる。


 カメラを向けると即座に反応する、ゲッツ男とカニカニ女。お前ら歳幾つだ。

 時間はもうお昼を過ぎていて、他の者は何かしか胃袋に固体を入れっていた模様だが、私は缶コーヒーを飲んだだけでYSP八戸西に向かう。

 今レポートを書きながら八戸の地図を見ていたら大変な事を発見してしまった。我々が走って来た臨海道路?をそのまま走って行けば黙っていてもYSP八戸西前の橋に出ていたのだ。我々は臨海道路に出て右に曲がり、3〜4分も走ればでYSPに行けるコンビで休憩していたのである。良く考えて見たら、この道路以前(15年以上前)に走っていたかもしれない事を思い出した。歳は取りたくないものだ。


そんな所にいるとは知らない我々は、私の間違った思い込みに従って高速の八戸インター入口手前まで行ってしまい、近くのバイク屋さんからYSPの場所を聞いてやっとの思いでYSP八戸西に辿り着いた。ここで30分は時間をロスしただろう。

 YSP八戸西の店長とは、私がYSPを辞めてからは会っていなかったと思うから7〜8年ぶりであったが、相変わらず精力的に忙しく働いていた。電話では私である事は言っていなかったので店長は少し驚いていたが、事情を話してブレーキパッドを譲ってもらう事ができた。そればかりかパッド交換の過程で誤ってキャリパーのピストンを抜いてしまった為、エアー抜きが必要になったのだがその道具まで貸して頂いた。おまけにパッドの代金も安くしてもらって、本当に八戸西さんにはお世話になってしまった。

 最後にコーヒーまでご馳走になって、YSPを出たのがPM2:00頃。時間が遅くなってしまったので岩手県に行くのを諦め、秋田に最短のルートで帰る事にする。他のメンバーにも異議は出なかった。むしろそれを望んでいた様だ。皆さん早く帰りたい症候群になってしまっていたようだ。

 このルートは八戸からフェリーに乗って北海道に渡る時に使うルートで、今日はその反対方向に走る事になる。雨が上がってきたので私は雨具の上を脱ぎ乾いたグローブで嵌めて走り始めたのだが、15分も走らない内にまた雨具を着る事になってしまった。

 国道4号から国道104号に入る頃になると雨も上がり路面も乾いてきた。田子を過ぎて徐々にペースが上がる。今回のツーリングで初めてのドライ路面のワインディングに今まで溜まっていた物が一気に噴出したみたいだ。こうも違うものかと思うほどバイクが曲がっていくのを感じる。ウエット路面ではヤットコサと曲がっていたのが嘘のようである。

 この違いはどこからくるものなのか?路面が濡れているか乾いているかの違いだけでこれだけのスピード差が出てしまう事が不思議でならない。路面の状況に選ってタイヤのグリップ力に違いが出るのは当然といても、少なくてもバイクは何も変わっていないはずだからウエット路面でも滑り出すまではドライと同じスピードで走れるはずなのに、どう頑張ってもウエットではドライと同じ様に走れない。ウエット路面では意識的にウエット路面用のライディングスタイルを取っているが、ウエットを意識する事なくドライ路面と同じ様にウエット路面を走る事が出来れば、もっとウエットを楽しむ事が出来そうなのだが。

 道は青森と秋田の県境に登って行く狭くヘァーピンカーブが連続する道になる。この様なシチュエーションではTZRでもR1に対抗出来る。と言うよりもTZRの方が優位な点が多く出て来る。まずTZRは軽量である為、制動距離が短くブレーキポイントをR1より先にもっていけるので突っ込みで先に行ける。立ち上がりでもトルクは細いが軽量な為それなりの加速をするし、思いっきりアクセルを開けてもR1の様にウイリーする心配が少ない。左右の切り返しも楽に早くできるのも優位な点だ。

 ここはいつもの様に後ろを前に出す事なく先頭でガンガン行ってみる。二番手のP氏は直ぐに私の後ろにピタリと付いて離れない。三番手はY嬢であったが、この時Y嬢の膝はすごい事になってきていて走りに集中出来ずに、後ろのM氏を前に出したとY嬢は言っていたが、これはあくまでもY嬢の言い分であり私は見ていないので本当の所は分からない。

 この道には所々にシェルターが有ってその中でフルスロットル当てると、YUZOチャンバーから吐き出された排気音が反響して最高のサウンドが響き渡る。お風呂場で歌う鼻歌の様に、自分の排気音に酔いしれる瞬間である。

 秋田県に入ると次第に路面がウエットに変わりペースが落ち車の後ろに着いて走って、中滝のいつも立ち寄るGSに入る。私のTZRは秋田県に入った所でリザーブに入っており、11.6Lのガソリンが入った。燃費は先程の走りが響いてか18Km/L台に落ちている。


 中滝から発荷峠に向かい十和田樹海ラインを通って小坂に出る。樹海ラインは少しガスが掛かって路面はウエット、車の後ろを走って下る。国道285号に入ってY嬢の様子がおかしい。信号で止まる度に頭をうな垂れている。P氏はY嬢が泣いていると教えてくれる。後にY嬢が語ったところによると、確かに膝は痛かったが泣いているわけじゃないのに涙が出て止まらなかったと言う。

 米内沢の街中を抜けた所の坂道で信号に捕まり私が先頭で止まった。信号が青になっていつものつもりでクラッチを繋いだらエンスト。坂道なのを忘れてしまっていた。慌ててキックを引き出してエンジンを掛け、今度は回転を上げ半クラッチを当ててレースのスタートの様に発進した。するとそれまでのスロー運転でTZRのクランクケースの中に溜まっていたオイルが排気煙に変ってYUZOチャンバーから一気に吐き出され、そしてその煙が私の真後ろにヘルメットのシールドを開けて止まっていたM氏の顔を直撃した。

 行き成りの目くらまし攻撃にM氏の目は煙にやられてショボショボなってしまった。そうこうしているうちに後ろに止まっていた車がズルズルとM氏の前の出て来て走行を邪魔する行動に出たりして、M氏踏んだり蹴ったり状態になってしまう。後ろでそんな事になっているとは全く知らなかった私は、PM5:30予定通り上小阿仁の道の駅にバイクを止める。

朝からちゃんとした食事を取っていなかったのでここで食事を取る事にする。昼から何も固形物を食べていなかった私はラーメンを、M氏はラーメンと中華丼のセット、P氏はラーメンとカレーのセットを食べ、食欲の無いY嬢はウズラのタマゴ付きザルソバを食べるが半分も残してしまった。



 この時Y嬢の膝の状態は最悪の状態に陥っていた模様で、あれだけカメラに反応していたカニカニ女も、もはや力無くカメラに視線を送るだけになっていた。

 後にY嬢、自身のHPに載せた今回のツーリングレポートの表題を荒行ツーリングと銘打っていたが、Y嬢にその時の膝の状況を聞いたところ#100の紙ヤスリで膝を擦られている様だと表現していた。私は#100の紙ヤスリで膝を擦った事が無いのでその痛みがどれ程のものか想像も出来ないが、もし私だったらツナギを脱ぎ捨てて宅急便で送っていた事だろう。

 #100の紙ヤスリの荒さ(砂粒程度の荒さ。)を知っているY嬢にも感心(普通の女性は知らないしょ。)したが、紙ヤスリの痛みに耐える忍耐力にも驚かされた。女性(女性にもよるか。)は男性より痛みに強いのだろうか。ネット包帯をして足をボンレスハム状態した責任は私に有ったわけで、本当に申し訳ない事をしたと深く反省している次第です。


 胃袋の中に物が入って少しは元気を取り戻した4人組みは、秋田に近づくに従って強くなる雨の中、日も落ちた午後7時過ぎ秋田に帰って来た。

 今回のツーリングは雨の特異日を出発日に設定するというプランナーの無謀な計画により、2日間共雨具を脱ぐ事が無いツーリングとなってしまった。予定にあった観光地巡りは全てキャンセル、コースも予定と全く違うものになってしまった。このレポートを書いている今(7月第一日曜日 7月6日 SUN AM11:30)外を見ると眩いばかりの日差しが路面を照らし、かろやかな音を発しながらバイクが走って行くのが見えている。今日にすれは良かったぁーーーッ。




今日一番疲れたであろうM氏を一番痛かったY嬢が慰労する。

 しかしこれはあくまでも仮定の話だが、今回のツーリングの天気が雨でなく全線ドライ路面であったらどうであっただろうか。

 フロントブレーキを使い果たしたM氏は、遥か彼方に消えて行くメンバーの後ろ姿を見ながらタダタダ移動するだけの走行を強いられ、これはある意味拷問に近いものがありストレス溜めまくりのツーリングになった事だろう。

 一方Y嬢、観光地では歩き回る事もままならず、温泉にも入れず、膝の痛さに走りを楽しむ事も出来ずに、今回以上の苦行、荒行ツーリングになっていたはずである。

 考えて見ると今回普通にストレスが溜まったのはP氏であったかもしれない。宿で具合は悪くはなったが、バイクに関しては問題は無くウエット路面にストレスをズーット溜め込んでいた。国道104号のドライ路面で多少は発散したがそれでは不充分であった筈だ。




 私はと言うと、確かに雨は好きではないし走っても楽しくはなかった。しかし私としては、不謹慎ではあるが色々な出来事が有った事が楽しかった。何年何十年とバイクで走っていてもバイクは新たな体験を次々とさせてくれる。色々な事を体験をさせてくれるバイクとそして素晴らしい仲間達に感謝せずにはいられない今日此の頃である。

 来年のツーリング予定は例年通り7月の第一日曜日 7月4日(日) に決めたが、下北ツーリングを行うかどうかが問題だ。FUNKYにとって下北半島は鬼門(丑寅の方向)であるのかもしれない。




                             お わ り

                                Report by Ryuta

                                      ※関連レポート  M氏のツーレポ        
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