2003.11.2
FUNKY 7th.Touring

    Report by Ryuta
    


秋田⇒出羽グリーンロード⇒南外村⇒雄物川町⇒十文字⇒旅の駅⇒須川

国道398号⇒
花山村⇒国道108号⇒鬼首⇒湯の又温泉 

雄勝町⇒国道108号⇒松ノ木トンネル⇒笹子⇒鳥海町⇒猿倉⇒花立

⇒サイクリングセンター⇒西目⇒
仁賀保高原⇒仁賀保⇒仁賀保高原⇒コロニー⇒本荘

⇒大内⇒大正寺⇒雄和⇒空港道路
モト ワークス ヒラタ 

 走行距離 456km

 2003年FUNKYツーリングも今年最終回を迎えてしまった11月2日(日)は、快晴の天気で夜は明けた。昨年と違い今年の秋田は11月に入っても暖かく、昨年の最終ツーリングと違って雪が降る心配は皆無である。今朝の気温はいつもより高めで今日のグリーンロードに霧は出ていないと思われる。

 2003年FUNKY最終ツーリング参加者メンバーは、このツーリングが最後になるかもしれないN君(来年春、県外に就職予定。)と、今年の北海道参加メンバーのK氏、M氏、私の3名の合計4名となった。

 今日の集合時間は7時半といつもより1時間半遅い時間のため太陽が顔を出した状態で家を出た私は、手形陸橋まで来て今時珍しくレーシングスーツを着たライダーを発見、手形山崎の信号でそのバイクの後ろに止まった。ライダーも私の軽トラをミラーでチラチラ見ているようである。

 信号が変わって走り出したライダーは店の手前に有る酒屋の前でバイクを止めた。私は彼を追い越し店に到着する。早速工場を開けTZRを引っ張り出していると、バイクの音がしてN君がコンビに袋をブラ下げてやって来た。急いで事務所を開け、N君はコンビニから買って来た朝食を中で食べ始める。

 そして先ほどのライダーがやって来る。それは今日摂取するニコチンを大量に仕入れ終えたM氏であった。何故酒屋の前でバイクを止めたか分からなかったが、タバコを買っていたとは「納得!」

 残る参加予定者はK氏であったが、集合時間の7時半を過ぎてもやって来ない。そこでM氏が携帯に電話をしてみる。呼んで電話に出なければここに向かっているとの判断であったが、電話は呼んではいるが出なかった。そしてそれから数分後K氏が到着し出発となった。

 今回私のTZRは、長年使ってきた鋳鉄ブレーキローター+フェロードパッド&ノーマルディスク+ダンロップパッドを組み合わせたハイブリットフロントブレーキを捨て、ノーマルディスク左右とカーボンパッド左右の組み合わせに交換していた。

 パッドの当りが付くまでブレーキの効きが悪く、追突の危険を避けるため2番手のM氏に車間を開けて走るよう指示して走り始める。今まで使っていたブレーキは、タッチ&効き共文句無しの物であったが長年の使用で鋳鉄ローターとサポートディスクのガタが大きくなり、これ以上使うのは危険と判断して交換する事にした。

 もう片方のダンロップパッド側もダンロップパッドのローターへの攻撃性が強くローターが大きく磨耗していたため、今回はブレーキディスクを左右共交換し、高速からのブレーキフィーリングが好評のsbs製ディアルカーボンパッドを左右に装着した。

 しかし、sbs製ディアルカーボンパッドの難点は、ローターへの攻撃性が少ないため当りが付くまで時間が掛かる事で、500km走行程度の距離では、当りが完全に付かない事である。今回のツーリングでは当りは付きそうには無いと思われる。

 ブレーキ交換後初めての走行であるため、走り始めは全くと言ってよい程ブレーキが効かず、ブレーキを引き摺りながら走ったり、直線でブレーキを掛けては加速、ブレーキを掛けては加速をを繰り返してみる。

 出羽グリーンロードに入って私は最後尾まで下がって3台の後を追う。M氏、K氏はパワーにものを言わせて消えて行き、私はN君の後に着いて走る。相変わらずN君の走りは安定していて、ブレーキの効かない私は突っ込みが甘く着いて行くのがやっとの状態であった。

 ブレーキが効かないため当然減速区間は長くなるが、今までの様に一瞬のブレーキングで減速しフロントサスを沈めて方向転換すると言う技が使えず、マッタリとしたメリハリの無いコーナーリングが続き全く楽しくない。

 10月5日の6th.ツーリングは霧とウエット路面に悩まされた出羽グリーンロードであったが、今日は霧もなく路面もドライで走り易くそして暖かかった。国道105号南外村及位の佐藤商店前に有る温度表示板は10℃を示していたが、日が当っているせいか15℃前後に感じる。

 佐藤商店向かいには、昔地主だったと思われる立派な塀に囲まれた茅葺屋根の大きな家が有るのだが、そこの楓や銀杏の紅葉が今が盛りと鮮やかな赤や黄の色を発していた。いつものならもう雪が降ってもおかしくない時期なのだが、今年はここに来て暖かい日が続いていてバイク乗りとしては大変有難い事である。

 今回K氏のフロントタイヤは北海道で使い切ってままの状態で、タイヤ横の溝は微かに存在が確認出来る程度しかなく無理が出来る状況ではなかった。まして路面が濡れていれば、K氏の右手は固まってしまう事だろう。今日のこの天候はK氏に取って幸いしたと思われたのだが。

 K氏とN君が一緒の走るのは一年ぶりで、K氏はN君のこの1年間の上達ぶりをこの時点ではまだ知らなかった。N君のRF400RはK氏のR6に対してあまりのも非力でグリーンロードでは同じステージで走る事は無かったが、午後からの中速ステージではN君の走りに少なからず驚かされる事になるのである。

 及位を発って東成瀬の岩井川に有る旅の駅に向かったのだが、いつも同じ道で行くのも芸が無いと今日は大森から一旦羽後町に出てそこから十文字に向かう事にした。しかし、この事は他のメンバーには言っていなかったためで皆は何処に行くのだろうと不思議に思ったことだろう。

 羽後町から十文字に向かって稲刈りが終わった仙北平野の中を走っていると、田んぼの上を飛ぶ白鳥の群れを見つける。この辺は白鳥の越冬地として知られており、編隊を組んで大きく旋廻している白鳥達は冬の訪れが近い事を私に教えてくれた。
 十文字に出て高速の下を潜り国道13号を横切って国道342号に入った時、皆さんも自分のいる場所が分かった事でしょう。

 増田のから東成瀬に入り岩井川に着くが、岩井川では今バイパスが造られていて新しい道沿いにガソリンスタンドも造られていた。このスタンドは我々が時々立ち寄るJAスタンドのようで、バイパスが完成すればGSもこちらに移転するものと思われる。・・・と言う事は彼女も?

 1ヶ月ぶりに訪れた岩井川旅の駅は、周りの山々の紅葉も終り冬を待つだけの佇まいになっていた。以前この時期にここを訪れた時、民家の屋根の上に雪が乗っていた事があって、須川の登りに差し掛かる頃には一面銀世界になったいて引き返した事があった。それを思うと今日は天国のような天気である。



 休憩していてふとK氏のR6に目をやると、エンジンのオイル注入口プラグに見慣れる物が取り付けられているのを発見する。それはレース等でよく見られる弛み止めのワイヤーロックとも違う特殊な構造を持つワイヤーで、それが今年の北海道でK氏がオイルを浴びたオイルキャップ紛失事件の対策品である事は、私には一目で分かった。

 この紛失防止ワイーヤー付きオイル注入口プラグは、途中にキーホルダーから取ったフリージョイントが取り付けられている、K氏自作によるオリジナル品であった。これで来年の北海道は、K氏オイルまみれにならなくて済むのか?

 我々が休んでいる目の前を6〜7台のゴッタ煮バイク軍団が走って行った。ここから国道342号を須川に向かったのか、はたまた国道397号を石淵ダム方面に行ったのは定かではなかったのだが、その後我々はそのバイクに遭遇する事になる。


 充分に休憩を取った後、我々は国道342号須川のスペシャルステージに向かって走りだす。幾つかの集落を通過し、いよいよ須川の登りに差し掛かりスピードアップしようかと考え始めた時、左ブラインドコーナーの日陰になった所に入った私は、路面が濃い灰色になっているのを発見する。

 最初何で濃い灰色なのか分からなかったが、日陰の暗さに目が慣れてくるとそれは路面が濡れて濃い灰色に見えた事を認識する。ここまで路面が濡れている所は無かったし、また空は青空でここだけ雨が降ったとも思えず何とも不思議なウェット路面であったが、次の日陰コーナーも濡れているのを知ってその訳を推定出来た。

 ここの標高は高く、この時期夜間の気温が氷点下まで下がる事は想像され、気温が下がった道路には霜が下り全面凍結したと思われる。そして夜が明け太陽が昇ると気温が上昇し凍結した路面は解けだしそして乾いていくのだが、この時間(10時前)では日の当らない日陰路面は、解けはするが乾燥までは至らずウェット路面のままとなっていると思われる。

 こうなると日陰のコーナーが怖いため暗いコーナーは途端にスピードが落ちる。ましてK氏はフロントタイヤの溝が無く一気にスピードダウンして1人遅れ始める。そしてスペシャルステージの幕は切って落とされた。私が後ろに下がって3人を前に出そうとしたが、最後尾にいたK氏は私に前に行けと合図を送ってくる。濡れたコーナーが気になってアクセルを開けられないようである。

 M氏がパワーにものを言わせて先行しそれをN君が追う形になったが、N君はジワジワと離されて行く。私もブレーキが効かずN君に着いて行くのがヤッとである。途中M氏が車に捕まって追いつく事はあったが、この登りのステージでは400も250も750の敵ではなく、車も少なかったステージ後半はウェット路面も無く今日のM氏は楽しく走れてのではなかったろうか。

 須川の栗駒山荘下のT字路に着くと、そこには先ほど走って行ったNSR250とXJR1300の2台のバイクが何やら話しているのが見えた。この付近の山々の紅葉は終わっており、裸になった山々が寒々しい姿を見せている。我々が全員揃って走りだす前に彼らは我々と同じ小安方向に走り出し、我々は彼らの後ろに着いて走る事になった。この2台の走りが遅すぎ前に車がいなかった事もあって追い越そうと思ったのだが、ここは黄線のハミ禁区間で対向車線を使って追い越すのも気が引けそのまま後ろに着いて走る事にする。

 余裕でゆっくり走っているのかとも思ったら、後ろのXJRは結構頑張って走っていたようだとM氏は後で語っていた。どうせ追い付くのなら、スペシャルステージで追い付いてバトルを楽しみたかったと思ったりもしたが、ここでバトルしても大人げ無いのでジィーッと我慢の走行が続いた。

 暫く着いて行くと以前車がクルクル回っていたパーキングに2台は消えて行き我々の前に邪魔者はいなくなったが、直ぐに車に追いついてしまい国道398号に出るまで金魚の糞走行が続く。

 国道398号に入って黄線が解除され、さっきからズーッと前を走っていた軽トラを抜きペースを上げる。ここから宮城県温湯温泉までの道は、始めは2車線の中速コーナーが続き、下りになるとセンターラインの無い狭い道が多くなる。フロントブレーキの当りが少し出てきて効くようにはなってきたが、本来の効きでは無く相変わらずコーナーの突っ込みが甘くコーナーのラインもアマ・アマである。

 秋田県から宮城県に入り、そうこうしてしているとエンジンが愚図り始めた。 「ガス欠?」 急いでガソリンコックを予備に切り換える。160km程度で予備に入るとは「燃費悪いーッ」。ここからいつも立ち寄る花山村のGSまでの距離を考えると、ガソリンが持つかどうか微妙な距離ではある。しかし、省燃費走行で行く程の距離では無いと判断、今までのペースでそのまま走り続ける。

 そして先頭がおばさんのゆっくりペースで走る3台の車列に追い付いた。道が曲りくねっていて3台一気の追い越しは難しく後ろに着いてマッタリ走行が続く。我々の前を走る2台の車もおばさんを追い越そうと右車線にチョロチョロと顔を出すのだが、対向車が有ったりして追い越す事が出来ずイライラしているのが見て取れる。

 そのおばさんと3番目にいた車が、道路左側に有ったパーキングに消えて行きこれから一気にペースアップかと思ったら、1台残った赤のカリーナがセンターラインの無くなった道を黒煙を吐きながらその気になって我々の前を走っている。今までおばさんの後ろでイライラしていたのだから、後ろにピッタリ着いて走っている我々の気持が分かっても良さそうなものだが、人間立場が変われば前の事は忘れてしまうようだ。

 赤いカリーナが我々を振り切ろうと走っていたかどうかは定かではないが、私がカリーナのドアミラーにプレッシャーを掛け続けても、赤いカリーナは道を譲る気配は全く無く黒煙を吐き続けている。ディーゼル車の黒煙には、前回のツーリングでも頭にきたが今回は乗用車(商用車と違ってディーゼルの経済効果が少ない。)とあって怒りは倍増、後ろの事など考えずに前が開けた所で追い越しを掛けてしまった。

 その先にはキツイ左コーナーが私を待っていたのだが何とかそこをクリアー、しかし直ぐに右のコーナーが有って後ろを確認する余裕は無かった。右コーナーを抜けた後、ミラーに目をやるとM氏、N君が来ているのが見えた。皆さん私より冷静にカリーナを処理したようで安心する。ブレーキさえ効けば結構好きな狭い下りの道を駆け下り、温湯温泉に到着し後続を待つ。K氏が車に捕まって少し遅れて到着、一緒になって花山村のGSを目指す。

 私のTZRはここまで予備タンで結構長く走ってしまっていて、私はガス欠が心配になって来た。花山村のGSはもう目の前だが、万が一の事を考えて下り坂でクラッチを握って走る。

 何とかガス欠する事無く花山村のいつものGSに到着すると、いつものおかあさんが出て来る。レギュラー満タンをお願いしてバイクを降りると、TZRは15リットルタンクに13.9リットルのガソリンを呑み込んだ。

 結果的にはタンクにまだ1リットル以上の余裕が有ったがわけだが、200kmチョット走って13.9リットル入り燃費が15km/L弱とあまり良い燃費ではなかった。しかし、これはアベレージスピードが高かった証明でもあったわけで、今回が2回目の参加であったN君の健闘が光った。


 他の3台も13〜4リットルのガソリンを給油し燃費も私と大差無かったようだ。M氏とK氏が道路向かいのガードレールの方に歩いて行くのが見えたので何か向こうに有るのかと思ったら、二人はウエストバッグからタバコを取り出し旨そうに煙を吐き出し始める。お二人さん、GS敷地内での喫煙を遠慮して(当り前か?)向こうに行ったようだ。

 ここ宮城県花山村の天候は、日差しが春のように暖かく汗ばむほどで中に着ていたシャツを脱ごうとも思ったが、これから山に入る事もあり首に巻いていたバンダナだけを取って出発する。



 花山湖に架かる座主橋を渡って直ぐに左折、先ずこもれびの森・森林科学館に向かう。森林科学館は以前休憩した事があり、入館は無料でトイレも飲料の自販機の有って休憩場所として使える処である。

 森林科学館に出て右折、国見峠に向かうと道は間も無く狭くなり、舗装はされているが1車線の林道状態の道になる。この付近はまだ紅葉が残っており、日の光で鮮やかに輝く紅葉のトンネルを抜けるような処もあって、晩秋の美しい山々を楽しむ事が出来た。

 私は毎年10月下旬に紅葉を見に山に登るのだが、今年は北海道で痛めた首が治っていなかったため、山行を諦め紅葉を見に行っていなかった。思いがけずここで紅葉を楽しむ事が出来たのは幸運であった。

 この狭い山道も結構な交通量が有り時々車と擦れ違うのだが、車はカーブミラーも無い1車線のブラインドコーナーから勢いよく飛び出してくる。こんな山の中に対向車はいないと言う思い込みで走っているとしか思えないスピードだ。こちらはバイクだから何とか逃げられたが、車だったら正面衝突してもおかしくない状況であった。

 そんな思いを何回か繰り返しようやく国見峠を越えると、道は2車線の中速コーナーが続くようになる。ここから国道108号の鬼首トンネル手前に出るまでの道は、所々に集落は点在するが交通量が少なくコーナーの先を見通せる所が多いため、気持ち良く走れる所が多く私が好きな道である。

 国道108号に出て鬼首トンネルに向かう。鬼首トンネルを抜けた秋田県側に高速コーナーが続くスペシャルステージが有って、そのため鬼首トンネル手前にある6ヶ所のトンネルの間に前にいる車を処理しておかなければならない。トンネル内では追い越しは出来ないから、トンネルを出ると直ぐ前の車を処理し次のトンネルから出るとまた車の前に出るのを繰り返す。そして鬼首トンネルを出た時、我々の前に車はいなくなった。

 私が先頭になってペースを上げるが、後ろからM氏がピッタリとマークして来る。ここのステージは、ほんの1分30秒前後で終了するので、M氏を早く前に出そうとそのタイミングを探していたが車がいたりして前に出せないまま後半に入ってしまった。減速してM氏を前に出そうとしたその時、ステージ最後の橋が見えて来て私は迷ってしまう。ここでM氏を前に出しても直ぐにスペシャルステージは終わってしまうし、前には車も見えている。

 私はウインカーを上げずに減速したまま走行、M氏を前に出すのを諦める。M氏は、私が変な所で減速したので驚いたのではなかろうか。しかし、スペシャルステージが終り道が狭くなると今日の温泉、湯の又温泉への入口が近いので無理は出来ないのだ。

 道は狭くなり車の後ろに着いて走って行くと、道路改修工事が行われていて片側相互通行の信号に止められる。信号が青になり進んで行くと、右側の山が切り崩され新しい道が右側に造られているのが見えた。「・・・?」気になる道であったが、後ろから車は来ているしここで止まるわけにも行かず、その道に視線を送りながらそこを通り過ぎた。

 工事区間を過ぎ、私は湯の又温泉の入口を探しながらゆっくりとしたペースで進んだが見付けられずに秋の宮山荘前まで来てしまった。湯の又温泉の入口はここより宮城県寄りに在るはずで、思い当たるのは先ほどの工事区間に有った新しい道だけであった。Uターンして先ほどの工事区間まで戻る事にする。

 私が湯の又温泉に行くのは1年ぶりで、1年前は工事は行われておらず工事によって入口付近の景色が変わった事は考えられる。工事区間を進んで行くと左側の山と反対側の道路脇に湯の又温泉入口の看板を見つける。やはり先ほど見えた新しい道が湯の又温泉の入口であったようだ。その新しい道に入って行くと、私が見た事のある道になった。

 国道から湯の又温泉までは3〜4kmの距離があって、途中左に山伏岳登山口への分岐は有るが、そこを右に進むと湯の又温泉に着く。温泉手前に湯の又大滝の看板が在ってそこに車が置けるスペースが有るので、温泉に行く場合はそこに車を置いて歩いて行った方が良いと思う。


 温泉に行くには下りの切り返しが必要なヘアーピンカーブが有るし下の駐車スペースも広くないので、車は大滝前におく事をお勧めする。

 我々も無理してバイクを倒すのを嫌って坂の上に在る小屋の前にバイクを止め、歩いて湯の又温泉に向かう。この辺は紅葉が終り木々の葉が落ちているため、晩秋の日差しが明るく差し込んできて爽やかだ。

 私は昨年の8月虎毛山から高松岳を縦走した後ここに立ち寄っていて、熱いお湯が印象に残っている温泉であった。林道から下がる坂道の右側に有った看板が新しくなっているのに気付く。そして玄関の前の看板も新しくなっていた。


 中に入り声を掛けるが誰も出てこなかったので、上がって座敷の方に行くとおばさんが居た。お風呂に入りたいと言うと、500円ですとのご返事。各自500円をおばさんに払って廊下お奥に有る温泉に行く。

 この湯の又温泉の建物は外から見た感じと違って、建物の中は昔の温泉宿そのままで、花巻の大沢温泉や今日も通って来た温湯温泉佐藤旅館等と同じく趣がある雰囲気である。

 木の廊下と木の天井そして障子に囲まれた空間を進んで行くと、私が小さかった頃こんな感じの家に住んでいていたのを思い出し、50年前にタイムスリップしたような気分になってしまった。

 廊下には花が飾られていて、その花に窓から差し込んだ日の光が反射し色鮮やかな色を発している。 「綺麗!」と思った。 窓からは直ぐ前を流れる沢が見え、一枚の岩盤を水が削り取って出来たの沢は、水が滑り台を滑るように流れている。















 温泉は廊下の突き当たりに有って左が男湯、右が女湯になっている。男湯の浴場の壁には、岩が飛び出していてこの浴場が岩の在った所に造られた事が分かる。

 男湯は奥に大きな風呂、手前に小さな風呂の二つがあるのだが、この温泉女湯も含めて各風呂がシステム的に繋がっている事が我々の探索によって解明されて行く事になる。

湯の又温泉の源泉は男湯奥の大きお風呂の下に有るようで、下から時々気泡が上がっているのが確認出来た。つまり、温泉の上に建物を建てたので、壁に不自然に岩が出ているものと思われる。



 源泉の温度は53.4℃だそうで、その源泉が下から湧いてきているのだから奥のお風呂はかなり熱い。しかもこの風呂場には蛇口と言うものは無く、水で温度を下げるという方法は使えないため、横に置いてある木の棒で掻き混ぜ湯揉して温度を下げる事になる。しかし熱い温泉が次なら次に湧いてきているので、ほんの気休めにしかならないと思われる。

 小さい方のお風呂に入っていたK氏がある事に気付いた。お風呂の奥側の壁に穴が有りそこから熱いお湯が出てきているのを発見したのである。調べてみると大きなお風呂にも穴が有って、大きなお風呂から小さなお風呂に温泉が引かれているのが分かった。


 小さな方のお風呂の温度は普通に入れる温度(40℃前後)で、大きいお風呂から温泉を引く事により温度に下げる仕掛けになっているようだ。後で女湯、(当然誰も入って居ない事を確認後。)を見てみたが、お風呂にパイプが出ていて隣の男湯から温泉を引いているようであった。

 つまり男湯奥の大きなお風呂は、他のお風呂に温泉を分けるため源泉を溜めて置く場所を兼ねているわけで、そのため水を入れて温度を下げるわけにはいかないのだろう。

 そして皆さん、この熱い奥のお風呂に挑戦すると事になった。入る前に木の棒で良く攪拌して先ず私が入る。私の感じでは43〜44℃位は有りそうだが、私には最初は熱いが入ってしまえば問題ない温度であった。

 次にK氏がチャレンジして何とかクリアーする。次はM氏の番。M氏は以前から熱いお湯は苦手で、私はこの温度は到底無理だと思っていたら、以外にすんなり入ってしまった。最後にN君の番になったのだが、N君足の先をお湯に入れただけで「無理、無理、絶対無理!!」と言って入ろうとしない。熱いのは最初だけだからと言って説得を試みたが、N君諦めて小さいお風呂の方に行ってしまった。

 N君曰く。温度を感じるセンサーは年を取ると共に鈍くなっていくが、まだ若い自分は温度を敏感に感じて熱いのは耐えられないのだと言う。成る程、私はその説に共感出来るものが有った。N君の説をM氏に当て嵌めてみると、昔あれだけ熱い温泉が苦手だたM氏が今こうして一緒に熱い温泉に入っているところを見てしまうと、M氏が身をもってN氏の説を証明しているように思えた。

 ここの温泉は単純泉と言う事になっていて無色透明のお湯なのだが、良く見ると茶色の湯の花が浮いていているし風呂のお湯の出口には北海道の幌加温泉のような千枚田状態の段々が出来ている。無色透明ではあるが結構中身が濃い温泉と思われる。全ての温泉を飲む男F氏の影響も有って今回も温泉を飲んで味を確かめようと思ったのだが、なにしろ温泉がお風呂の下から湧いてきているため、さすがにお風呂からお湯を汲んで飲む事は憚られ今回は諦めた。


 全員体を真っ赤にして温泉から上がり、玄関に行っておばさんから冷たい炭火珈琲(カネボウ ベルミ 製、昨年飲んだ物と同じ物?)110円(安い!)を買い、外に出て涼みながら飲む。

 建物の周りを散策してみると小さな祠があって、それは幌加温泉にも有ったような小さな祠であった。昔からの温泉には色々な物が祭られている事が多く、温泉と信仰とは深い係わり合いが有るようである。






 晩秋の雰囲気を充分味わった後、バイクの所に戻って湯の又温泉を出発する。私の後からM氏、N君と来たがK氏が来ないため湯の又大滝の看板の前で待つ事にした。湯の又大滝と言う看板が有るのだから滝が有るのだろうと沢の方を覗いて見ると、これが結構大きな滝が見えた。私は初めて湯の又温泉が大きな滝の上に建つ温泉で有る事を知ったのである。








 2002年10月撮影 手打 眞そば屋 茂吉 外観

 温泉の後は昼食という事で、国道108号に戻り河原毛地獄から泥湯温泉に抜ける道との分岐の先に在る、手打 眞そば屋 茂吉さんに向かってPM1:00過ぎ湯の又温泉を出発する。

 このおそば屋さん茂吉は、昨年も立ち寄っていたがK氏もN君も行った事が無いということで今年も立ち寄る事にした。ここの蕎麦の特徴はこの辺では珍しい更科蕎麦で、その食感は稲庭うどんにも似て大変美味しいと私は思う。




 このお店は昔の家をそのまま店舗にしていて、高い天井、煤けた壁や柱が昔の家の雰囲気をかもし出している。丁度昼食時とあって暫く待たされた我々は、昔囲炉裏があった(多分テーブルの下に今でも囲炉裏有ると思われる。)部屋のテーブルに着く。

 全員ざる大盛950円を注文する。

 今日はお蕎麦にミカンが付いていたのだが、ミカンの切り方が縦に切った物と水平に切った物が出て来た。その切り方にどんな意味が有ったかは知らないが、私のミカンは水平に切られていて、大変食ずらかった。

 N君、M氏が語った割箸の正しい割り方の蘊蓄に従い割箸を割り蕎麦を食べ始める。N君は、FUNKYツーリングに参加し何回か秋田の蕎麦を食べる機会があったが、今までと違った蕎麦の美味しさを味わう事が出来たと喜んでいた。来年は秋田を離れるN君だが、秋田の蕎麦の美味しさと共に秋田と言う大地を忘れないで記憶していってほしいものだ。

 我々がこの茂吉に到着した時、店の前に新旧2台のCBRファイヤーブレードが止まっていて、どんなライダーが乗っているのか興味が有った。

 店の中でCBRライーダーを探したらそれらしき男の2人連れを見付け、私はてっきりその2人がそうだと思っていたら、奥からヘルメットを持った男女のカップルが出て来てその2人がCBRライダーで有る事が判明する。ファイヤーブレードに乗る女性ライダーの顔は良く覚えていないが、そんなに大きな女性では無くリッターバイクに乗るようなタイプ?では無かったように思う。M氏によると、新しい方のファイヤーブレードのリヤタイヤはサイドエンドまでシッカリ使われていたが、古い方はそれなりだったと言うから、旧ファイヤーブレードに女性が乗っていたものと思われる。本当はその逆だったら面白いのだが。


 2時前そば屋を出発、次のスペシャルステージ松ノ木トンネルに向かう。国道13号に出て左折し院内に向かうと、いつも11月に入ると休業している湯ノ沢温泉の看板に営業中の札を見付ける。最近湯ノ沢温泉を紹介するテレビやラジオ番組が多く放送されているせいかどうかは知らないが、湯ノ沢温泉も商売気が出て来てしまったのかもしれない。

 そしてまた国道108号には入り、院内鉱山入口を過ぎ道幅が広くなった所で高速ステージは始った。M氏、K氏が飛んで行きそれを私とN君が追う。2台とのパワー差のため離された我々で有ったが、トンネルの中で追い付く事が出来てトンネルを出たところでまた前の2台に食下がる。前の車に追い付いた時、先頭のM氏が見通しの良い右コーナー手前で前の車に追い越しを掛けた。

 右コーナーの先から対向車が来ているのが見えていたが、M氏の追い越しは鮮やかに切れていた。右コーナー手前で追い越しを終り左車線に戻ったM氏は、一瞬ブレーキを掛けそのまま右コーナーに飛び込んで綺麗に抜けて行く。それは今のM氏とYZF750SP&RENNSPORTタイヤのパッケージが円熟期に入った事を証明するかのような走りで、私は「乗れてるなーッ」と思わずヘルメットの中で呟いてしまった。

 我々の前に現れた雑多のバイク集団を速攻で料理して笹子のJAGASスタンド前を通過、鳥海町から矢島スキー場に抜けるスペシャルステージに向かう。鳥海町国道108号沿いに在る
蕎麦百八(ももや)の前を通過して左折、直根(ひたね)からフォレスタ鳥海手前の十字路に出て矢島スキー場方向に右折する。ここからは結構直線が長くスピードが乗るのだが、ここにも須川の登り同様に路面がウエットな所が有って、K氏のスピードが一気に落ち最後尾に下がってしまった。 

 一方、M氏は先頭を快調に飛ばして他を引き離したまま矢島スキー場下に到着する。今までT字路だったこの場所で道路工事が行われていて、近いうちに十字路になって花立まで新しい道が出来そうな感じである。最近、法体の滝方面に行っていないが、法体の滝から奥山放牧場に通じる道路もそろそろ完成すると思われるので、それが完成すれば花立から法体の滝まで2車線の道路で行けるようになりそうだ。

 矢島花立から南由利原のサイクリングセンターに出て休憩を取る。ここから見える鳥海山がすっかり白くなっていて、山の上はもう冬の佇まいになっているようである。今後の予定を検討するが、ここから東由利原に回り西目のコロニー下に出てから四角井戸溜池まで行く事は決めたが、それから先をどうするかを私は決めかねていた。

 仁賀保高原で時間を使ってしまうと帰りのグリーンロードが暗くなってしまうし、このまま仁賀保高原を走らないで帰るのも勿体ない気がする。その事は走りながら状況を見て決める事にしてサイクリングセンターを出発する。ブレーキが本調子でない私は後ろに下がりM氏を先頭にN君K氏を前に出すが、K氏もいよいよフロントタイヤのグリップが落ちて来たようで私に前を譲ってくる。

 M氏の後ろをN君がピッタリとマークして走っていて、M氏と殆んど変わらないコーナリングスピードで走っている。コロニーから四角井戸溜池までの区間は、コロニーまでよりコーナーのスピードが上がり立ち上がり加速の違いからN君は徐々にM氏に離されて行く。N君のコーナースピードは私と変わず、私はN君の後ろに着いて四角井戸溜池まで走り、そこで待っていたM氏と一緒になって仁賀保高原に向かった。

 ここで今後の予定を決定する。今現在の日の高さからして、このまま秋田に向かっても明るい内にグリーンロードを走る事は難しいと判断、ここで仁賀保高原のスペシャルステージを楽しむ事にする。仁賀保高原方向に右折してM氏を先頭にして高原に駆け上がり、そして仁賀保に駆け下った。

 高原下のパーキングでUターンし、フルバンクを楽しみながらまた仁賀保高原に駆け上がる。ここからはさっき来たコースを逆に走り、四角井戸溜池からコロニー下までのコースを大いに楽しんだ後本荘に向かった。西目の田んぼの中を走る直線で、結構なスピードで橋の段差に乗ってしまった。「飛ぶーッ。」と思って少しアクセルを戻したが、結局前後輪は一瞬地球を離れて着地した。後続の3台も意識して?飛んでしまったようである。

 本荘市内の入り国道107号に出た所のシェルのGSでガソリンを給する。実は私のTZRは仁賀保高原を登っている時にリザーブに入っていてGSを探していたのだ。本当は上手く行けば秋田まで無給油で帰れるかと思っていたが、今日のハイペースでは燃費が悪くそれは到底無理な事であったようだ。

 給油を終えGSの中で休んでいたら、GSの人が寒かったらストーブ着けますよと心配してくれる。その時の我々の状況は、11月初旬とは思えない気温の高さに汗を拭いている状態で丁重にお断りした。我々の装備はいつもの11月のように気温5℃でも絶えられるよう備えてあって、M氏は寒さ対策で着ていた汗で発熱するシャツが仇となり、熱くて汗を掻きそしてその汗で発熱しまた汗を掻くと言う悪循環に陥っていた。


 給油を終え、少し薄暗くなった本荘を出て国道105号から大内、大正寺、雄和、空港道路と走って秋田に帰って来た。国道13号から横山金足線に入ったのだが、そこで渋滞に嵌ってしまった。最近は秋田中央インター側から帰って来る事が多かったので、ここの慢性的な渋滞を忘れていた。

 何とか渋滞を抜け店に帰って来たのは、帰還予定を少し回った5時半過ぎで、全走行距離456kmも予定の450kmを少し上回っただけであった。前回の6th.ツーリングと違って、今回は私の立てた計画と殆んど違わない距離と時間で多少は名誉挽回になったかな?



 今年の最終ツーリングは異常とも思える暖かな天候で終了した。今日の走りを振り返って見ると、N君の免許取得から2年目とは思えない質の高い走りが光ったのだが、しかしN君はまだ自分の走りに納得がいかないようで皆に盛んに疑問点を質問していた。この飽くなき向上心が、彼の走りの裏付けとなっているのであろう。

 来年彼は大学を卒業し地元の愛知県に帰る事になるのだが、向こうに帰ってもその気持を忘れずに楽しいバイクライフを送ってもらいたいと思う。N君の今後の活躍に期待した。

 今日のツーリングの出来事で話は弾んだが、雨がパラパラと落ちてきたのを見て、解散となってしまった。



 今日の走りでK氏のフロントタイヤは、北海道帰りのM氏のフロントタイヤのように擦り減って殆んどスリック状態になっていた。このタイヤで走るのはさぞかし大変だった事だろう。来シーズンは新たなタイヤで新たな走りにチャレンジしてもらいたいと思う。

 それにしてもFUNKYメンバーのタイヤの使い方、ここまで使わなくても良いと思うのだが、どうなんでしょうか?





 今年全てのFUNKYツーリングに参加したM氏とYZF750SPのコンビも丸4年になり、円熟期に入ったその走りは傍から見ていても楽しいそうだ。来年はどうなるのかな?

 今年のFUNKYツーリングもこれで全部終了した。今年も沢山の楽しい思い出をプレゼントしてくれたFUNKYツーリングであったが、来年もまたFUNKYな思い出をプレゼントしてくれる事を期待して今年最後のツーリングレポートを閉じたいと思います。





                                お わ り



                                             Report by Ryuta
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