2002.6. 2 FUNKY 3rd.Touring

Report by Ryuta
    
秋田⇒宝川⇒角館⇒仙岩峠⇒雫石⇒網張⇒小岩井⇒滝沢⇒岩洞湖⇒早坂高原⇒横道⇒葛巻⇒九戸⇒円子⇒

山県村⇒平庭高原⇒袖山高原⇒
森のそば屋 昼食 ⇒葛巻⇒沼宮内⇒松尾⇒松川⇒八幡平樹海ライン⇒

八幡平山頂⇒
大深温泉(入浴)⇒玉川⇒宝仙湖⇒田沢⇒角館⇒国道46号⇒協和⇒国道13号⇒大張野⇒岩見三内
モト ワークス ヒラタ      全走行距離618km



 AM5:20自宅を出てmoto worksに向かう。昨晩から降っていた雨も上がり、頭の上から西の空は青空が広がって来たが、東の空にはまだ黒い雲が掛かっていて朝日は見えない。路面もまだ濡れており所々に水溜りが出来ていて路面が乾くまではもう少し時間が必要のようである。

 moto worksに着いてバイク(前回に引き続きFZ250)を出し準備をしているとK氏が一番でやって来た。K氏は、彼のR6にビデオをセットするためバイクを預けていたため車でやって来たのだ。以前はFUNKY一の寝坊助であったK氏は集合時間に度々遅れる事があったが、最近は寝る前に起床時間を強く念じて寝るテクニックを会得し、起床時間10分前にはパッチリと目が覚め目覚まし時計のお世話になる事は無くなったのだと言う。


 2番目に現われたのが、仕事の関係で今年初めての参加となったF氏であった。(愛車のFZ750は私が乗って1st.ツーリングに参加していので、人とバイクが一緒に参加するのが初めて。)眠そうな顔で現われた彼は2時間しか寝てないと言う。まさか遠足前日の小学生現象ではないと思うが今日の走行距離は600kmとチョット長めのためスタミナが心配である。

 事務所の中で話をしていると3番目のバイクの音が近づいてきて止まった。図太いアイドリング音からアクラボビッチのYZF750SPと思われたが、意に反して現われたのはS氏であった。

  S氏も今年初参加で、バイクも慣らしも終わっていない2002年モデルのR1で初登場ある。という言う事はあの図太いアイドリング音はR1の音であった。R1のノーマルサイレンサーの音は非常に静かであるはずなのにあの図太い音?ヤマハさん結構いい仕事したんじゃありません。


 良い役者は最後に登場でもないが、いつもは早めに来るM氏が珍しく集合時間のチョット前に到着した。バイクは数日前にシークレットステップを装着したYZF750SPである。

 日も差し始めたAM6:00過ぎ秋田を出発して東に向う。雨の心配は無いが路面はまだウエット、遠く東の山には黒い雲が掛かっている。このまま東に走ると黒い雲に追い付いてしまいそうで心配である。

 国道13号から46号には入り角館を通過、路面状況はハーフウエットで雲には追い付いたが雨はそんなに落ちていない。仙岩峠の茶屋で休憩をとる。県境の山々には雲がかっていて見えない。雲は勢いよく流れていて時折水滴が落ちてくるが、問題は山の向こうの天候である。トンネルを抜けるとそこは雨、だけは避けたい。

 休憩中の話題は当然 2002 R1の話で、そのスタイリングに話は集中した。ミラーに写るそのスタイルはアッパカウルの鋭い顔がフロントフェンダーの首にのった様に見える何とも不思議な爬虫類的な顔に見え、サイドカウルのホワイトとアンダーカウルのブラックは殆んど目に入らない。

 YAMAHAデザインの変遷が分かる左の写真。右のYZF750SPと左のYZF−R1との間には9年の時が流れ、当時釣り目のヘッドライトが新鮮なインパクトを我々に与えた750SPのフロントマスクからの流が、確実に左の2002モデルR1のマスクに引き継がれているが感じとれる。

 峠の茶屋を出た我々は岩手県が雨でない事を願いつつ仙岩トンネルに突っ込んで行く。全長2,544mの仙岩トンネルは地図上では直線ではあるが、トンネルの中央部が高くなっていて出口は見えにくい構造になっている。出口の明かりがようやく小さく見えて来たが雨かどうかは判らない。出口の路面がウエットである事が見てと取れる所まで来たが空の様子はまだ分からない。

ヤッター!! 
岩手県の空は晴れていた。トンネルを出ると雲は多いが日が差しているではないか。こうでなくちゃいけません。

 FUNKYのツーリングでは移動距離が多いためか秋田を雨で出発しても一日中雨に降られた記憶は無い。必ず何処かで晴れている。県と言う区割りはよく出来ていて県境を越えると天気が変わることを度々経験する。ある時は秋田は雨、宮城県は晴れ、山形に入ると雨、そして秋田に入って晴れという天気の時があった。県境を天気で決めたわけではないと思うが、県境は適当に線を引いたものではないことだけは確かなようだ。

 雫石まで来ると路面は殆んどドライでペースも上がる。国道46号から雫石スキー場方向に左折し網張高原に向う。玄武温泉を過ぎ右折して網張高原に登っていく道は、高速コーナーが続く快適な道なのだが最近はアベレージが上がってしまいアット言う間の出来事になってしまった。この道は小岩井農場から来る道とぶつかる所で一時停止となるが、その手前が中速の左コーナーになっていて勢いよく飛び込むとブレーキが間に合わなくなる恐れがあるので注意が必要である。しかし初めての人は、どれがその左コーナーなのかが分からないと思うので上り直線先の左ブラインドコーナーは探りながら進入を。

 一時停止を右折し小岩井農場方向に下っていくと、この先は2つの長い直線と大きく深い右コーナーがある網張高原きっての高速ステージとなっている。私もフルスロットルをFZ250にくれてやるが、その横をM氏、S氏、K氏が追い越していく。S氏はまだ慣らしのため直ぐにK氏に追い抜かれM氏、K氏、S氏、私、F氏の順で大きな右コーナーに飛び込んでいく。約11ヶ月ぶりに見るS氏のコーナーリングフォームは以前と何ら変わることなくスムーズにコーナーを抜けていく。私もその後ろ姿を見てFUNKYに彼が戻って来たことを素直に喜び、胸に色々なことが思い出しながらコーナーを抜けたのであった。

 途中から滝沢に抜ける道に左折、左に岩手山を見ながらワインディングを楽しむ。国道282号に出で右折直ぐの信号を左折し国道4号の下を潜って滝沢駅の前を通過して早坂高原に向う。

 国道282号に出た所でスピードメーターが動いていない事に気付く。古いバイクなのでメーターケーブルが切れても不思議ではなくそのまま走行する。

 外山ダムまでの登りは道幅も狭くコーナーも勾配もキツくFZ250が先頭でゆっくり登る。以前は走り屋がコーナーに溜まっていたことも有ったこの道も、最近はとんとお目にかからなくなった。その種のライダーが少なくなったという事だなのだろうが、その事自体は一般人としては喜ばしい事だと思うが、バイク屋としては一抹の寂しさを覚えるのも確かである。

 外山ダム近くの外山地区は手打ち蕎麦のお店があり是非一度食べて見たいと考えているのだが、通過する時間の関係でなかなかその機会に恵まれないのが残念だ。

 岩洞湖沿いの道に出て後ろに下がりM氏、S氏、K氏が前に出て、私はF氏と2台で後を追う。

 本日のM氏は、最近にしては午前中にも関わらず調子が良さそうで、シークレットステップの効果もあってかスムーズにコーナーに飛び込んでいっている様だ。慣らしのため三番手に下がったS氏ではあったが、2番手K氏のミラーから消える事は無くしっかり前のバイクをロックオンして逃がさなかった模様である。


 早坂高原に早く着いた3台は、遠くから聞こえてくるFZ750の音を確認したが、音はすれども姿はなかなか現われない。FZ750は結構遠くから聞える程いい音を静かな高原に発していたようだ。

 秋田から3時間掛かってAM9:00早坂高原に到着する。走行距離は180km位で平均速度は60km/h程度とマァーマァーのペースあろう。

 パーキングにある売店では開店準備が進められていて自販機に缶コーヒーやジュースを入れたり、ワゴンを出したり忙しくしている。

 我々は毎年その横のベンチに座り、早坂までの走りを振り返りM氏によるライディング講座を聞くのが恒例となっていて、M氏の喋りが時間の許すかぎり続いたのであった。


 ここで2002モデルR1について少々感想を述べたいと思う。感想と言っても見た目の感想です。前から見た感じは前に述べたので後ろからの印象を。

 R1を後ろから見ると薄っぺらな板が斜め後ろに延びて途中にナンバープレートがぶら下がり、その先に鋭い赤い光を放つLEDのテールランプが光っている。テールカウルがあまりにも薄いのとテールカウル下側にも色が塗られているため、板の様に見えてしまうのである。この形の好き嫌いは別にして、昨年のR6から始った造形ではあるがR1でまた一歩先に進んだ感じである。

 マフラーのリンクパイプが出ている位置がスイングアームに逃げが出来た為前になり、今までのR1より前からサイレンサーが跳ね上がっていて カッコイー!!

 今日の早坂高原は風が強く白樺の林は大きく揺れていて雲の動きも早い。早坂高原にはキャンプ場もあり結構賑わう所なのだが、さすがにこの時間だと車も少なく静かである。



 私が初めて早坂高原に来たのは1966年頃の8月で、HONDA CB72 に弟とタンデム来たのだが、路面は登りから石がゴロゴロした砂利道で、おまけに天候は雨が降っていた。やっとの思いで辿り着いた早坂高原は霧で何にも見えずただ牛がいた事を記憶している。

 考えてみればあのツーリングが生れて初めての泊まりのツーリングで、きみまち坂・十和田湖を回って早坂高原を通過、素掘りのトンネルが連続する林道状態の道を抜けて小本に出て、殆んどがオフロードだった三陸海岸を南下し、松島、蔵王を回った3泊4日のテント泊まりのロングツーリングは、ヤマセの影響でリアス式海岸は殆んど霧で見えず、泥道で2回転倒、あまりの悪路にキャリヤーは壊れるは、ドラムブレーキの中に泥が入りブレーキが効かずトラックに追突する等数々のエピソードを残し何とか無事に帰ってきたツーリングではあった。

 2番手のM氏にFZ250のスピードメーターが動かないことを告げて、何かの時はスピードをコントロールするよう依頼、ここからガソリンスタンドまでは20km以上あるためフューエルコックをリザーブにして出発する。

 早坂からの下りで先ほどのライディング講座のライテクを試そうと各自課題を持って走行するも、車に邪魔されて思い通りの成果は上がらなかった模様である。

 いつもの JA GS まで走って給油する。結局秋田から220km走ってFZ250は10.8Lのガソリンを呑み込む。今回は750SPが燃費番長のようで、ついでNewR1、FZ750、R6の順となったようだ。

 慣らし中のため今回は回転を6千回転に抑えたといえNewR1はインジェクションとしては燃費は良い方に思える。キャブレターとインジェクションを足して2で割ったような構造は、キャブレターの長所がよく生かされていてインジェクションの乗り難さはないと言う。

 インジェクションのデータは多くは持っていないが、KAWASAKIのZX-12はFUNKYのツーリングでは15Km/L以上は走らなかったと記憶しているので、それよりは1割以上の高燃費であるようだ。

 ヘルメットのシールドを掃除したりカウルのスクリーンを拭いて装備を整え、ライダーは水分を補給したり出したりして次の走りに備える。 このGSを出て、今来た道を引き返し国道340号を北上して葛巻に向う。この道には国境峠と言う短い峠が有りまずはその峠を目指す。途中雑多な車種で構成される多くのバイクが対向車線に止まっていて我々に視線を送っていた。

 最近のマスツーリングは、アメリカン、ネイキッド、オフロード、スーパースポーツ等のバイクが一緒になって走っている場面を多く見かけるが、あのライダー達は走っていて楽しいのだろうか。どう考えても一定のスピードで全車が走行すれば楽しく感じるバイクと楽しくないバイクが生じると思うのだが、皆さんどのような気持ちで走っているのか知りたいものだ。

 峠に近ずき後ろに下がるとM氏を先頭にS氏・K氏がコーナーに消えていく。私は今年初めての参加でまだペースを掴めないF氏を引っ張って峠を登っていく。F氏のFZ750は今年フロントブレーキを強化したが、F氏はブレーキを強化してから数十キロしか走っていない状態で参加したため、ブレーキポイントが掴めず苦労しているようだ。以前のポイントでブレーキを掛け始めるとコーナー手前で減速が終わってしまいアクセルを開け加速してコーナーに進入する状態になっているようである。

 葛巻に入り信号を右折国道281号に入るが直ぐに左折して国道340号(通称 九戸街道)を九戸村に向う。この道は所々に人家はあるが道路幅も広く快適な道である。ここでも私はF氏と共に走り、九戸の街中に入って先頭に戻る。

 ライダーと言ういうものは自分の姿をウインドーの中に求めるもので、何気なく商店のウインドーに写ったFZ250の姿を見た私はある異変に気付いてしまう。ウインドーにはフロントタイヤとエキゾーストパイプを結ぶ黒い線が写っていた。

 あれは、スピードメーターケーブルに違いない。メーターが動かなくなったのはケーブルが切れたのではなく、メーターからケーブルが外れたためだったのだ。

 早速駐車スペースを探すと、スーパーの駐車場を発見し休憩を兼ねて停車する。メーターケーブルはエキゾーストパイプの間に挟まって外側のビニール製のカバーが解けていたが使用には問題なくメーターに取り付けて修理を終了する。取り付けのネジを締め付けるためにプライヤーを探すが、後ろに積んだ荷物を降ろさないと工具を取り出せないためガムテープでナットを固定して応急処置を終える。

 再び走り始めた我々は円子から山形村に向ったのだが、この道をこの方向に走るのがあまりにも久しぶりで道を間違えてしまう。そのまま進んでも予定の道には出たのだが路面状況が悪そうなため引き返す事にする。ここでNewR1の弱点が発覚、ハンドル切れ角が少なくなったNewR1はUターンがし難いようでUターンに時間が掛かってしまう。もっともS氏によれば、初めてのUターンに慎重になってしまったとの事で、R6よりはやり易いだろうとのコメントであった。

 八戸自動車道の九戸インター前を右折して円子に向うと曲がったすぐ右側に道の駅が出来ていた。今後休憩地点として使えそうである。

 円子に向って進んで行くと新しい広い道に入る。後ろを前に出して一気にペースアップすると、先頭グループは大きくカーブする高速コーナーで200を記録した模様である。この道の峠に長いトンネルがあり、そこで先頭M氏はスローダウンする。

 以前このコースを走った時、トンネル内が異常にスリッピーで全車タイヤを滑らせ怖い思いをした事があり、トンネル注意報が発令されていたのだが、この新しいトンネルは違うでしょうMさん、警戒し過ぎです。

 新しい道が終わって旧道に戻るとそこはもう円子のズーット先にある部落であった。この新しい道は円子を大きくショートカットしたバイパスであったようだ。


 勝手知ったる道に戻ってペースを上げると例のトンネルが近づいて来る。トンネルは一つではなく複数あったと記憶していたが、短いトンネルが次から次と現われてその度にスピードを落す。

  トンネル内をよく観察してみると、車のタイヤが通る所がピカピカに光って出口からの明かりを反射している。今回は路面は濡れていなかったが前回のようにウエット状態では滑って当然の路面のμ状況なのである。

 何故ここのトンネルだけこのようなμ状況なのかは分からないが、トンネル内は予期せぬ事がよく起きるのでスピードを落として進入することをお勧めする。

 思っていたよりも多くのトンネルを慎重に抜けて国道281号に出て右折、平庭高原に向う。この久慈川沿いの道は久慈と盛岡を結ぶ幹線道路となっていて交通量が多く長い車の列の後ろに付いてしまう。

 山形村の道の駅の前を通過し、平庭高原の登りに備え前に沢山いる車の整理に取り掛かる。数台ずつ追い越しを掛け何とかスペシャルステージ前に整理を終えウインカーを左に上げて後ろを前に出そうとするが、二番手のM氏いつもの私のウインカーの戻し忘れと勘違いして前に行こうとしないしないため、目線で合図を送る。


 私の意図をようやく理解したM氏は、FCRのスロットルバルブを全開にして登坂車線のある平庭高原の登りを駆け上がっていく。北海道の狩勝峠ほどではないが結構高速のこの道には強い風が吹いていて、深くバンクしたバイクを更に倒そうと待ち構えていた。このような状況は既に何回も経験済みのM氏は ガンガン スピードを上げて行くが、初体験のK氏は思わずスロットルを戻してしまいM氏の先行を許してしまう。

 登坂車線が終わると前に車がいてペースダウン。車の後ろに付いた状態で白樺の森の中に吸い込まれて行く。平庭高原は国内最大といわれる30万本の白樺の森が広がっていて道はその中を走っている。


 前を走る黒のチェロキーは中途半端なスピードで頑張っているため追い越しに手間取り、結果的に白樺の森を観賞してしまう事に。

 平庭高原では何らかのイベントが有るようで警官が出て交通整理をしている。後ろから前に上がって先頭のM氏の後ろについて高原を下っていく。今日のM氏はコーナーの進入に迷いがなくスパッとコーナーに入っていく。前回までの不調が嘘のように力の入らないコーナーリングは、コーナーを楽しんでいるように私には見えた。




袖山高原登り口にある森のそば屋に正午前に到着し昼食にする。この森のそば屋も久しぶりでここ独特の蕎麦が楽しみである。


 店に入るとおばさんに我々の人数を聞かれ、もう直ぐ開きますので二階でお待ちくださいと案内される。



 二階に上がると、そこではj地元お母さん達が蕎麦を打っていた。そういえば増田町の三平そばも地元のお母さん達が蕎麦を打っていた。最近蕎麦を使った村興しが各地で見られるが、昔から家庭で蕎麦を打っていたお母さん達の技が今、村興しに役立っているのだろう。前回の蟹田川のお母さんたちもそうであったように、男たちよりもお母さん達の方が役立つ技を多く持っているのかもしれない。

 二階で席が開くのを待つシステムは前に訪れた時は無かったもので、以前は外で呼ばれるまでブラブラして時間を潰していたものだ。中でそば打ちを見ながら待って居られるのは良いシステムである。おばさん達もお客さんの事を考えているのだ。店をやっている者として見習わなければいけないところだ。

 二階に上がって間もなくおばさんが上がって来て席が空いたと案内される。待合部屋には我々より先に若いカップルが待っていたのだが、空いた席が大きいい席であったため我々が先に案内される事になったのだ。カップルさんに頭を下げて一階へ降りるが、待ち時間など何とも思っていなそうなホットなお二人ではあった。

  一階の案内された席は以前にも座ったことのある席で、五人では少し狭いテーブルであった。わたしとM氏、K氏が右の写真のざる大盛り、F氏が冷やし山菜そば、S氏がトロロそばの冷やしを注文する。ざる大盛りは800円であった。

 これに雑穀(緑の丸皿)がサービスで付く。私の見たところ雑穀の中身は、米、麦、粟等入っていると思われたが、認識出来たのは米と麦ぐらいであと判らなかった。折角のサービスなのだから中身の説明が欲しいところだ。

 岩手県は昔から度々冷害に襲われ、江戸時代には何万人もの人が飢餓で亡くなったと聞く。私が小学校に行っていた頃の教科書には、日本のチベット・岩手県と言う記述が有ったり、痩せた土地では米は獲れず粟や稗を作って食べたという例に岩手の山間地が上げられていたように記憶している。

 この土地で雑穀を出すアイデアは大変良いと思うのだが、雑穀の何たるかを知らない現代人には少し説明不足でそこが少し残念であった。


 最近、食べ物には貪欲なK氏は,前回のしろうおの踊食いに続いて今回は田楽餅(150円)に挑戦。丸く平らな餅は、蕎麦粉を入れた雑穀を炊いて平らにつぶし、みそを塗って焼いた物と想像される?これは私の勝手な想像で本当の所は分からない。これを食したK氏は、彼の食べ物ランキングの中で二回は食べなくて良い食べ物の何番目かにランキングされた模様である。

 肝心のそばの感想であるが、私がここでそばの食べるのは確か四回目だったと思うが食べる度に印象が変わるのがここの蕎麦の特徴なのかもしれない。

 最初に食べた時は、そばにヤマイモを練りこんだという特徴あるそばと、辛〜い紅葉おろしのそばつゆが印象的で美味しいそばとの評価であった。二回目はそばつゆに旨味が無くそばの味が生かされていないため美味しくなった。今回は、最近ここでそばを食べたP氏(今日は仕事のため不参加)の「そばつゆも美味しかった」との言葉に期待して来たのだが、期待は見事に裏切られてしまう。





蕎麦以外にも岩魚や山菜などサイドメニューも豊富である。

 
特徴ある独自の蕎麦に変わりはなく良いのだが、如何せんそばつゆが美味しくない。四月に食べた三平そばのそばつゆでこの蕎麦を食べてみたいと本気で思ってしまった。

 今回も紅葉おろしは付いてきたが量が少なくまた辛くなかった。もしかしたら、最初に食べた時美味しいと感じたのは辛い紅葉おろしと蕎麦とのマッチングが良くて美味しいと感じたのかもしれない。そばつゆは変わってないが、紅葉おろしが辛くなくなってしまっため蕎麦の印象が変わったのかもしれない。

 ラーメンは、麺とスープのマッチングが大事だと言われるが、蕎麦においても蕎麦とつゆのマッチングが大切である事を痛感した森のそば屋さんであった。

 こんな事を書いておきながら言うのは何ですが、そばつゆには人により好き嫌いがあるし、蕎麦は他には無い独自の味わいを持っているので、この近くお通りの節は是非一度食べてみる事をお勧めする。そしてご意見をお聞かせ下さい。

 昼食を終えトイレに行きたくなったが、トイレは一つかしかなく混みそうなので、袖山高原の上にあるレストハウスまで行っていたす事にして袖山高原に向ってもぼり始める。

 この道は、結構長い登りのワインディングロードが続き楽しめる。途中から後ろに下がるとM氏、S氏が先に出てペースを上げる。それに追い付くためカメラ車のK氏が最後尾から追い上げようと私の横をカッ飛んでいく。我々を追い越して行った直線の先は結構な左コーナーで、ややオーバースピードで進入ってしまったK氏フルブレーキを掛ける。ここ一番に弱いR6のブレーキ性能のためか減速に失敗したK氏は、対向車線に侵入してしまう。オットット走行にはなってはしまったが、幸い対向車は無く直ぐに左車線に復帰して前の二台を追いかける。

 この一部始終を見ていた私は、帰ってからのオットット映像を楽しみにしていたのだが、あろう事かビデオカメラの不調のため、このシーンの映像は飛んでいて無かったのである。K氏助かりましたな。こんな映像を残してしまうと後々まで話の種にするのがFUNKYの伝統なのだ。

私は転倒シーンビデオの最多出演記録を保持(転倒を撮られたのと、カメラを積んで転倒したビデオ)しているのだ。自慢にもならない記録ではある。

 皆がレストハウスのパーキングにバイクを止めたのを確認してから独りでこの先の道を偵察に行く。以前はラフロードであったが舗装工事が大分前から進んでいて、どの程度先まで進んだのかを確認したかったのだ。前に来た時にあった通行止めの柵はなく普通に通れるようになっている。少し走って使えそうな道である事を確認しレストハウスに戻る。

 いつも風の強い袖山高原であるが、今日は特に風が強くS氏は一度脱いだヘルメットを帽子代わりに被り直した程の風であった。風車三基ではもったいない程の風の強さであった。ここから岩手山が見える事に今回初めて気付く。岩手山と風力発電の風車、牧草地と放牧の牛たち。袖山高原の見所は増しているようだ。


 レストハウスでトイレを借りてから、先ほど偵察してきた道に向う。一般の車も走っており、全線舗装工事が終わって安家に通り抜けが出来るようになっていると思われる。


 暫く下って行くが舗装路は延々と続いていて、このまま走る続けると安家に着いてしまいそうなので適当な所でUターンして戻る事にする。この道はチャンとした二車線路でコーナーも色々あって走って楽しい道であるはずであったが、雨が降った時雨水が側溝から路面に溢れ出し木の小枝等を路面にまき散らしていたため、コーナーごとに小枝が散乱していてコーナーは探りながらの進入になってしまった。この時小枝にタイヤが乗ると枝がコロの役目して良く滑る事を体験する。路面がクリヤーな状態で走って見たい道であった。

再びレストハウスの前を通過して袖山高原を国道281号に向って下る。下りは慎重なペースで走り森のそば屋の前を通過して国道に出て左折、葛巻に向う。葛巻の信号を右折して岩手町沼宮内に向う。

 トラックの後ろに付いて静かに走っているFUNKYの前方からスーパースポーツ軍団がやって来た。最近ではシーラカンスのように珍しいレーサーレプリカ?の群れは6〜7台で構成される高級車軍団で、イタリヤ製MVアグスタ 一台200万以上、ヤマハ’01 R1 一台110万以上をはじめとするカウル付きのスーパースポーツ車達であった。スピードは150km/hは出ているであろう思われ、高周波音残して走り去っていった。


 FUNKYもあのような感じで走っているのであろうか。しかし、FUNKYはあの程度のスピードではバラケて走っていない。

 沼宮内の手前に峠があって葛巻から行くと下るだけの峠なのだが、下りは一車線で追い越しは出来ない。我々は不幸な事にこの峠の手前で長い車の列の後ろに付いてしまった。先頭を走るのは軽トラで40〜50のスピードでマイペースで走っている。どうも運転者はおばさんのようで後ろの状況など無頓着、ただ前を見て自分のペースで走る。

 このペースに乗せられたFUNKYを睡魔が襲う。暖かな日差しと心地良くゆっくりとしたスピードが羊さんを数え始めたのである。この睡魔との戦いにFUNKYの面々は、大きな声で歌を歌い始めるなどして睡魔との壮絶な戦いを繰り広げ、戦いは国道4号でおばさんが横道に消えるまで続いたのであった。

 国道4号から松尾村を経て東北道の松尾八幡平インター前にあるいつものJOMOスタンドに向う。前方に見える八幡平の山々は雲に覆われていて頂上は見えない。この状況はいつか見た風景である事を私は思い出した。


 八幡平方向の空から雨粒が風で飛んできていた。

 それは今から一年前の6月、今回同様岩手県北部を回って訪れ
たこのGSでの天候は、頭の上から東側の空は青空が広がっていい天気。西の八幡平方向は雲に覆われていて、その雲から強い風に乗って雨粒が時折落ちていた。

本日の状況は一年前と全く同じで、昨年は樹海ラインの登りでドシャ降りにあい雨具を着る横で雷は鳴るはで、生きた心地がしなかった記憶が蘇る。頂上付近は回りに雪が有りガスで何にも見えず指先が凍えるほどの寒さであったため、新鳩の湯で二度目の温泉に入ったほどだった。

 ここで昨年と同じように雨具を着ないで出発するほどFUNKYは愚かではなく、完全装備で樹海ラインに向う。走り始めて直ぐ風の強さに悩まされたのも昨年と同じで嫌な予感がする。予想通り八幡平温泉郷入口から松川温泉に向う道に入ると路面はウエットに変わり昨年のビデオを観ているように状況は同じである。

 樹海ラインに入ると路面はウエットであるが雨は降っていなかったため後ろを前に出す。ここでもビデオが不調で映像が残されていないため詳細は省略させていただくが、前のグループはウエット路面にも関わらず結構なペースで走り去っていった。

 藤七温泉近くまで来ると、昨年同様霧と残雪が現われ一気にペースダウン。30k位で走る我々の前に霧に中からスノーボーダーが現われる。この霧の中でいくらも残っていない残雪でボードをするとはよほどの好き者であろう。もっとも霧の中を走るバイクを見た彼らも同じ気持ちであったかもしれない。

 山頂付近は霧が深く堪らずシールドを開けてしまう。私はメガネを掛けていないためシールドを開けたが、メガネを掛けた人は絶対にシールドを空けてはいけない。開けたら最後メガネも曇って前が見えなくなり、そのメガネを外したら今度はピントが合わず前が見えない状態になるからである。

 ジッと我慢のスローペースで秋田県側に下って行くと、ようやく蒸の湯の手前で霧が晴れて視界が開ける。

 今日の温泉は、蒸の湯の反対側に入口がある大深温泉である。

 大深温泉は今年の営業を始めてまだ日が経っていないようで宿泊設備の準備作業を行っていた。我々の他に客は無く静かな大深温泉であった。管理棟の玄関先を借りて雨具を脱ぎ中に入ると、おばあさんが出てきて料金が四百円である事を告げる。各自四百円を支払い浴場に向う。

 ここは内湯だけで露天風呂は無い。最近、露天でなければ温泉じゃないみたいなぁー風潮があるが、私は木でできた内湯が好きである。木の落ち着いたたたずまいの浴場と木の柔らかい肌ざわりの湯船は、良い温泉の必須条件であると思う。



 露天風呂も自然の環境を生かした物であれば良いと思うが、旅館のご主人様が手造りで造りました、みたいなぁー 岩をセメントで固めたような露天風呂は勘弁して欲しい。

 八甲田の温泉で白濁したお湯の露天風呂に入った時、お湯の中が見えずセメントの凸凹で足を切った経験を持つ身としてはセメントで固めた湯船は許せないのである。

 ここの温泉に入るのは4〜5年ぶりかと思うが以前と変わった所は無くいつ来ても同じように迎えてくれるところが良い。アスピーデラインからほんの少し入った所にあるのに車の音も聞えず、道の反対側にある蒸の湯と違って人も多くなくゆっくり温泉に浸かれるところが気に入っている理由である。













 ここの源泉は80℃以上あり、その源泉を木の樋で冷やして湯船に入れているが、当然熱いため樋の横に水のパイプを引いて温度調整するようになっている。

 湯船に入ろうと手をお湯に入れると熱ぃー。八幡平山頂で冷え切った指先にとって、体に震えが来るほど熱く感じられた。それでも自称熱いお湯好きの私としては意を決して湯船に入る。体が慣れてくると我慢できない熱さではなく43℃程度の温度であろうと思われる。一緒に入ったS氏は、我慢出来ず水のバルブを少し開いて水量を増やし温度を下げる。


 F氏は温泉にはチョットこだわりを持っていて(多分?)、温泉はまず飲んで味わうの事を信条にしている思われ、今回も温泉を飲もうと樋の横に置いてあったワンカップを持って樋から流れ出る温泉をカップに入れたその瞬間、F氏思わずワンカップを放り出す。     熱ぃー!!

 熱くて当然、温泉は80℃以上あるのだから火傷をしなかったのが不思議なくらいであった。温泉は普通温度調整してから湯船に入れるのだが、ここの温泉は違っていました。固定観念が生んだ事故であったと言えるでしょう。それにもめげずF氏は温泉をしっかり飲んで味の論評を我々に聞かせてくれたのである。

下の写真の小さな建物は厠で下に常に水が流れているトイレ。 宿泊棟、右が内部の写真で床は温泉の熱で温かくなっているオンドル式。一泊1,800円


下の写真が炊事場で、鍋やコンロを借りる事もできる。 全員打首、さらし首の刑になっても当然の悪行三昧のFUNKY










 温泉から上がって管理棟のロビー?にてしばし談笑。あいにく営業して間もないと言うことでジュース関係はまだ用意されておらずノードリンクでの休憩となってしまったが、追々準備されるようである。

 M氏早速ここで一服とタバコを取り出し火をつけるとタバコが突然原因不明の爆発を起して先端から1/3が吹っ飛びビックリ!!  火種も飛んで無くなり何とも不思議なタバコにM氏盛んに首を傾げる。

 湯上りの爽やかな笑顔がいい マダムキラーのK氏



 左の写真がF氏が発見した謎の虫。下界ではあまり見たことの無い虫で飛ばないでジーッとしていた。差されたら痛そうな口先を持っているように見える。ハリヤー戦闘機の様にも見える。





       角館のドライブイン
 再び雨具を着て大深温泉を出た我々は、後生掛温泉、大沼を経て国道341号に出で左折、玉川温泉方向に向う。路面は相変わらずウエットであるが車も少なくなって少しペースを上げるが、変に頑張る車がいて前を抑えられ思うように走れない。路面がドライであれば難なく前に出られるのだが、如何せんウエット路面では無理は出来ない。

 玉川温泉、新鳩の湯の前を通過し宝仙湖沿いのスペシャルステージに入る。何故かここはドライ路面で前にいる車を処理して一気にペースアップ。今日最後のスペシャルステージに、FZ250なりにチョット頑張って見ました。FZ250でも最高速は直線で170位は出るため直線がそんなに長くないこのコースではそこ
そこは走れる。


 行ける所まで行って後ろが邪魔そうにしたら直ぐに後ろに下がるつもりであったが、M氏がなかなか迫って来ない。年寄りの頑張りに遠慮してしまったのか玉川ダムを過ぎても来ない。

  さすがにトンネルから玉川を跨ぐ橋に続く長い下りの直線では、FZ250のあまりの遅さにM氏・S氏が私をパスして前に出る。ここから先は旧道と新しい道が交互に現われるバラエティーに富んだ道なのだが、ここでM氏が燃えた。狭い旧道が終わるとジリジリとS氏を引き離し始め最後のトンネルを抜けると一気にスパートする。こうなると慣らし中のS氏の出番は無く、M氏の独壇場となってしまったのである。




 田沢湖まで来るとまた路面はウエットとなる。46号線に出るところで白線に乗って後輪が空転するがスリップダウンは免れる。車の後ろに付いて大人しく角館のドライブインを目指す。

 ドライブインに着いたのが午後6:00を回っていたため、皆さんお腹を空かしてしまいました。私は自販機のうどんを選択して機械に250円を投入、お湯が入ってうどんが出てくる。この手のうどんは美味しい物では無いが食べられない味ではなかった。次にこの自販機にコインを投入しうどんのボタンを押したのはM氏であったが、出てきた容器の中にはつゆが私の半分位しか入っていなかった。お湯が足りなかったものと思われ味が濃くて食べられる味ではなかったのだが、これまで幾多の不味い物に遭遇してきたM氏は臆することなくこれを平らげる。しかしこの結果M氏は秋田に帰るまで何とも言えない胸やけに悩まされるこ事になるのである。

 この後、F氏が同じ自販機でうどんを注文したが、出てきたうどんは私と同じ量のつゆが入った普通の味のうどんであったと言う。Mさん、これってどういうことなんでしょう。日頃の行いが、ど〜のこ〜のと言う事ではないと思うが、良く分かりません。


 雨も上がりここで雨具を脱いで秋田に向う。車に付いて静かに46号13号と走り、宝川の山中で最後に燃えて秋田に帰って来たのがPM7:30であった。全走行距離618kmのツーリングであった。

 ビデオを観ている所に仕事で今日参加出来なかったP氏が現われる。近くの中国料理店で餃子を食べビールジョッキを空けながら我々の帰りを待っていたとの事で、顔は赤く話す事がトンチンカン。我々の話と噛み合わない言葉を発する。

 今日のツーリングは距離も長く、天候も色々でいろんな事があって楽しかった。一日中雨でなければ、雨も楽しいと言うか癒されるものだ。霧だけは走っても楽しくはないが。



久しぶりに参加したS氏の以前と変わらぬ走りも見れたし、F氏の今年の初参加もあったし、今日一日楽しく過ごせたのはFUNKYおかげと感謝する。


 最後にお約束の写真を撮って解散となった。

 今日の写真は各人の笑顔が印象的な良い写真となったのだが、この写真は一人の男に対する他のメンバーの思いやりに溢れた写真ともなっているのである。



  賭博の殿堂をバックに帰り支度をするFUNKYメンバー


           



       Report by Ryuta


                  
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