2004 5 1

  FUNKY発足から四半世紀が経ち、

  26シーズン目の幕が開けた



  < コース >

  秋田
⇒出羽グリーンロード⇒南外⇒大森⇒東由利⇒西馬音内⇒

   十文字⇒増田 
三平そば(昼食)⇒稲川町⇒院内⇒松の木トンネル⇒

 笹子⇒猿倉⇒フォレスタ鳥海
(入浴)⇒花立⇒南由利原⇒西目

 仁賀保高原⇒西目⇒本荘⇒大内⇒大正寺⇒出羽グリーンロード⇒

 国道13号⇒岩見三内⇒宝川⇒横山金足線⇒

 モト ワークス ヒラタ 全走行距離 402km












いつもの国道105号南外村の佐藤商店で休憩。



新旧YAMAHAのスーパースポーツ、
2台の間には17年の年月が・・・。



半年振りに一緒に走るベテランのS氏、M氏の二人。


昨年の10月の630kmツーリングにも参加したN氏とF氏の二人。


今日のツーリングには初参加者のエントリーが3名有り、私は今日先導役に徹する覚悟で家を出る。昨夜雨が降ったのだろう、所々に路面が濡れた所が見られる。しかし、空は快晴春の朝日が目の眩しく吹く風もそんなに冷たくは無い。

今日の集合時間はAM8:30といつもよりユックリな為、集合時間の50分前には店に到着しバイクを出しライディングウエアー着替え支度をする。


8時を回って最初に来たのはZXR400Rで初参加のY氏であった。彼は初参加で遅刻しては申し訳ないと早く来たようである。しかし、実はY氏より早く家を出て此処に向かっていた初参加者がいた。その人は岩手県盛岡市在住のT氏であった。

T氏は、4月18日に行われたスプリングツーリングに参加し、FUNKYツーリングにも参加してみたいとの希望があって、今回盛岡からの参加となったのである。T氏は6時過ぎに盛岡を発ってCB750FCに乗って秋田に向かっていた。

今日の1st.ツーリングの参加者は、初参加のY氏、T氏の他にTZR250RSに乗るs氏(小文字)も初参加、XJR400RのN氏、FZ750のF氏、YZF-R1 02のS氏、YZF750SPのM氏、そしてTZR250Rの乗る私と、FUNKYにしては大所帯の総勢8名である。

集合時間になったが盛岡からのT氏が来ない。T氏からは、これから盛岡を出発するというメールが入っていたので少し待って見る事にする。集合時間に数分遅れてT氏が到着、全員集合して今日のグループ分けや走り方の注意事項を確認し出発の準備をする。

T氏には給油のタイミングを合わせる為、隣のGSでガソリンを満タンにしてきてもらう。今日は2つのグループに分け、私が先頭で初参加の3名を引っ張り、後の4名はM氏に先導してもらう事にする。



予定より少し遅れて秋田を出発、先ずはいつものコースで南外の佐藤商店まで走る。私の後ろはS氏、3番手がY氏、4番手がT氏と続く。Y氏はグループで走るのは初めてで車間距離の取り方に不慣れでS氏との間が大きく開いている。私はY氏にもっと車間をつめて走るように指示したが、Y氏はこのツーリング終わる夕方には適切な車間で走れるようになっていた。

国道13号から出羽グリーンロードに入り、私は後のグループを前に出し初参加者の走りを見ながらペースを上げる。Y氏、ZXR400Rに本格的に乗るのは数年ぶりのようで走りがギゴチナイ。

彼のZXR400Rは十年近く眠っていた後、昨年車検は取ったのだが、エンジンの調子が悪く当店に持ち込まれたバイクであった。調子の悪い原因は、キャブレターの詰りと古さ(1992モデル)からくるゴム製品の劣化が原因であったが、新しいエキゾースト(中古のTUKIGI DEXTER)とFCRキャブレターのセッティングが施され後輪で65PS以上を発生している優れものである。

佐藤商店で小休止を取った我々は、次の休憩地点の 道の駅 東由利 目指して南外を出発した。南外村上野の信号を右折して湯ノ又の集落に向かうと道が新しくなっていて集落をバイパスして岩倉温泉側の道に出た。

T字路を左折して出羽グリーンロードに向かう。グリーンロード入口まで来るとそこには法面崩壊の為通行止の看板が立っていた。この道は以前にも法面が崩れて通行止になった事があり驚きはしなかったが、予定を変更せざるをえず大森町八木沢に向かう。

八木沢に出た我々は左折して大森方面に左折、昨年完成した八木沢トンネルの中に入る。トンネルの中では、ZXR400Rに取り付けられたTUKIGIの音やFZ750のテックサーフの音がハモッて何とも良い音?(ウルサイ)を奏でている。バンバンという爆発音よりは耳に心地良い?

トンネルを出でミラーを覗いて見ると、何やら光る物体が我々の後に連なっているのが見えた。その時その物体が何であるかは、先頭の私のミラーからは確認出来なかった。しかし、その物体は突然私の目前に飛び出して来た。それも次から次と・・・。

我々8台は、集落が近い事もあってユックリとしたペース(それでも80位)で田んぼの中の道をまとまって走っていた。私の目の前に突然現れたのは物体は、バイクであった。それも同じ様な形をしたバイク達で、中にはピンク色した物もあった。

何台のバイクに追い越されたのだろう。数えてはいなかったが10台近くはいたと思う。ライダー達は次から次に私に左手を揚げて走り去って行く。・・・と言っても追い越しても直ぐ前を走っているのだが。

道の駅 東由利 のパーキングにて 初参加グループ
此処までの出来事に話が弾む。


この人達が例の人達。流石に年齢層は高そうで平均は40歳代と見たが中には20歳代、50歳台とも思える人もいた。ピンクのBMWは女性ライダーの様で、女性ライダーはピンクバイクと言う分かり易い思考回路の様である。

私が追い越されたバイクに左手を揚げられたのは十数年前の北海道以来で、バイクは釧路ナンバーのFJ1300であった。その時の我々は、1台がエンジンを焼き付かせた後だったので、私はスピードを抑えて(それでも100は出ていた)走っていたのだが、我々を追い越したFJライダーは挨拶のつもりだったのだろう、左手を軽く揚げて走り去って行った。

この左手を見て私の頭の中で大きな音がした。「カチィーン!」

その後、私の右手がワイドオープンになったのは言うまでもない。信号で止まったFJの後ろに我々はピッタリとバイクを止めた。背中にただならぬ殺気を感じたのであろう、FJの彼は信号が青に変わると我々から離れようと逃げの体勢を取った。

北海道の広く揺るやかに曲がる道で、FJに本気で逃げられたら400と250ccの我々に勝ち目はないと思われたが、FJの彼は180前後でFJの後ろにピタリと張り付く我々のプレッシャーに負けたのか、コーナーの立ち上がりでアクセルを開けるのを止めスピードを落とした。結局、焼き付いてたバイクを含め我々全員がFJの前に出てしまったのである。


そして今回の場合も私の頭の中の鐘は鳴った。 「カチィーン!」

しかし此処は周りに何もない北海道の田舎道ではなく集落の近くを走っており、そして何よりも北海道の時よりも私は歳を重ねてしまっていた。流石の私も此処で彼らの前に出ようとは考えなかった。

前を走るバイクを観察して見ると、全てのバイクがフルカバーのBMWであった。私のイメージでは、BMWに乗るライダーは皆ジェントルマンであり無理な追い越し等をするライダーはいないと考えていたが、私の考えは間違っていたようである。私はBMWに乗る全てのライダーがジェントルマンなわけではない事をこの時知ってしまったのである。

ここで私の中である疑問が?
この秋田の狭い田舎道にこれだけのBMWが走っているのは何故?

私はナンバーを良く見ていなかったが、後から聞いた話だとナンバーは雑多で統一性は無く、県外ナンバーが殆んどであったらしい。

BMWのミーティングか何かあって、その流で走っていのか? しかし、ワザワザこんな所をBMWで走らなくても?

こんな田舎道を知っているのは地元の人間しか考えられず、先頭を走っていたのは地元のBMW乗りに間違いないが。

余計なお世話かもしれないが、せっかく東北の田舎道を走っているのだから、東北の春をユックリと堪能しながら走るくらいの心のゆとりをBMWライダー達には持って欲しいと私は思う。

我々の前を走るBMWは、我々が曲がる所を同じように曲がった。これはと思ったら、彼らは直ぐに東由利に抜ける道に右折して止まった。私は何で止まったかその時は分からなかったが、我々の後ろにまだBMWの残党が残っていてそれを待つ為に止まったようである。全部のバイクが追い越しが出来ないような追越はするんじゃないと私は言いたい。

彼らの止まった道の先には確かにワイディングロードはあるが、狭く路面も悪くBMWで走って楽しい道とは私には思えない。我々がこれから向かう金峰山から三ッ森山を抜けて東由利に抜ける道の方がまだ楽しいと思うのだが、BMWの先導者はその道を知らないようだ。

いずれにしてもその時の私は、彼らと 道の駅 東由利 でまた顔を合わせる事になるだろうと確信していた。


BMWの群れと分かれた我々は二井山トンネル前のシケインを抜け金峰山に登る道に入る。私がこの道に入ったのは実は2回目で、それはもう十年以上前の事だった。その時この道は途中から砂利道になっていて、私はそこでUターンして引き返した事があった。

昨年のバイクシーズンの終わろうとしていた頃、この道が東由利町まで舗装されて繋がっていると言う情報がFUNKYメンバーから私にもたらされていて、私は今回の1st.ツーリングで是非走って見たいと考えていた。

道に入ると直ぐに○○林道という看板が目に入り、この道が林道である事が分かった。林道と言うとOFFロードのイメージだが、この道は完全2車線の綺麗な舗装道路でアールもそんなにきつくなく、走って楽しいワインディングロードになっていて、私は思わず後を気にしながらも走りを楽しんでしまった。

もし此処でまだ例のBMWが前を走っていたとしたら、、私にBMWの後ろを走り続ける自信は全く無い。彼らにどう思われようがどうなろうが、絶対に全車をブチ抜き

そして ・・・ 左手を軽く揚げてやる・・・!

金峰山を登り切り、三ッ森山に差し掛かると正面に白く輝く鳥海山が目に飛び込んで来る。青空をバックに見えるその秀麗なる山容は、山形県や日本海側から見る横に間延びした姿と違って気品があって美しく見えた。

山を下り川沿いの道を走っていると、小さな女の子がお父さん?と道路脇から我々に手を振る微笑ましい光景が見られたのだが、最後尾を我々から少し離れて走っていたN氏は、道路の真中に立つ女の子に驚かされたと言う。


老方の街の中で少し迷ってしまった私は、何とか 道の駅 東由利 に到着した。しかし、そこにはBMWの姿は無く、我々はトイレと休憩を取ることにする。

休憩している我々の前にBMWが現れたのは、我々が到着してから約10分後の事であった。 正確には数えなかったが20台近くの大所帯であるBMW軍団は、見た感じライダーの中に東北人はいない様に私には見えた。それを見ていたT氏は、総額ウン千万円のグループだと羨ましそうな声で話している。バイクを金額に換算してみる見方も有るのかと感心してしまった。

ハーレーやBMW等高価なバイクに乗っている連中は、国産バイクに乗っている人間とは、我々はチョット君らとは違うんだぞ!と言うプライド?のような物を持っている人間が多い様に思う。

自分の金で自分の好きなバイクを買って乗るのは、その人の勝手だしその事に文句を付ける気は毛頭無いが、お前達にはこんな高価なバイクは買えないだろうみたいな態度が垣間見れたり、我々は憧れの視線で見られているんだと言う自意識過剰な態度が気に障る。

私は、幾らお金が有ってもハーレーやBMWには乗りたいとは思わないが、彼らに私のような人間がいる事など信じられない事なのだろう。こんな事を言うと、家のカミサンに金が無い者の僻みに聞えるから黙っていなさいと言われそうなので、この話はここまでとしたいと思います。

羽羽後町 西馬音内 七曲峠昨年は桜が咲き始めだったが、今年は終わっていた。


眼下に横手盆地が広がり、正面には雪を被った焼石岳連峰が見えるフード付きのパーカーを着ていた男が昔FUNKYにいたのを思い出す。上背は違うが、後姿もどこと無く似ている気がする。


増田町 上畑の三平そば


天婦羅そばとY氏の笑顔。


中央のN氏は御代りするかどうか真剣に悩んだが、結局大盛1枚で我慢する事にする。






 休憩後、昨年も立ち寄った羽後町 西馬音内の七曲峠に向かう。秋田市では八重桜が咲き始め木々の新緑が芽吹き始めているが、この辺はまだ山桜が咲いており新緑にはまだ少し間があるようだ。

七曲峠に到着すると期待していた桜は殆んど散っていたが、今日は霞が少なく横手盆地や焼石連峰がハッキリ観える。

横手盆地は田起しが始っていて水が張られている所もある。正面の焼石岳はまだ白く輝いて美しい姿を魅せている。私はここから観る景色が好きで、私の選ぶ<秋田の景色 BEST
 3>に入る絶景の一つである。

景色を楽しんだ後、昼食取るため増田町上畑の三平そばに向かう。細く曲りくねった九十九折の七曲峠を下り西馬音内の街中に入る。昨年はここでガス欠事件が有って時間を取ったが、今日は何事も無く通過する。



















横手盆地を横切って十文字を通過、増田町の街中を通って上畑温泉近くにある三平そばに到着する。1年ぶりに訪れた三平そばの店内は、テーブルと椅子が取り払われて靴を脱いで上がる全面板の間になっていた。

店内に入って行くと、いつものお母さんが我々の顔を覚えてくれていて笑顔で挨拶をしてくれる。注文を取りに来た馴染みのお嬢さん?に、私はいつものざる大盛りを注文する。Y氏は豪華天婦羅そばを注文、S氏は温かいそばを注文、他の4名は私と同じざる大盛り750円を注文する。

最初にざる大盛りが2枚が運ばれてきたがその後がなかなか運ばれてこない。暫くして大ざるが運ばれてきたが、Y氏お待ちかねの天婦羅そばが出てこない。結局、私が食べ終わる頃に天婦羅そばが運ばれて来て、その時の嬉しそうなY氏の笑顔は左の写真をご覧下さい。

そんな時N氏は悩んでいた。ざる大盛りは頼んだが次を頼むべきかどうかを悩んでいた。最近N氏はウエイトが3桁の大台を突破しており、このままでは自己最高を突破しそうな状況にあって、結局追加オーダーはしない決断をする?

ここの三平そばでは、毎月26日が1,000円でざるぞば食べ放題の日で、美味しいそばを腹いっぱい食べたい人は行って見てはどうでしょうか。因みにFUNKYでの記録は、K氏のさるそば4枚(時間が有ればもっといけたと彼は言っていた。)である。


話は変わるが、一昨年ここで食べたガッコが旨くてHPに載せた事があったのだが、ガッコは春先だけのメニューで秋に来た時は無かった。昨年の春来た時はその年は造らなかったとかで無かった。その時私は、旨いガッコ造っておいて下さいよと要望しておいたのだが。

そして今年、お嬢さん?に「ガッコ有る。」と聞いてみるとガッコが出て来た。しかし、その姿は2年前とは違っていた。2年前は軽く燻ったガッコだったが、今日出てきたガッコは普通の黄色い色をしていた。そして味も普通のガッコであった。 あァ・・・・2年前のガッコが食べたいィ・・・・。






今年のガッコは一昨年食べた物と違って普通のガッコであった。

  このガッコが食べたい。





食事を終え外に出たN氏、着ていたブルゾンのファスナーを閉めようとした時、ファスナーを上げる力が前よりもキツクなっている事に気が付いた。このサイズLLのブルゾンは、N氏のボディとの間に指一本入る余裕など無いジャストサイズであった為、そばを食べて腹が膨れた分ファスナーが閉まりずらくなってしまったようだ。

そこで私は考え付いた。ダイエットを成功させる秘訣は、ビチビチの服を着て体の変化を敏感に感じ取れるようする事だと。


ォレスタ鳥海は鳥海山をバックに建っていて、大自然に囲まれた綺麗なホテルであった。大自然の中と言うことは周りに何も無いということです。

フロントで入浴料500円を払い温泉に行く。今回温泉に入ると疲れると言う理由からY氏はパス、T氏、N氏も温泉をパス(理由不明)する。私は温泉に入ってリフレッシュし体が軽くなったことはあっても、疲れが出たことは今まで一度も無く、Y氏も一度温泉を試してみたら良いと思う。

ここの温泉の特徴は温泉に入って手や足を擦るとヌルヌルすることである。泉質はナトリウム−塩化物・炭酸水素泉(弱アルカリ性)でお肌に良いようである。また塩化物泉といことで体が温まるようで、温泉から上がった後なかなか汗が引かなかった。

露天風呂も有って鳥海山も眺められるのだが、柵が邪魔になって温泉に浸かりながらは良く見えない。見え易いように柵をもう少し低くした方が良いと思うのだがどうでしょう。フォレスタさん。


温泉の後は冷たい物が欲しくなる。ジャージー牛乳のソフトが有るとのことで食べてみた。それなりには旨かったが特別というほどでもなかった。ジャージー牛乳の濃厚な味をもっと出した方が良いと思うのだが。




この2人は我々が温泉に入っていた間、お話をしていたようだ。
Y氏、聞き役ご苦労さまでした。



そしてもう独り。N氏は巨体を深くソファーに埋めて熟睡していた。
遅いバイクでイ最後尾を走るライダ-は休憩時間が無く疲れるものだ。
上畑、三平そばを発って鳥海町笹子にあるガソリンスタンドに向かって走り出す。こまで160km位走っていたが笹子までは50km位で、一番燃費が悪いTZR250Rでも予備を使えば辿り着けると思われる。

増田から稲川町の稲庭うどんの美味しい佐藤養助の前を通過、直ぐに右折し国道13号に向かう。高松に出る手前に宇留院内峠という小さな峠があって、我々はその峠の手前から車に追い付きその車の後ろに着いて峠を越えた。

峠の先には新しい道が出来ていてコーナーが楽しめる為、私は峠を越えて早めに車の前に出た。後の3台も車を追い越し私の後ろにいたが、後のグループとの間に車が入っているのがミラーに写っている。それも我々のグループにピッタリと着いて後ろから煽っているようにも見えた。

我々はそれなりのスピードでコーナーの楽しんだ後、車と離れたのだがその時後で何が起こっていたかを笹子のGSでM氏から聞く事となる。

M氏の話によると、前のグループ最後尾バイクの追い越しに無理があった模様で、車のドライバーの頭の中で鐘が鳴ってしまったようだ。その為に我々を煽るような運転をしていたようである。

 その様子を見てM氏は、敢えて車の前に出るのを止め少し離れてその様子を見ていたと言う。まさか追い越したライダーが左手を揚げなかったと思うが、私は車を追い越す時に気を付けている事がある。

まず、追い越す時の条件

1,追い越す車の前が大きく開いていて、直ぐに車に着かないこと。
2,当り前だがセンターラインが黄色でないこと。
3,車のドライバーに恐怖心や怒りを起させない追い越しが出来ること。
4,追い越すのに充分な見通しが利く距離があること。

少なくても追い越された車のドライバーに、ブレーキを踏ませるような追い越しは絶対にしてはならないのである。

これはあくまでも心掛けていることであって、状況によっては思い通りにいかないのが実状だが、少なくても追い越した後左手だけは揚げないようにしている。車が道を譲ってくれた時などは、私はドライバーに頭を下げることにしている。左手を揚げるよりは、感謝の気持やお礼、お詫びの気持を表現できると思うからである。

自分が車に乗っている時のことを考えると、バイクは車のドライバーにとって邪魔と言うかあまり係りたくないものであって、出来るだけ早く自分の周りから消えてもらいたい存在である。従って私が車を運転している時、後ろからバイクが追い付いた時は道を譲り、先に行ってもらうことにしている。

しかし最悪なのは、道を譲っているのにも拘わらず先に行くわけでもなく、車の周りをウロチョロするバイクである。



横堀の国道13号に出る手前で2番手を走っていたs氏のTZRが後ろに下がっていく。ガソリンが予備に入ったようだ。TZR250RSは予備が4リットル近くあり、予備で60km(15km/L×4L)は走るので笹子のGSまでは余裕で間に合うはずである。

信号で止まった時、s氏に予備タンに入ったかを確認し笹子のGSに向かう。s氏としては予備に入ってのにも係らずGSに入る気配を見せない私に、不安でアクセルを全開に出来なかったらしいが、自分のバイクが予備でとの程度走るかを知っておくとことが肝要であろう。

s氏のTZR250RSは笹子のGSで13リットルのガソリンを呑みこんだが、まだ2リットルの余裕が有った。因みに私のTZR250Rは11.7リットルで、まだ予備(私のTZRは12リットル近くで予備に入る。)にも入っていなかった。

同じ距離を走って1リットル以上の差がでたのは、アクセルの開け方、ギヤの選択等の違いからでた差と思われるが、装着さいているチャンバーの違いもあるかもしれない。

s氏のTZRと私のTZRは共に後輪で50馬力チョットのパワーを発生しているが、最高馬力の発生回転が違っている。s氏の最高馬力発生回転数は11,500rpm、私のTZRは10,500rpmと千回転ほど回転数が低い。それがs氏のJackalと私のYUZOの味付けの違いなのだろうが、それが燃費にも影響していると思われる。



院内から国道108号には入り、院内銀山跡への入口を過ぎるとFUNKYのスペシャルステージが始る。三平そばを出る時、松ノ木トンネル手前からは私はそれなりにスピードを出すから皆さん自己責任で走ってくださいと言ってあったので、先行させたM氏のYZF、S氏のR1、F氏のFZの後を追う。

流石に前の2台からはドンドン離されて行くが、何とかFZのF氏のケツに食らい付く。直線では750の排気量には勝てずジリジリと離れるが、コーナーで追い付きそんなに離されずにトンネルに入った。

先頭は車に追い着きトンネルを抜けると同時に追い越す体勢を整えている。トンネルを抜け車の前に出た先頭グループは大きなRの右コーナーに入って行く。しかしこのコーナー手前には名水と言われる水汲み場が在って、いつも車が停まっており、人もウロウロしているので注意が必要だ。

様子を見ながらコーナーに入った前の2台は、高速コーナーを加速しながら抜け離れていく。これ位の高速コーナーになるとTZRでは逆立ちしても着いていけないので、ただただ見ているだけの私であった。



その勢いのまま笹子のGSに滑り込んだ我々は、それぞれ給油する。最悪燃費はs氏のTZRの13リットル、最も少なかったのがT氏の8.?リットルであった。流石にトルクで走る昔の七半は燃費が良い。

その分走りもそれなりなのだが、T氏の後ろからCB750FCの走りを見ていたM氏によれば、直線で加速するCBの後姿は結構迫力ものであったらしい。当時の大型バイク?乗りの醍醐味は、捩れる車体を押さえ込んで走ることだったと聞いている。当時の私は臆病で、車体が揺れ始めたら直ぐにアクセルを戻していたからそんな醍醐味は味わったことは無いが、T氏はそれを味わっていたようだ。

給油後、暫し休憩してから今日の温泉フォレスタ鳥海に向かう。国道108号のそば処百八の先を左折してフォレスタ鳥海に向かう。途中バンピーナな道路があるから気を付けるように話しておいたのだが、s氏はコーナーの先に突然現れた段差に転倒しそうになったそうだ。マシンホールド(下半身での)がバンピーな道では重要である。




本荘市のコンビニで休憩。F氏の表情は冴えない。


本日の走行でスリック状態になったM氏のフロントタイヤ。
この程度のことはM氏にとって珍しい事ではない。


出羽グリーンロードが国道13号にぶつかる所で、
盛岡から参加のT氏&CB750FCとはお別れとなった。



今日初参加の3ショット
次回の参加をお待ちしております。


こちらはT氏を囲んでの全員ショット。
左2人の車幅の違いに注目。3:2の割合?



店に戻って解散前のショット。
距離が402km程度だったので皆さんの顔色は良い。



賭博の殿堂パチンコセントラルは、パチスロの殿堂Daskaに大変身。
温泉でリフレッシュした後、今日のメインステージ由利原、仁賀保高原に向かう。フォレスタから矢島花立までは気持のいいコーナーが続き、先頭を走るM氏のペースが一段と上がり、S氏と共に視界から消えて行く。私も後ろと共に全開で後を追う。

花立まで来ると連休中とあって車が多くなって来る。南由利原サイクリングセンターから右折して東由利原方面に入り、西由利原方向に左折して西目のコローニー入口に出て冬師方向に左折する。

ここから四角井戸溜池までの道は、ここ専門に走る主がいるほどの由利原を代表するワインディングロードなのだが、連休中とあって車が多い。数台の車をパスして我々はベンツ(190Eのチッコイやつ)の後ろに着いた。

先頭のM氏、2番手のS氏はベンツをパスして先に行く。今度は3番手のF氏の番だがブラインドコーナーが続いてなかなか追い越しが出来ないでいる。

この時私の頭の中で不吉なシナリオが出来上がり始めていた。このブラインドコーナーの先には短い直線(短いといっても車1台を追い越すのには充分な直線)があって、このまま行くとF氏はそこでベンツに追い越しを掛けてしまうのではないか。

他の場所なら何ら問題の無い事なのだが、あの場所で追い越しを掛けたら3年前の悪夢が再現されてしまうのではないか。私の頭の中で様々なシュミレーションが駆け巡った。

そしてF氏はブラインドコーナーを抜けて直線に出た。彼は私の描いた最悪のシナリオに沿ってウインカーを揚げベンツの横に出る。私はその時、F氏を見つめながらシナリオ通りにならないよう、心の中で手を合わせて祈っていた。

そしてFZのアクセルがワイドオープンとなり加速を始めたFZ750のフロントタイヤが橋の段差に乗り上げた時、FZのハンドルは左右に大きく振れ出した。

ここまでは私が描いた最悪のシナリオをF氏とFZ750は完璧に演じきっていた。しかし、振れ出したフロントタイヤが2回・3回と大きく振れ4回目でその振れが止まった。そして何も無かったようにFZは真っ直ぐ走りはじめたのである。

ヨカッタ、ヨカッタ 本当にヨカッタと私は思った。
最後の結末は私が描いた最悪のシナリオのようにはならず、私は胸を撫で下ろしていた。FZのタイヤが振れ出した時、様々な状況が私の頭の中を走馬灯(表現が古い)の様に流れいたが、現実のものにならず本当に良かった。

この後本荘のコンビニでで止まった時知ったのだが、FZ750のブレーキディスク取り付けボルトの頭にアルミの小さな塊が付いていた。フォークのアウターチューブとディスク取り付けボルトがフォークが捩れた為に擦ってしまったのである。如何に大きくタイヤが振れたかを知る。

考察して見ると、3年前と今回の違いはスピードにあったと思われる。3年前は今回よりスピードが高かった為、橋入口で発生したハンドルの振れが4回目で収束しようとした時、フロントタイヤが橋出口の段差に当って更に振れを増幅してしまい、収拾不可能な状況になってしまったのではないだろうか。

いずれにしても、橋の段差や道路の凸凹の前ではアクセルを戻し、フロントタイヤに荷重した状態で進入することを心掛けるようにしたい。そうする事がハンドルの振れ発生を抑え、怖い思いをしないですむ方法なのである。皆さん橋の段差には充分ご注意下さい。

当然、このアクシデント以降のF氏の走りは、大人しくなったのは言うまでもないが、何事も経験です。Fさん、今回は良い勉強をしたと思ってこの経験を以後の走りに生かして行って下さい。



矢島、冬師、仁賀保方面に別れる十字路を右折して仁賀保高原に上る。ここも車が多くペースが上がらない。登りきって土田牧場には行かず、そもまま直進して仁賀保に下って行く。

この道はRが大きな深く回り込んだコーナーが続くのだが(一部まだ工事中で狭い所が残っている。今年中全線完成しそう?)そこを往復して楽しむ事にする。

深いバンク角を長い時間楽しむことが出来るこの道を、s氏とTZR250RSはお好きなようでノビノビと走っているのがミラーからも見て取れる。Y氏も大分バイクに慣れてきたようで肩の力が抜けてスムーズにコーナーをクリヤーしている。

下まで行って引き返して来た道が狭くなり、皆並んで走っていた時ふとミラーを覗くと後続が誰もいないのに気付く。暫く待っていたのだが来る気配が無い為引き返してみると、皆さん直ぐ下のコーナーを曲がった所にいた。

止まっていた原因はY氏であった模様で、私が戻った時は走り出すところであった。Y氏、道が狭くなる所でのギヤダウンが十分でなく急勾配の道で失速しそうになり大きくアクセルを開けてしまったようだ。

彼のZXR400RにはFCRキャブレターが装着されており、低回転でアクセルを急開するとエンジンストールが起きる。オートマチックじゃないんだからギヤダウンはチャントしましょうよ、Yさん。

その昔YAMAHAのEXUPが世に出た頃、急坂でY氏と同じ様に高いギヤでアクセルを開け坂を登らないとEXUPに腹を立てた男がいたが、R1に乗るS氏のよるとY氏のライディングホームはその彼に似ていると言う。その風貌といい、2人には何か共通点が有るのかもしれない。そう言えばEXUPの彼も、三平そばで天婦羅そばを注文していたな・・・。



仁賀保高原を駆け下り、さっき来たコローニーの道を戻って本荘に向かう。本荘の国道105号沿いのローソンで休憩を取る。フォレスタ鳥海からの一気走りで結構皆さん疲れたモードだったが、飲み物等を飲んで元気を取り戻す。

しかし元気が無い男が独りいた。それはF氏。彼にハンドルが振れた時の気持を聞いてみた。振れ出した時は転倒すると思ったそうだが、それが上からドンという感じで納まったという。彼はまだそのショックから抜け出せないでいるようである。

本荘を発って後は秋田までの予定で105号を北上、大内から雄和町大正寺に出る。私は大正寺の信号を左折し、協和町小種に出る為に直ぐに右折する。私はその時後ろのグループは我々の直ぐ後ろにいると思っていたが、実際は結構離れて走っていたらしい。



私が後のグループがいないことに気が付いた時、我々は小種方面に曲がって200m以上走ってしまっていた。道路左側に止まって後方を確認していると後のグループは右折しないで直進して行くのが見えた。そして雄物川に掛かる新波橋の上を走る4台のバイクを見付ける。彼らが我々を探しながらグリーンロードに向かっていることを確認する。

戻って彼らを追い駆けるのも時間が掛かりそうなので、そのまま進んでグリーンロードで落ち合う道を選択する。落ち合う場所は幾つか考えられるが、我々は小種を回る為少し遠回りになり、彼らが途中で我々を待っていない限り落ち合うのは難しいと思われた。しかし最悪でも、国道13号に出る所で落ち合うこと出来ると私は考え、グリーンロードに向かったのである。

よく考えてみると後のグループは後のグループなわけで、彼らは当然我々が前にいると思って走っているわけで、停まって我々を待つことなどする筈は無かった。しかし、私はポイント、ポイントで彼らの姿を探しながら先を急いだのである。

我々は出羽グリーンロードをそれなりのスピードで走って結局13号線まで来てしまった。そして道路左側に停まっている後のグループ?を発見する。後のグループ先頭を走っていたM氏の話によると、彼も我々が停まっていそうな所をチェックしながら走って来たそうで、M氏の大好きなグリーンロード最終ステージもアクセルを全開にする事無くツーリングしてしまったそうな。

私の不注意によりグリーンロードをツーリングさせてしまったことを、この場を借りて謝罪したいと思います。申し訳ございませんでした。



そして此処で盛岡に帰るT氏とお別れである。T氏はこれから盛岡までもう100km近くのツーリングをこなさなければならないのだ.。本日は本当にご苦労さまでした。

T氏を囲んで皆で写真を撮った我々は、T氏と別れて秋田に向かう。大張野の新しく出来た道をそれなりのスピードに走っていると、突然M氏が私の前に現れた。別に驚きもしなかったが、私も彼の後を追う。しかしM氏の切れた走りには離されるばかりである。しかし、途中でM氏はペースダウンして元の位置に戻って行った。

M氏、今日のグリーンロードの走りに大分ストレスが溜まっていたようで、目の前に現れたワインディングロードに右手が勝手にに反応してしまった模様である。

そんなこんなで店に帰って来たのはPM6:20頃であった。今日は天候にも恵まれ、私は楽しい時間を過ごさせてもらった。皆さんはどうだったのだろうか?初参加のs氏は大変楽しかったとの感想を聞かせてくれたが、今日走って経験したことを、後の走りに生かしていってもらえたら幸いです。



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