1955年9月9〜10日 秋季遠乗会 十和田湖
                     主催  平田モーター商会

               秋田⇔能代⇔二ツ井(きみまち坂)⇔大館⇔大湯⇔発荷峠⇔休屋⇔宇樽部(宿泊宴会)


対向車はいない。

舗装路は街中だけ

殆どが砂利道。

比内と毛馬内の間の今の国道103号か?

パーツを満載したサポート三輪車とメカニック付き。

二ツ井の米代川に掛かる橋。

橋の上にて。それにしても車が走っていない。

きみまち坂公園

きみまち坂公園

きみまち坂公園

左手には米代川が流れているはず今もこの場所に柵はある。

何処かの駅前。トイレ休憩はやはり駅しかないか?

大湯から発荷峠に向かう道?中滝付近。

ミラーに映っているのは中滝?

発荷峠

発荷峠からの景色は
今も変わらない。

看板の文字が時代を
感じる。

ここから下の道路は今でも険しいので、昔はジャリのヘアーピンコーナー連続か?

十和田湖畔 休屋

観光船は当時も
あった。

休屋にあった無料休憩所は、ヒメマスの水族館の隣にあって、私も小学校の修学旅行で立ち寄った記憶がある。

右手奧に船着場
がある。

当時最先端の
ファッション?

当時この格好では、現在のレーシングスーツ姿と同じ視線をあびていただろう。

後ろの山々に見覚えが?

有るような無いような?

宇樽部の旅館
旅館の裏手に船着場があるはず。休屋から船で来た記憶あり。



芸者さんつきの宴会はこの20数年してないな。コンパニオンさんとは趣きがチョッと違う。

お酌をされているのが親父である。当時36歳ぐらいか。

生きてる間に一度でいいからこういうツーリングをしてみたい。

コメントは私の推測によるものが多々ありますのでご了承ください。

1955年当時、秋田から十和田湖まで約160kmの砂利道を250cc(12〜13PS)or125cc(7〜8PS)

のバイクで走ることは、現在の90ccの実用車で160kmの林道を走るようなもので、非常に大変な

ツーリングであったことは想像される。しかもバイクの信頼性はなくエンジンの故障はあたりまえでパーツを

満載したサポートカーは絶対に必要であったようである。


当時250ccバイクの価格は185,000円位で、大卒の初任給が月給3〜4,000円位だったことを考えると、

年収の数倍のバイクに乗れる人は限られた人達であったわけで、芸者さんをあげての宴会などは当り前

の世界であったのかもしれない。




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