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FUNKY IN HOKKAIDO Part34  3日目 PartU 更新日 2017.11.13


 開陽台を発った我々は養老牛温泉に立ち寄る予定にしていたのだが、昨日の影響から当初の予定より時間が押しており、今回はパスして清里峠から裏摩周パーキングを目指す。

 養老牛の無料混浴露天風呂 からまつの湯 は以前から気になっている温泉で、これまでなかなか立ち寄る機会が無く今回は気合を入れて予定に入れていたのだが、次の機会になってしまいました・・・残念です!

 清里峠の養老牛側は深いカーブが無いなだらかな峠なっている。我々は車の少ない峠道をそれなりにスピード走って行き、清里峠のシェルター手前で2台のバイクの後ろに着いた。シェルターを抜けると直ぐ左に裏摩周への道が有るのだが、2台のバイクはその道に左折して裏摩周に向かって上って行く。

 我々もその後に続いたのだが、先頭を走るバイクがペースを上げて走り始めた・・・。私も前のバイクを追い越し先頭に追い着くべくペースを上げのだが、前のZX−14R?のライダーはリーンウィズの綺麗なフォームで結構なペースで逃げて行く。

 清里峠から裏摩周パーキングまでは楽しいワインディングロードで、私は幾つかのコーナーを抜けて前のZX−14Rの後に着く事が出来たのだが、ZX−14Rはタイヤの端まで使い限界までバンキングして走っていた。私はその後ろに着いてZX−14Rとのコラボレーションを楽しむ事にしたのだが、あっという間に裏摩周パーキングへ着いてしまった。




     バイクの右側に腰掛けるお二人はご夫婦のようでしたが、釧路からツーリングに来ていたようです。



 裏摩周パーキングに到着した私は、ZX−14Rの隣にバイクを停めたのだが、バイクから降りヘルメットを脱いだ我々(ZX−14Rのライダーを含む)はお互い笑みを浮かべてご挨拶。数分間一緒に走っただけなのだが、お互いを認め合った昔からの仲間?みたいな感じになっていましたね・・・。

 ZX−14Rのライダーは50歳代後半位の方で、その無理の無いスムーズな走りを見てもベテランライダーである事が分かったが、何ともう1台のバイク(FZ1カウル付)のライダーはその奥様でした。

 最近はご夫婦でリッターバイクを走らせている姿を見るのは珍しくなくなったが、その殆どがアメリカン系バイクでスポーツ系カウル付バイクに乗るご夫婦は珍しいように思う。私はご夫婦でバイクを走らせる事にはどちらかと言えば否定的なのだが、その理由は後が気になって自分が楽しめないという、自分勝手な理由なんですけどね・・・。

 しかし、旦那と語り合う優しそうな顔をした美しい奥様もそれなりのライディングテクニックをお持ちのようで、私は夫婦でバイクも有り(美女に弱い!?)かなと思ってしまいました。

 旦那は我々がシェルター手前で追い着く走りをミラーで見ていたようで 「高速ツーリングですね・・・!」 と言っておりました。高速ツーリングとは上手い事を云うと思った私だが、お二人も結構な高速ご夫婦でした・・・!?




          裏摩周展望台からの景色だが、毎年手前の木々が成長していて見えづらくなってきている。



 我々はパーキングから摩周湖を観に展望台に上がったのだが、今日の摩周湖は昨年とは違い霧も無くその姿をハッキリと見せてくれていました。しかし、展望台前の木々が毎年成長していて、年々湖が見え辛くなってきているのは困ったものだ。国立公園内では木の伐採は難しいのでしょうけど、何か方法を考えて欲しいと思いますね。

 ご夫婦ライダーに別れを告げ、我々は車の後に着いて清里峠に戻り清里方向へ左折、峠を下って行くと左手に神の小池の入口が見えて来る。するとそこからいきなり車が飛び出して来て私はチョッビックリ、しかしそれも想定内で無事回避する。神の小池入口からは確認しないで車が出て来る事が時々有りますので、充分にご注意下さい。

 今回我々は、神の小池には寄らず(砂利道が長くて苦手)JR緑駅近くの さくらの滝 にサケの遡上を見に行く事にしていてた。さくらの滝は道道1115号の東側を流れる斜里川に在る滝で、遡上するサケが滝上りをする滝として近年有名になっている。

 私は数年前に泊まった宿でその さくらの滝 の事を聞いて、今回 さくらの滝 に立ち寄る事にしたのだが、そのパーキングに到着してみると・・・広い駐車スペースに車が数台・・・・ 悪い予感 が・・・・!?




 滝上りが見られる時期はこのパーキングも車でいっぱいなんでしょうけど、我々の他にも車がパラパラと訪れていました。




               人家からそんなに離れていない場所だが、ここにも熊が出るんだ・・・。



                高さ2m弱?位の滝だがこれを鮭が昇るのは大変そうだ・・・。



                  鮭の姿は見られませんでした。  残念!!



 パーキングの状況から鮭が見られない事は予想出来たのだが、一応滝まで行ってみました。パーキングから歩いて2〜3分で滝に到着したのですが、やはり滝を昇る鮭の姿は有りませんでした。

 滝は落差2m弱位?の落差で、私にはこの滝をサケが上るのは無理そうに思えたのですが、上り切るサケもいるらしくその姿はきっと感動ものに違いなく、是非見てみたいなぁ・・・。

 一昨年の同時期に泊まった宿で見て来た人がいましたので、我々が来るのが 遅かったのか・・・早かったのか・・・今日偶々いなかったのか・・・? 7〜9月が滝上りを見られる時期のようなのですが、今年は鮭が不漁だとも言っていましたので、そんな影響も有ったのかもしれません・・・?

 いつも通る道道に近いので、来年北海道に来る機会が有ればまたさくらの滝に立ち寄り、鮭の滝上りを見てみたいと思った私でした。さくらの滝を後にした我々は、給油の為に清里に向かう。清里の街に到着してみると、道路沿いに在る3軒のGSが3軒とも閉まっていた。今日は日曜日で休業しているGSが有る事は分かっていたが、1軒は開いていると読んでいたのだが全部閉まっているとは・・・。

 「 さぁ・・・困った。 」

 我々のこれからの予定は、斜里から根北峠を越え羅臼に出て知床峠を越えてウトロに下りまた斜里に戻って来る周回コースを走る予定なのだが、このルートには羅臼までGSは無いのだ。

 我々が前回給油したのは昨日の標茶で、それから既に200km近く走っており、羅臼までガソリンが持つかは微妙な感じ(多分無理)だった。我々にカス欠で時間をロスする余裕は無く、少し遠回りにはなるが斜里の街まで行って給油する事を決断、斜里の街に向かって走り出す。

 斜里の国道244号沿いにGSは数軒有るのだが、私は国道を思わず横切ってしまい斜里の街中まで来てしまった。街中には以前国道沿いのGSが全て休みだった時も営業していたGSが有って、私はそのGSに向かったのだが予想通り営業しておりました。

 そこで我々は給油と休憩を取り周回コースに備えたのだが、時間は既に午後2時を過ぎていた。周回するのにどれだけの時間を要するのか分からなかった私は、明るい内に清里の宿に到着出来るのか少し不安になっていたが、斜里の街を抜け予定通り国道244号を根北峠へ向かう。

 今日の根北峠は交通量がそこそこ有り大勢のツーリンググループ等ともすれ違ったりしたのだが、まあまあ楽しむ事が出来ました。最後は車の後で暫く後続を待ったのだが、GSX−R1000R L7 がそんなに待たずに来たのはある意味驚きでしたね。




                 羅臼の道の駅到着。知床峠の上りに備え休憩する。



 古多糠経由で国道335号に出た我々は、羅臼を目指す。いつもより交通量が少ない国道335号を走り我々は羅臼の道の駅に到着し休憩を取る。私は此処で羅臼昆布を家へのお土産に買ったのだが、昆布がバッグに入り切れずバキバキに折って中に納める。昆布の良い所は、折っても味に変わり無く、形も味に影響をしない所で、私は結構北海道各地の美味しい昆布をお土産にしますね。

 休憩を終えた我々は知床峠を上り始めたのだが、今日の知床峠は交通量が少なく久しぶりに思いっ切り走ってしまいました。知床が世界遺産になる前は知床峠の交通量は少なく走り易かったのですが、最近は車の後に着いて峠に上る事が多くなりました。

 今回はいつもより時間が遅かった事も有ったろうが、黄色区間でも車に着く事が無く(1回後に着いたが道を譲ってくれた)走りを楽しむ事が出来た。こんな走りが出来たのは本当に久しぶりで、それは十数年ぶりだったかもしれません。




                    知床峠は辛うじて雲の下のパターン。



 知床峠に到着してみると、峠のパ−キングには辛うじて雲が掛かっていない状態で、国後島は薄っすら見えていたが、羅臼岳は雲の中で見えていなかった。知床峠ではこの高さに雲が掛かる事は良くある事で、我々は早々に峠を発ってウトロへ向かう。




                     国後が薄っすら見えていたが羅臼岳は雲の中。



 私は今回オホーツク海に沈む夕日を見たいと考えていたのだが、何処で見るかが問題だった。有名な夕陽のビューポイントとして、ウトロの街とオホーツク海を見下ろすプユニ岬が有るのだが、今回は少しでも宿に近いオシンコシンの滝で夕日を見る事にした。

 知床五胡への分岐を過ぎるとオホーツク海を見渡せるプユニ岬に出るのだが、そこには夕陽見物と思われる車が沢山停まっていた。我々はその横を通過、ウトロの街を見下ろしながら下って行く。

 ウトロの街は知床最大の観光地で、多くの車や人で賑わっていた。私はこれまでの経験からウトロに良い印象を持っておらず今回も通過する事にしたのだが、唯一?使えるのは最近?出来た道の駅かな・・・?




   オシンコシンの滝の下に在るお土産屋さん。 結構大きなお土産屋さんで、多くの種類のお土産を売っていた。



 我々がオシンコシンの滝に到着したのは、思いの外早い時間で陽はまだ高かった。ここから宿までは1時間も有れば到着すると思われ、滝を見ながら夕陽が沈むまでゆっくり休憩する事にした。




   青いバイク、夕陽に照らされキラキラしている。 まだ発売間もない事も有って結構注目を集めていましたね。



 夕陽に照らされる滝をバックに記念写真。私が此処を訪れるのは2回目、前回は曇っていたのでまた違った印象でした。



                        夕陽が沈むのを待つ・・・・・。



                 残念ながら夕日は水平線では無く雲に沈んで行きました。



 我々は陽が沈む前にオシンコシンの滝を出発、清里の宿 ロッジ風景画 に向かって走り出す。これから先は走りなれた道で、国道334号から一旦国道244号に出て道道827号に入りJR中斜里駅近くまで行ったのだが、そこで左折する道を通り過ぎてしまった。

 横断歩道の手押し信号を交差点の信号と勘違いして先まで行ってしまったのだが、記憶を頼りに走っているとこんな事も偶に起きる。私は北海道に来る前、走る可能性のある道をグーグル・アースでおさらいして来るのだが、実際に走ってみるとこんな勘違いも時々起きてしまう。

 私は今回の北海道で一度も地図やスマートフォンを見ないで走ったが、久しぶりに通った道が新しくなっていて戸惑ってしまう事が偶にある。そんな戸惑いを繰り返して脳内地図をアップデートしていくのだが、そろそろハードディスク(SSDでは無い)が満杯になりつつ有り、いつまでアップデートが出来るかが問題ではある。

 左折した先の道は初めて道で記憶を頼りに走っていたのだが、日が暮れ辺りが暗くなってきて記憶との照合が難しくなって来た。結局、地図とグーグル・アースの記憶を総動員して迷う事無く宿に到着出来たのだが、辺りは真っ暗になっていました。

 私はロッジ風景画に泊まるのが初めてでバイクを停める場所を探したのだが、初日に泊まった宿と同様建物に接した屋根が掛かったバイク置場(バイクが三台置ける)と思しき場所を発見、私はそこにバイクを停める。

 初日の宿との大きな違いは、床にコンクリートのタイルが敷き詰められていた事で、私は

 「バイク置場はこうでなくちゃ・・・。」 

と風景画の私の第一印象は好印象でした。

 我々がバイクを停め荷物を下ろしているとオーナーさんが出て来て出迎えてくれた。停めた場所がバイク置場である事を確認、我々は玄関に案内される。

 この宿はオーナーさんの手作りだと聞いていたが、建物内部は綺麗で立派な造りで驚いてしまった。よく見ると壁のボードに壁紙が張られておらず木ねじが剥き出しだったりしているのだが、それも味になっている感じでよく考えられた建物でした。

 この宿の事は他のとほ宿に泊まった時、泊まった事の有る人から聞いていたのだが、私が想像していた規模より多くの人が泊まれる宿(HPの写真が古いようで後に増築している?)になっていました。

 建物無いの説明を受けた後我々は部屋に案内されたのだが、部屋は両端の壁際に二段ベットが二つ置かれその間にシングルベットが一つが置かれており、HPのツイン部屋のような感じとは違っていていた。

 今回我々男性2名は、定員5名の部屋にお客さん3名で泊まったのだが、二段ベッドの下と普通のベッドを使用する事になった。そのベットだが、私の二段ベッドのマットレスが他の二人のベッドと違い(厚いスピリング入り?)とは違いスポンジ製の薄い物だった。

 寝心地は明らかに違っていて私が貧乏くじを引かされた感じだが、オーナーさんは同じ部屋の寝具が違う事を知っている筈だが、それを気にしなかったのかなぁ・・・。

 我々が泊まった部屋は男女別相部屋の部屋で、基本個人客が泊まる部屋なので他人のベッドとの違いに気付く事は無いのだが、我々は偶々二人で泊まって寝具の違いに気付いてしまったのだ。

 だからどうしたと言われそうだが、オーナーさんには部屋毎に寝具は統一する位の気遣いはして欲しいですね・・・。

 私は夏の北海道で板のよう寝具で寝ていた事もあり、今回は天国のような寝具に感じられましたが、私些細な事が気になっちゃう人間なんです。

 私はその昔、店舗の改装で鉄板の階段を溶接で組み立ていた溶接工の方に

 「神経質ですね・・・。」

と云われた人間で、それは溶接で飛んだスパッタ(溶接作業時に溶けた金属が飛散して粒状に固まったもの)を綺麗に取り除いている時に言われてしまった。

 自分ではそんなに神経質とは思っていないのですが、些細な事が気になる事は確かですね。





          夕食に出て来た料理の数々。これが一品づつ運ばれて来る。



 この宿の夕食は料理が一品づつ運ばれて来るスタイルだったのだが、次に何が出て来るのか楽しみな反面料理の全体像が見えず、カロリーコントロールが難しく食事全体のコントロールも難しかった。

 私は好き嫌いが殆どないので出て来た料理は全て美味しくいただいたのだが、好き嫌いの有る方には闇鍋的な感じになる可能性も・・・?

 一品づつ料理を出す場合、事前にレストランのコース料理のようなお品書きが有れば、食べる期待や覚悟が出来て良いかと思いますね。

 この宿では食事が終えた8時頃から近くの温泉へ送迎してくれるサービスを行っていて、我々は温泉に行く事にしたのだが、温泉に行くのは我々のグループだけだった。

 今日この宿に泊まっていたお客は、我々以外殆どが近くの斜里岳や知床の羅臼岳の登山客で、食事の前に宿のお風呂に入っていて、温泉に行く人はいなかったようです。

 温泉に向か為宿のワンボックスカーに乗り込もうと我々は外に出たのだが、外では強い風が吹いていてこれは明らかに台風による風と思われた。まだ雨は降っていなかったが、いよいよ台風が近づいて来たようである。

 温泉までは車で5分位で到着、温泉はホテル緑清荘という第三セクターが運営する宿泊も出来る温泉施設で、立派な綺麗な建物(国からの補助金で建てたとオーナーさんが言っていた)だった。

 温泉の泉質は食塩泉系の温まる温泉で、我々はゆっくり温泉に浸かって疲れを取った後、玄関ロビーで迎えの車を待っていたのだが、玄関の自動ドアが開くと強風が吹き込んできて、外は大変な状況になっていた。

 このホテルには売店が有って地元の名産品を売っていたのだが、その中にジャガイモから作った焼酎が置かれていた。この焼酎 グッドデザイン賞を受賞したという何とも言えない曲線美を持った瓶 が特徴で、最近は北海道各地のお土産屋さんにも置かれているので見た事が有る方も多いと思う。

 きよさとじゃがいも焼酎には種類が4種類有って、地元では全種類販売(通販でも全種類販売)しているのだが、地元以外では透明な瓶(アルコール度25度)しか扱っていないようだ。ホテルの売店には白い瓶の焼酎(原酒アルコール度44度)が置かれていて、お酒好きのメンバーが白い瓶を1本買っていましたね。

 この焼酎瓶の形は特に女性を引き付けるようなのだが、この瓶に変えてから販売量が倍増したようです。人間も見た目が結構大事ですが、商品も見た目にインパクトが有るか無いかで、売れ行きに大きな影響を及ぼすようです。

 温泉を出ると雨も降っていて風雨が強くなっていた。明日の予定は、ここ清里から大雪の糠平温泉まで行く事にしていたのだが、この様子では行けるかどうか不安になって来た。

、宿に戻った我々は、食堂で今日の事や明日の事を語り合ったのだが、山の人達は早目に就寝したようで我々以外食堂にいたのは2名だけでした。

 以前にも登山客が多く宿泊する宿に泊まった事が有ったが、登山客とライダーの間に共通の話題が無く溶け込むのに苦労した思い出がある。この宿はどちらかと言えば登山者がメインの宿ようで、オーナーさんも含めライダーの我々はアウェーな感じでした?

 いつもより早目に部屋の戻った私だが、外では木々が風に吹かれて騒々しいし、同室になった一人の登山者の鼾がまた気になって、なかなか寝付かれなかった。

 明日は台風の影響を受けるのは確実で宿に辿り着けるかも分からないのだが、明日の事は明日考える事にして、頑張って眠りに就く事にした・・・・。


                             つづく


                                              平田隆太郎



甑山登山  男甑 女甑 更新日 2017.11.8


 甑山(こしきやま)は秋田と山形の県境に在る男甑山(おとここしきやま)と女甑山(おんなこしきやま)の二つの頂を持つ特徴的な山容を持つ山で、山形金山から秋田に向かう時に通る主寝坂峠(国道13号)から望む事が出来る。

 現在は主寝坂峠をバイパスするトンネルが完成しその姿を目にする機会は少なくなったが、トンネルが完成する以前は、主寝坂トンネルを抜けると目に飛び込んで来る甑山(当時は甑山の名は知らなかった)を見て、私はもう直ぐ秋田県だと思ったものだった。




http://www.yamakei-online.com/new_images/yamanavi/main_photo/187_raw.jpg リンク
写真:高橋金雄  山形県側の主寝坂峠からの甑山。男甑(左)と女甑(右)



 甑山は県境に沿った南北に薄っぺらい山で、標高は1000mに満たない(980m位)山なのだが、切れ落ちた急峻な岩肌が顕になった山容は、見る者に強い印象を残す山である。

 私は今回主寝坂峠とは反対側の秋田県側から甑山にアプローチする事にし、紅葉が盛りと思われる10月22日(日)に登る計画(29日を予備日)を立てたのだが、2週連続の台風来襲で結局11月に入ってからのアプローチとなってしまった。

 登山当日、秋田市は小雨が降る天気で日中は曇りの予報が出ていたのだが、車で国道13号線を南下し湯沢まで来ると空には青空が見えて来て、何とか天気は持ちそうな感じになって来た。

 国道13号から国道108号の入り、つい二日前のツーリングで通った松の木トンネルを抜けた先を左折、幾つかの集落を抜け甑林道に入る。

 甑林道に入って直ぐの所にテープが張られていて、その横のスペースにはマイクロバス1台と乗用車2台が停まっていた。テープを潜って進む事も可能と思われたが、我々もここに車を置いて徒歩で登山口まで行く事にした。

 後で分かった事だが、林道は車の通行が充分可能な状態だったのだが、カーブミラーが取り外されていたり看板にカバーがされていたりしていたので、冬季閉鎖に入っていたと思われます。

 10月中であれば通行は可能だったと思われ、林道を1時間も歩く事も無かったのだが、二週連続で来襲した二つの台風が何とも憎たらしかったですね・・・。




甑林道入口にはテープが張られていて、登山口まで1時間程歩く事になった。この手前に4〜5台の駐車スペース有り。




 天気の回復度合いを考慮し、ここまで高速道を使用しないで来ていた(30分のロス)我々は、ここでまた2時間ロスする事になってしまった。しかし、時間的余裕はまだ残っていて、最悪暗くなる前に林道に出る事が出来れば問題は無い(ヘッドランプ持参)と判断し、我々は林道を歩き始める。




  林道を歩いていくとこんな看板が・・・。 奥羽山脈の緑の回廊は知っていたが、こんな緑の回廊も有ったんだ・・・。




 約1時間で甑山登山口(右の道)に到着。   我々は左の林道を進んで名勝沼を目指す。 看板はブルーシートで雪囲い。



 1時間ほど歩いて甑山登山口に到着する。ここには10台程度の駐車スペースが有り、混雑時でも車は止められそうだ。この登山口から甑山に向かう登山者が殆どだと思うが、我々は更に甑林道を進む事にする。




     林道を進んで行くと甑山が見えて来た。 秋田県側から観る甑山、左が女甑山、 右が男甑山。



     甑林道から名勝沼・甑峠に向かう分岐到着。近くに車を3〜4台停められる駐車スペースが有った。




 秋田から甑峠を越え山形に通じる古道(殿様街道)が有ったようだ。 我々は殿様街道の途中から名勝沼へ向かう。



 甑山登山口から林道を10分程歩いて、林道から甑峠と名勝沼に向かう分岐に到着する。名勝沼への道は木材を切り出す作業道のようで広く歩き易い道で、それは甑峠近くまで続いた。




  林道から5分ほどで甑峠と名勝沼の分岐に到着。表示板は壊れていたが、名勝沼は写真の右上方向。




左のピークが女甑、右のピークが男甑。名勝沼への道はハッキリしていないが女甑の裾野沿いに進めば自ずと出る。



 名勝沼と甑峠の分岐には案内板が有ったが、名勝沼への案内は外れていた。踏み跡もハッキリしておらず迷そうだが、名勝沼は女甑の裾野に位置しているので左に崖を見ながら裾野に沿って進めば自ずと沼に出ます。




              岩場を抜けると踏み跡もハッキリしてきて、無事名勝沼到着です。




       名勝沼は紅葉も殆ど終わっており彩は少なかったが、静かな水面に景色を映し出し綺麗でした。













 甑峠との分岐から10分ほどで甑のコルとの分岐に出る。コルへの道がどこなのかハッキリしていなかったが、沢筋に道がついているようなのでジメジメした所を歩いていけば間違いなさそうだ。







                       表示看板の有る場所から観る名勝沼




                       この表示は道の左側の物です。


 我々はコルには向かわず、県境・男甑ルートで男甑山頂を目指す。歩き出して直ぐにウイルソンカツラと名づけられた大木の株が見えて来る。根元には人が入れる大きな空洞出来ていて避難場所に良さそうなのだが、特別な感じは無かったです。




                          ウィルソンカツラが見えて来た。



                     上の幹が残っていれば迫力が有るのだろうが・・・・。




     県境尾根の表示板。 注意していないと見落としてしまう位置に置かれていて、半分消えている。



 コルとの分岐から10分程で県境尾根の分岐に出る。沼から少し標高が上がり女甑の岩壁がはっきり見えくる。我々は男甑へ続く県境尾根を登って行く。




                      県境尾根に出ると女甑の岩壁がハッキリ近く見えてきた。




                      この先から男甑への急登が始まる。




               県境尾根の急登を半分ぐらいまで来た。女甑が横に見える。



 急登を登り切ると男甑と女甑を繋ぐ尾根に出て男甑の頂上が目の前に見える。初めて甑山の山形県側が見えたが、県境尾根の分岐表示板から約1時間の結構なアルバイトだった。




         山形県側には落葉したブナの森が広がっていた。2週間前だったら綺麗だったろうなぁ・・・。



 PM0:50、我々は男甑山山頂に立つ。予定より大分遅い到着だが、何とか明るい内に車に戻れる感じになって来た。

 男甑山の狭い山頂には秋田市から来たと云うマイクロバスの登山グループの皆さんがいて、座る所も無い賑わいだった。彼らはここで昼食を取ったいたようだったが、我々の姿を見て場所を空けてくれて助かりました。

 ここに来るまで若い男性一人とすれ違っていたが、この後老夫婦のカップルが頂上に到着、これで駐車スペースに停まっていた車の主と行き会ったと思われる。今日この他に出会った人は、甑のコルに下る途中に仙台から来たというカップルだけでしたね。

 今回は紅葉が終わった時期で人は少なかったが、2週間前だったら頂上で昼食を取るのは難しかったかもしれませんね。




                     男甑山(981・3m)山頂から女甑山(979m)を望む。




                        男甑のシンボル 烏帽子岩    男らしい形状をしている?



 遅い昼食を取っていると、雪の結晶みたいな白く小さな物体が空から落ちて来ていた。もしかしたらそれが我々が見た初雪だったかもしれないのだが、それは直ぐに消えてしまい初雪だったかは定かではない。


 昼食を取ってエレルギーを補給した我々は、男甑山を発って女甑山に向かう。男甑山の下りに差し掛かると、女甑山が我々の目の前にその特徴的な山容を現した。




         名勝沼側から観るとは全く違う表情を見せる女甑山。 左下には名勝沼が見えている。




           女甑山は山形県側も岩壁になっていて、剣の刃のような形状をしているのが分かる。




          紅葉が盛りであればここから観る景色は感動ものだったろうなぁ・・・。




                   標高が下がり視点が下がるとまた違った感じになりますね・・・。




            名勝沼の奥に見えるカラマツの黄色い森に沿って殿様街道が通っていまる?。


 紅葉の甑山をドローンで空撮した映像がYouTubeに上がっていましたのでご覧下さい。⇒ GO
 これを観たかったのが、台風が恨めしい・・・。










                   登山道の脇には山アジサイがドライフラワーとなって残っていた。




           男甑山と女甑山のコル(鞍部)に到着。    男甑山の山頂から約30分であった。



 甑のコルに到着。ここは山形側からの道と名勝沼からの道が交差する十字路で交通量が多いそうなのだが、今回は誰とも会いませんでした。我々はコルを通過して女甑山に向かう。




        一瞬青空が広がり女甑山頂上での展望を期待した私だが、山頂は曇っていましたね・・・。




                            女甑の急登が始まる。



 いよいよ女甑山の登りが始まったのだが、男甑山の下りのようにロープが下がるような急峻な所は無く、一定の傾斜で真っすぐ上に道が続いていた。




                      こんな登りが30分続く女甑山の道。




                  登山道の脇には昨晩降ったと思われる雪が残っていた。



 地面を見つめ一歩一歩脚を出し続ける事30分、我々は女甑山山頂に到着する。こんな急登を登る時は下手に上を見ない方が良いように思う。上を見てまだまだ登が続いていればモチベーションが下がり精神的に疲れたしまう。

 先を見ず脚を出し続けてさえいればいつかは山頂に着ける訳で、苦しい時は目の前の事に集中し地道に行くのが結果的には良いと思いますね・・・。




                  女甑から観る男甑の山頂。向こうが2m少々標高が高い。




         女甑山979m山頂に立つ。 後には雲の下に鳥海山の裾野が見えていたが山頂は見えてない。



 我々にはこの時点で二つの選択肢が有った。一つは予定通りここからコル下り、コルから名勝沼に降りて甑山登山口に出るルート、一つは女甑山から甑峠へ下りて殿様街道を使って朝来た甑林道に出るルートである。

 コルに戻るルートの時間を考えると、名勝沼に下るのに1時間、甑登山口までが20分として、そこから1時間林道を歩いて、トータル2時間20分で車の有る所まで戻れと思われる。

 一方、ここから甑峠に下るコースだが、女甑山頂から甑峠に下るのに30分、甑峠から殿様街道を下り甑登山口までが45分、それから車までが1時間でトータル2時間15分程度と思われる。

 時間的に大して変わらないのであれば、甑山を縦走したという達成感を得られ甑峠ルートが良い思い出になると私は甑峠ルートを選択したのだが、甑峠ルートは私が想像していたものとは違っていたのです。




         甑峠への下りはこのような崖が連続するルートで、予定していた時間の2倍掛かってしまいました。



 甑峠へ下りは男甑からコルに下る道と同程度のものと私は考えていたのだが、とんでもなかった。虎ロープが下がった崖が幾つも連続していて、予定していた時間の倍1時間を要してしまったのである。

 ロープを使って降りるだけだしたので体力な消耗は少なかったが、精神的には大分消耗してしまいました。もしこのルートを登れと言われても、私は遠慮させてもらいますね・・・。




             殿様街道の甑峠に到着。 思いの外時間が掛かってしまいました。




  秋田県側の案内板と違い、作りが立派な山形県真室川町が設置した案内板。この違いは何処から来るの・・・?



 所要時間を30分とみていた甑峠への下りは、実際は1時間も掛かってしまい時間はPM3:30になっていた。ここから車までは1時間半位は掛かりそうだが、日没まではまだ時間が有りヘッドランプは使わなくても良さそうである。




    殿様街道から見る女甑山の稜線。 こうして見れば大した事は無いように見えるが崖だらけの道でした。



                   古道らしい雰囲気の殿様街道だが、林道のようです。



                             女甑山を見上げる。



                 このカラマツの黄色は上から見えていた黄色かな・・・?




                        シダも黄色に紅葉するようです。




                標高が下がった林道沿いには少しだけ紅葉が残っていましたね。




                       林道で拾って来たカエデの葉。 



 PM5:00過ぎ、我々は無事に車の所に戻って来た。今朝停まっていた車は既に無く、我々の車だけが我々を待っていました。

 車で走り出した時はすっかり暗くなっていましたが、ヘッドランプを使わすにく戻って来れて良かったです。この時期の山行きは、日が暮れるの早く午後3時には車に戻る計画を立てていたのだが、林道が閉鎖されていたり色々と有って遅くなってしまいました。

今回は紅葉が終わってからの甑山登山だったが、充分に楽しめた山行きだった。甑山に次回が有るかと聞かれたら多分無いと答えると思うが、今回は道がハッキリしない所も有ったりしてヤブ山登山を思い出し結構楽しかった。

 湯ノ沢温泉に入って汗を流した後、我々は高速に乗って秋田市に帰って来た。時間は予定より2時間半ほど遅くなってしまったが、無事帰還出来て良かったです。登山もツーリングも無事に帰って来る事が重要で、事故も怪我も無く帰って来る事が大事なのです。

 これで今年の山行きは終了となります。今年は結構な回数山に行く事が出来たのだが、来年はどうなんでしょう・・・? 体が許せば、来年もまたバイクも山行きも大いに楽しみたいと考えているのだが・・・。

 この歳になると来年の事は来年になってみないと分からないと云うのが・・・本当のところかな・・・!?



                              おわり


                                           平田隆太郎



FUNKY IN HOKKAIDO Part34  3日目 PartT 更新日 2017.10.31


 北海道3日目の朝が明ける。年寄りは6時前には目が覚めたのだが、窓の外を覗いて青空が広がっているのを確認してまた布団に潜り込む。6時半過ぎになって布団から這い出た私が廊下に出ると、メンバーからホィールロックを開ける方法が無いか相談される。

 メンバーが言うには、さんま祭りへ行っていたグループの一人が、ホィールロックの鍵を家に忘れて来てしまったそうで、ロックを解除出来なくて困っていると言う。ホィールロックを解除するにはサンダーで切断するのが手っ取り早いのだが、さすがの私もサンダーは持っていなかった。

 昨日宿に到着した時、1台だけバイクカバーを掛けたバイクが有って私はてっきりBMWだと思っていたら、それは DUCATI の Multistrada (OFF系ツーリングバイク 950cc?)で、ご丁寧にホィールロックで施錠されていました。

 旅先でバイクにカバーを掛けるのは珍しくは無くなったが、最近はホィールロックを掛けるのも普通に?なってきているようだ。今回は愛車を大事にする気持ちが仇になってしまったようです。私が様子を見に外に出てみると、サンマ祭りの皆さん総出でロックと格闘していました。

 ロックはワイヤーケーブルタイプで、ニッパを手にした男性が一本一本ケーブルを切断中で、時間は掛かるがその方法でロックの切断は可能と思われ、私は手を出さなかった。細いワイヤーの束を一本一本切る作業は大変そうだったが、サンダーが有ればなぁ・・と見ておりました。

 結局、ケーブルは切断されDUCATIは開放されたのだが、我々のような田舎者と都会人(DUCATIは札幌ナンバー?)とは盗難に対する考え方が違うようです。

 私は東北(北三県)でも北海道でもバイクから離れる時はヘルメットをミラーに掛けたままなのだが、都会人はヘルメットホルダーを使用したり手に持ってバイクを離れるようです。私はバイクのキーを無くすのが怖くて、バイクにキーを付けたままバイクを離れる事も結構あるのだが、都会人は宿にバイクを停める時にもホールロックをするのは珍しくないようです?

 都会人は私の危機感の無さに呆れそうだが、私は50年間ミラーに掛けたヘルメットを盗られた事は無いです。




                         DUCATIの周りでロックに挑む皆さん



 7月の北海道で宿に泊まった時、前日の雨で汚れたバイクを朝早くからピカピカに磨き上げている若者がいて、潤滑剤からワックスまで洗車セットを持参して来ているのには驚いた。

 彼らは当然車体カバーも持参していたのだが、荷物は出来るだけ少なくしたいと考える私と携帯する物の違いに驚きましたね。

 私は故障や転倒して壊れた時の応急処置に必要なパーツ(ステンレスワイヤー、クランケースが割れた時に使用するアルミパテ、ボルトやナット、ウインカー・ヘッドライト球・スパークプラグ等 ※ブレーキフルードを追加予定)やパンク修理道具(空気入れを含む)やチェーンオイル等を携帯しているのだが、北海道ツーリングに洗車セットや車体カバーを携帯しようとは考えもしませんでした。

 勿論、汚れたバイクで走るのは本意では無く、GS等の洗車機でバイクを洗う事は結構有ります。しかし、ワックスを掛けるのは帰ってからだなぁ・・・。

 DUCATIのロック騒動も一件落着、私は朝食を取る為食堂に行ったのだが、窓の外では素泊まりサンマ祭りの皆さんが出発の準備をしていた。




         女性1名を含むサンマ祭りの皆さん 中央奥のバイクがロック事件のDUCATIさん



 すると先ほどのDUCATIさんが出発しようとして駐車場の中央まで、バイクを後向きに引き出しているのが目に入った。彼はDUCATIに乗ってまだ間が無いようで、その足つきはおぼつかず私には恐る恐る移動しているように見えた。

 装備車重250kg近く?のDUCATIに重心が高そうなトップケース(中にはロックや車体カバー等が満載?)、体格がそんなに大きくないオーナーさんにとってDUCATIの後向きの移動は結構体力を消耗する作業だったようで、10m位移動した所でDUCATIが左側に傾き始めた・・・・。

  << 大丈夫か・・・? >>

 と思った瞬間・・・DUCATIはアスファルトの上で寝ておりました。オーナーさんは支えようとはしたのですが、DUCATIはそのまま横倒しに・・・。

 周りにいた仲間が直ぐに駈け着けDUCATIは引き起こされたのだが、無残にも左ミラーがポッキリと折れておりました。他人事とは思えなかった私ですが、オーナーさんに怪我が無さそうだったのは不幸中の幸いでした。

 DUCATIのオーナーさんは折れたミラーをトップケースに入れ、仲間の皆さんと共に一福を出発して行ったのですが、その一部始終を目撃してしまった私は彼の無事を願わずにはいられませんでした。

 大事に大事にしていたDUCATIのミラーが折れ傷が付いてしまったオーナーさん・・・ショックだったろうな・・・。

 しかしですね・・・次に倒した時はショックは半分になりますし、その次はまた半分になりますか安心?して下さい。

 バイクに乗っていますと楽しい事ばかりではなく悪い事も起ります。人間の素晴らしい所は忘れられる事で、悪い事をストレスをにしないのがバイクライフを楽しく過ごす秘訣ではないでしょうか・・・。



                  一福 の朝食 北海道の宿 スタンダードな和食メニュー




       いつもはパン1枚の朝食の私だが、北海道ではガッツリ食べてエネルギーを補給します。



 一福の朝食はスタンダードな和食で、鮭に海苔に納豆にタラコ、卵が生卵なのも私は気に入っている。日頃の朝食は食パン1枚とオレンジジュース1杯の時が多い私だが、北海道では朝食をガッツリ食べてエネルギーを補給する。ツーリングでは昨日のように昼食を取れなくなる事も有りますから、朝食は大事です。




               お母さんの視線を感じながらの出発準備  照れますね・・・。



 8時過ぎ、我々はお母さんの見送りを受け根室市街を抜けて納沙布岬へ向かう。納沙布岬を訪れるのは久しぶりだったが、天気は雲一つ無い快晴、根室がこんなに天気が良いのは初めてでした。根室市街から納沙布岬までは結構距離が有るのだが、穏やかな起伏を繰り返しながら漁港を縫うように走る道道35号は、走っていて本当に気持ちが良かった。

 我々は納沙布岬に到着し四島のかけ橋や北方館等を見学したのだが、納沙布岬は宗谷岬(戦前は納沙布岬と同様日本領だった樺太が見える)とは違った緊張感を感じるのは私だけだろうか・・・?




         久しぶりの納沙布岬ですが、こんなに天気の良い納沙布岬は初めてでした。



 昨年の暮れプーチン大統領が日本を訪れた際、北方四島の話題がマスコミを賑わしたものだが、最近は北方四島の話題は殆ど目にしない。戦前日本の領土だった北方四島を日本に戻してほしいと思う気持ちは私も同じだが、戦後70年以上経っても何も変わっていない状況の中、戦争という選択肢が無い今これから先大きな変化が起きるとは思えない。

 日本政府は北方四島を日本固有の領土だと言っているが、北海道も北方四島もその昔はアイヌの人々の暮らす島だった訳で、和人もロシア人も何勝手な事言ってるんだとアイヌの人々は思っていると思いますね・・・?




                   鉄のオブジェは四島を表した4つのパーツで出来ている。




  歯舞群島 色丹島 国後島 択捉島 の北方四島だが、自由に行き来する日は来るのだろうか?




   右奥に見えるのが納沙布岬の先端に立つ納沙布岬灯台 北方四島を除いた日本最東端である。



 納沙布岬を一通り観光した我々は、早々に納沙布岬を後にして先を急ぐ。帰りは根室半島の北側を走る道道35号で根室に戻って来たのだが、さんま祭り(昨日と今日の土日開催)が行われている根室港の前を通ると警備員が立って車の整理で大忙しだった。

 さんま祭りにあまり興味の無い私だが、根室さんま祭りは大人気のお祭りのようでした。

 根室市で給油した我々は、昨日走った国道44号では無く南を並行して走る道道142号で浜中を目指す。私はこのワインディングロードか大好きで、今回は景色が良く見えていて(霧がたちこめている事が多い)気持ち良く走る事が出来ました。




  初田牛から浜中までの太平洋沿いを走る道道142号   霧が掛かっている事が多いのだが今日は青空でした。




               奥の平らな島のように見える左の先端が 霧多布岬



 浜中に美味しいソフトクリームが有るとテレビで見た事が有った私はJR浜中駅に立ち寄ったのだが、駅前にそれらしき店は無く、調べたら霧多布の街(霧多布も浜中町)で売っているようだった。我々は霧多布には行かない為今回はソフトクリームを諦めたのだが、機会が有れば是非食べてみたいものである。




        美味しいソフトを求めて浜中駅に来たのですが、調べたらソフトは霧多布の方でした。



 我々はJR浜中駅から国道44号に出た所の信号機に止められたのだが、お向かいのGSの横にバイクグループが停まっていて我々の方に視線を送ってくる。良く見るとそのバイクグループは一福に泊まっていたさんま祭りの皆さんでした。

 信号が変わって私は手を振って前を通過したのだが、彼らも我々と気付いたようで大きく手を振って返してくれた。彼らとは大したお話も出来なかったが、同じ宿に泊まったバイク乗りとして連帯感が生まれていたようです。それにしても、彼らは我々より暫く先に宿を出て行っていたのだが、何処をどう走って今此処にいるのだろうか・・・???

 我々は国道44号に出て根室方向に右折、直ぐに道道123号に左折して雄大な牧草地の中を別海へ向かう。私がこの道道123号を走るのは本当に久しぶり(30数年ぶり)で、以前も牧草地の中を走る快適な道だったが、道幅が広くなっていてより北海道を感じられる道になっていました。



         浜中から別海へ向かう道は、牧草地の中を走る北海道らしい快適な道でした。



 私は今日の昼食を中標津で食べる予定にしていて、お店は回転ずしの 根室花まる を予定していた。根室花まる は札幌や銀座にも店が有るらしいのだが、道東には根室と中標津にしか店が無く中標津店は待ち時間が長い人気店のようだった。

 我々が昼食に使える時間は限られていて、私は開店時間のAM11:00に合わせて中標津を目指していたのだが、花まるに到着したのはAM11:15を過ぎていた。私が急いで中に入って行くと、待つ事なくカウンター席に案内されて先ずは一安心。

 我々が店を出たAM11:45頃には大勢の人が席が空くのを待っておりまして、根室花まる中標津店 本当に大人気店でした。昼時待たずに席に着くには、11時半までに入った方が良さそうです。




                    根室花まる 中標津店 回転寿司を頂きます。






      あぶりさば   味は勿論形も回転寿司のレベルを越えていました。  人気が有るのも納得のお店でした。




 寿司にはフラッグが付いてきて、食べた寿司が分かるのは良いシステムです。旬のさんまの寿司が美味かった。



 そして肝心の寿司だが、見た目も味も回転寿司とは思えないクォリテーで、本当に美味しかったです。ネタの大きさ、切り方、新鮮さも申し分なく、人気が有るのも納得でした。

 我々のこれからの予定は、開陽台に立ち寄った後裏摩周の展望台を経由し鮭の滝上りが見られるという緑の さくらの滝 に立ち寄り、斜里⇒根北峠⇒羅臼⇒知床峠⇒ウトロ⇒斜里の周回コースを走った後清里の宿に向かう予定で、時間はまだ正午前だが結構な距離が残っていて時間的には結構タイトな予定になっている。

 我々は先ずは開陽台に向かったのだが、その途中に私が気になっているお店が有った。それはヨーグルトとアイスクリームで有名なお店らしいのだが、ソフトクリームも美味しいとの噂のお店で、私はそのソフトクリームを食べてみたかったのだ。




    中標津空港近くの ラ・レトリなかしべつ  ジェラート ヨーグルト ソフトクリーム が有名なお店です。




ソフトクリーム ミルク味 290円? ヨーグルト味 340円? ミルク味を食べましたが、形も整っていてコーンも価格以上 A-



 中標津空港の少し手前でそのお店は見付けた私は、思わずウインカーを出してそのパーキングにバイクを止める。私は早速ソフトクリームを買いに中に入って行くと中は広いホールになっていて、多くの人で賑わっていました。

 私はソフト売り場に行ってソフトを注文しようとしたのだが、ソフトには何種類か種類が有ってどれにするか迷ってしまった。ここではヨーグルト味のソフトが一押しのようなのだが、私はベースとなるバニラソフトを食べるのを基本としているので、ベーシックなミルク味を注文する。

 スタッフの少しオールドなお嬢さんから手渡されたミルク味ソフトは、形も整っていて量も十分、コーンも高級感が有り、350円でも文句は無いソフトでした。そしてそのお味は、昨日食べた牡蠣ソフトと同レベルの美味しいソフトクリーム (A-)でお得感の有るソフトでした。お勧めです。

 ヨーグルト味のソフトを他のメンバーから少し食べさせてもらいましたが、ほんのりヨーグルトの味がするソフトでした。しかし、ヨーグルトを味合うのであれば飲むヨーグルトの方が良いように私は思いました。(飲むヨーグルトは飲んではいませんが・・・)

 北海道二つ目のソフトを食べお腹を落ち着かせた私は開陽台に向かったのだが、私はこの道に思い出が有った。この道は29年前、私が初めて開陽台を訪れた時に通った道で(それ以降通った事が無かった)赤信号で交差点に止まった時、昔の記憶が一気に蘇って来た。




                    29年前の交差点、現在の交差点は画像をクリック。



 29年前、私は道北の豊富温泉をAM8:00に出発、豊富温泉⇒音威子府⇒名寄⇒士幌⇒比布と南下、愛別を経由して層雲峡の銀河の滝・流星の滝を見物後石北峠を越えて留辺蘂から浜佐呂間に出て遅い昼食(ラーメンとホタテの刺身)を取った後、網走、斜里を経て越川で休憩、根北峠を一気に駆け抜け川北、上武左経由でこの交差点で止まったのだった。

 私は交差点の手前に有った道路標示で現在位置を確認する為に停まったのだが、我々はその時点で朝から500km以上走行して疲れ切っており、ついでに休憩を取る事にしたのだった。

 その時の時間は午後5時少し前、陽は傾き我々の影は長く伸びていた。我々はそこから開陽台に立ち寄ってから宿に行く予定していたのたが、宿は開陽台の直ぐ下に在って私は6時には宿に到着出来るとホッとした記憶が有る。

 信号が青になり発進してそのまま走って行くと、T字路手前にその時に泊まった宿の看板を発見、まだ営業している事を知り懐かしかった。その宿は牧場に接している宿で、柵の前にバイクを停めていたら牛さんが私のバイクの前輪タイヤをナメナメし始めて驚いた事を思い出してしまった。

 T字路を左折、有名な直線路に出た私は久しぶりに写真撮影をする事にした。今は北海道各地に有名な直線が有るようになったが、北海道の有名直線の元祖は此処の直線だと私は思います。




                      久しぶりに開陽台手前の坂で写真撮影。



 午後零時半前、我々は開陽台に到着したのだが、今日の開陽台は晴天で200度?の地平線がクッキリと見えていました。




             開陽台到着。 天気が良いので、久しぶりに展望台に上がってみました。




    29年前の開陽台パーキング。景色は変わっていないが、我々が乗るバイクの排気量が大きく違う。




    地球が丸く見えるという開陽台ですが、訪れた半分以上は曇っていて丸く見えない事が多い・・・。




                   このポールは現在の物と同じ物ですかね・・・?




    展望台が新しくなったのは21世紀になってからだと思うが、手前のポールは変わっていないのか・・・?




                  以前の展望台がプレートとなって張って有りました。




上の写真の展望台で撮影。夕日が摩周岳に沈んで行く。29年前の私は40歳・・若いねぇ! タバコ吸ってるし・・。




ナンバーはまだ秋でしたね。FZR400’87 TZR250’87 TZR250’86 FZR400’88 この4台での北海道でした。



 このレポートを書く為昔の写真を引っ張り出したのだが、250や400ccのバイクで今と同じ距離を走っていたのには正直驚く。若くて元気だったと言ってしまえばそれまでだが、本当に良く走ったものだと感心する。

 1988年当時リッターバイクも存在していたが、我々は400ccを超えるバイクに乗る事は無かった。当時のリッターバイク(750ccも含む)は確かに400ccよりスピードは出たが、高速での安定感が無くコーナリングがダルく走って楽しくなかったし、総合的には400ccより遅かったですね・・・!?

 久しぶりに開陽台の展望を楽しんだ我々は、開陽台を後して裏摩周へ向かう。



                             つづく


                                              平田隆太郎



FUNKY IN HOKKAIDO Part34  2日目 PartU 更新日 2017.10.25


 ようやく北海道ツーリングのスタートを切った我々は、国道235号を離れ静内の街から内陸に入り、当初予定していた道道で浦河を目指す。

 内陸の道道は距離は国道より有るのだが、信号も殆ど無く車も少なく気楽に楽しく走れる道で、我々は北海道の雄大な景色の中をバイクを走らせて行く。

 浦河のセイコーマートで休憩を取った後、我々は太平洋を横目で見ながら国道336号を襟裳岬に向かう。今日の太平洋は穏やかで水平線がくっきりと見えおり、今日の襟裳岬に強風は吹いていない思われ私は安心して岬に向かうのだった。

 襟裳岬は強風が吹いている事が多く、以前に訪れた時は風向きを考えなけれはバイクを止められず、発進する時は風上にバイクを向けなければ発進出来なかった(強い横風に片足ではバイクを支え切れない)事も有った。

 襟裳岬に到着してみるとパーキングには多くの車が停まっていて、多くのバイクも停まっていた。最近の北海道有名観光地では、大人数グループ(10名以上)で走るライダーの姿をが多く見掛ける。

 以前は4〜5名のグループが中心だったように思うが、最近はハーレーやBMWの大排気量車から小排気量のOFFロードバイクまで、雑多なバイク構成で10台以上のグループが多いように思う

 グループツーリングと言えば、以前はバイク店を中心に集まったグループが多かったように思うが、最近はインターネットで参加者を募集して走るケースが多いようだ。見知らぬライダーと出会い楽しい時間を共有するこの方法で、20台を超えるグループになる事も珍しくないようである。

 出会いの場が増え大くの仲間?とバイクを楽しめるのは良い事だと思うが、決まったルールも無く各自のルールで走っているように見える事が多々有って、危なっかしいシーンを時々見掛ける。

 初対面のメンバーで走る場合でも隊列の組み方や合図の出し方等、最低限のルールを決めて走りたいものである。




        森進一が歌って大ヒットした 襟裳岬の歌碑 (作詞:岡本おさみ/作曲:吉田拓郎)
                この曲が襟裳岬を観光地にしたと言っても過言では無い。




 今日の襟裳岬は風も無く本当に良い天気だった。こんな晴れた襟裳岬は初めて(5回以上訪れている)で、私はクッキリと広がる230°?の水平線を楽しみました。

 駐車場に戻るとお土産屋さん&食堂(FUNKY2回目1985年の北海道で遅い昼食のラーメンを食べたお店)でソフトクリームの看板を見つける。私は今回の北海道初ソフトにチャレンジしようとしたのだが、その350円のソフトクリームは昆布をアレンジした物のようだった・・・!?

 私はその昆布に反応、以前ソフトクリームに昆布のスプーンが付いていた事が有ったのだが、その時の昆布とソフトクリームの合わなかった事・・・、私にはその印象が強くて昆布ソフトに二の足を踏んでしまったのである。

 それでもこれが300円だったら食べたかもしれないのだが、私の基準では350円は高級ソフトの範疇でリスクが大きかった!?

 我々が襟裳岬を出発したのはPM0:30を過ぎていた。本来なら昼食の時間だが予定よから暫く遅れており食べずに出発したのだが、花咲港の宿に午後6時までには着きたいと考えていた私には、時間は5時間半しか残されていなかった。

 これから広尾〜豊似〜浦幌〜本別〜阿寒町〜鶴居村〜標茶〜厚岸のルートで根室に向かう予定なのだが、このルートで走るのは今回初めてで私には正確な時間を読めていなかった。

 豊似〜白糠〜釧路〜厚岸の最短コースで根室に向かえば明るい内に宿に着く事も可能だと思ったが、そのルートは交通量が多くただの移動だけになってしまう可能性が高かった。

 最短コースに行くか? 予定通りで行くか? 私は結論を出せないまま襟裳岬を後にするのだった。

 両側が開けた百人浜を通り国道336号に出た我々は、トンネルだけになってしまった黄金道路を抜けてアッと言う間に広尾に到着、北海道最初の給油を行う。

 私が黄金道路を初めて走ったのは1985年だったが、その時強風で飛ばされた波の飛沫がシールドに付着し前が見えず大変だった思い出が有る。それは結構強烈に私の記憶に残っているのだが、ライダーは基本的にM的な資質を持っているようで、大変さが増せば増す程良い?思い出として記憶するもののようである。




              広尾のGSで給油。 次の給油をどこにするかが問題だな・・・。



 広尾で給油を終えた我々は、豊似で帯広に向かう国道236号と別れ国道336号を北上する。この豊似から先の国道336号は交通量が少なく道路状況も良くて、我々は快適に走りを進める。十勝川を渡った先に白糠に向かう道と浦幌に向かう道の分岐が有って、私は十勝川を渡りながら決断を迫られた・・・。

 結局私はその分岐を左折、当初予定していたルートをで厚岸に向かう事にしたのだが、その選択が我々から昼食を食べる時間を奪う事になるのである。

 浦幌のセブンイレブンで休憩を取って出発したのが午後2時半少し前、宿まではまだ結構な距離が有って私は先を急いだ。私は本別から国道274号の釧勝峠を走る予定を変更、道東道浦幌ICから高速を使って阿寒ICまで行く事にした。

 このルート変更で30分位?は時間を稼げたのだが、厚岸まではまだ遠い。阿寒町から鶴居村に抜ける道道を走る頃には陽も傾き始めバイクの影も長くなってきた。私は昼食を予定していた鶴居村のレストランをパス、楽しみにしていた釧路湿原コッタロ湿原展望台もパスし、給油の為に標茶のGSにバイクを停める。

 ここまで来ると先が見えてきて、この調子で行くと6時半頃には宿に到着しそうな感じになって来た。給油後我々は早々に標茶を発って道道14号で厚岸に向かう。私はこの道道14号を厚岸から標茶方向に一度、標茶から厚岸方向に一度走った事が有ったのだが、その時の印象は牧草地の中のワインディングロードが延々と続く感じだった。

 久しぶりに走る道道14号は、時間帯が夕方とあってか交通量が少なく走りやすく、夢中で走っていたら厚岸に着いてしまった。

 私は休憩する為 道の駅 厚岸グルメパーク に立ち寄る事にしたのだが、時間は午後5時を過ぎており長湯は出来ない状況だった。しかし、我々は昼食を食べておらずお腹はペコペコで、何かお腹に入れる事にした。

 宿の美味しい夕食が待っている事もありガッチリ食べるわけにはいかなかったが、ここは有名な厚岸の牡蠣で小腹を満たす事にした。

 道の駅の建物に入って行くと牡蠣のソフトクリームなる物を発見、昆布ソフトと似た匂いを感じた私だが価格が300円だった事もあり今回はトライしてみる事にした。




     牡蠣とソフトクリームのコラボレーションに?マークが出た私だが、価格が300円だったので食べてみました。



 若い女性スタッフに300円を支払い受け取った牡蠣ソフト、形もマァマァで盛りも300円としたら及第点の好印象だった。問題の牡蠣ソフトのお味だが、想像を超えるその味に私は驚いてしまうのだった・・・!?

 牡蠣ソフトを期待と不安の半々で 一舐め した私は確認の為にもう 一舐め、厚岸の牡蠣ソフトのお味は良い意味で私の期待を見事に裏切り、私のバカ舌ではカキの字もを感じられない普通に美味しいバニラソフトクリームだったのである。

 それは私のソフトランキングで A− に入る美味しいバニラソフトクリームだったのだが、どこがどう牡蠣ソフトなのかをスタッフさんに確認すべきだったが時間が無くしなかった。

 しかし、 道の駅 厚岸グルメパーク の牡蠣ソフトは お勧めです・・・!?

 私は美味しいソフトをナメナメしながらレストランの有る2階への階段を昇って行く。2階には牡蠣を食べさせるお店が幾つか有って、我々はいつも階段を昇った正面奥に在るレストランに入るのだが、今日は予約で満席だった。

 そこで今回は階段を昇った左手に在る小じんまりとしたお店で牡蠣を頂く事にしたのだが、そのお店は小洒落た感じでスタッフ全員がイケメン?男性、お客さんのターゲット年齢は低目の感じのお店でした。私はこの道の駅を何回も訪れていたのですが、こんなお店が有ったとは全く気付きませんでした。




     生がき  マリエモン 6個 1200円  この他蒸しがき 2個 500円 (共に税別)も頂きました。



 我々は 生がき と 蒸しがき を頂いたのだが、以前奥のレストランで食べた 生がき より大きかった。牡蠣はその年によって出来が違うので単純に比較は出来ないが、今回は大きい牡蠣を頂く事が出来て好印象のお店でした。

 私は 蒸しがき より 生がき の方が好きかな・・・。

 美味しい牡蠣を食べ大満足で外に出てみると、陽は山影に落ちようとしていた。ここから宿の在る根室花咲港までは1時間以上掛かる為宿に電話を掛けたのだが、電話は鳴ってはいるものの出なかった。




               牡蠣を食べて外に出てみると、陽も落ち夕闇が迫っていた。


 この時間で電話に出ない事に不安はあったが、我々は早々に厚岸を発って根室へ向かう。予定では太平洋沿岸沿いに霧多布経由で根室に向かう予定だったのだが、時間短縮の為国道44号で根室に向かう事にする。


 浜中まで来ると辺りは真っ暗、国道の両側にはライトに照らされた除雪範囲を示す矢印が延々と続いている。

 それが凄く綺麗だったのだが、秋田にも矢印と違って北海道の矢印はLEDランプ?が埋め込まれていて、自らが発光しその存在をアピールしており、道路の曲りに合わせて大蛇のようにうねっている様は、幻想的でしたね・・・。

 我々は昨日の経験を生かし、GSX−R1000R L7を前後に挟んで車の後に着いて走って行く。

 道の駅 スワン44ねむろ 近くまで来た時、前を走る車のテールランプがいきなり明るく光り、車が停止した・・・!?

 我々も続いて停止したのだが、車が止まった理由が分からなかった。暫くして車は動き出したのだが、少し走った所で車が止まった理由が判明する。道路脇の森の中にライトに照らされた一匹の鹿の姿が見えたのだ。

 集団で行動する鹿ですから多分その周りには沢山の鹿がいたと思われますが、北海道では鹿と車が衝突する事は珍しいくは無いようです。穂別のいつも泊まる宿のお母さんは、鹿と二度衝突して車2台を廃車にしたと言っていましたから、鹿との衝突は北海道で車を運転する限り避けては通れない?事のようです。

 しかし、鹿とバイクが衝突した場合は事は簡単ではない。バイクの廃車に留まらすライダーの命に係わる深刻な事態になりかねません。鹿との衝突は朝と夜間が多いらしいのですが、北海道の田舎道を夜間バイクで走行する場合、恐縮ですが車に盾になって頂いて、その後に着いて走るのが一番なのかもしれません。

 我々は七時前、花咲港の宿 一福 に無事到着する。珍しく宿の前には6台ものバイクが停まっていて、私はバイクを停める場所に少し悩んでしまった。

 こんなにバイクが多ければ夕食は賑やかになると楽しみにしていた私だが、後で聞いたらこのバイクの皆さんは根室港のサンマ祭りに行っていて素泊まりのお客さんでした。

 玄関に行ってお母さんと1年ぶりに再会、お母さんは病み上がりだった昨年と違い以前のように冗談を飛ばす元気な姿で我々を迎えてくれました。

 「あまりに遅いから食事を片付けてしまうところだった」 

と冗談?を言われてしまったのだが、その顔は笑っていましたね・・・。

 お母さんが食事の時間に厳しいのは過去の経験から分かっていた私は

 「食事を先にしてお風呂を後にします・・・」 と言ったら、

 「お風呂に入って温まってから食事にしなさい。」 と言われてしまい拍子抜け・・・!?

 お母さんが 何か・・・ 優しくなっていて びっくりでした。

 我々は早速お風呂に入って二日分のアカを流したのだが、風呂の設定温度が48℃(お母さんの優しい配慮のようです!?)になっていて熱くてとても入れる状態ではなかった。

 私は浴槽に水を入れお湯の温度を下げ設定温度も下げたのだが、我々の前に入った人達は熱かったので湯舟には入らなかったようです。

 今時の若者?はお風呂のお湯が熱かったらお湯の温度を下げるのではなく、お風呂に入らない事を選択するようですね・・・!?

 お風呂から上がった我々が食堂に行くと、大皿に盛られた花咲ガニをはじめとする海の幸がテーブルの上に所狭しと並べられていました。




                   花咲ガニも美味しいが、刺身が新鮮で本当に美味かった。



 色々有った1日を走り切った我々は、先ずは缶ビールで乾杯した後、美味しい夕食で空腹を満たしたのでした。

 夕食に間に合って安堵した私だったが、今朝ミラーが折れブレーキ液が漏れているバイクを見た時は、本当にモチベーションが下がりました。しかし何とかスタートする事が出来て、昼食も食べずに走り続けた結果この夕食に辿り着けた訳で、乾杯のビールが私の喉に沁みわたりました・・・。




                       このビールが美味かったです。




              人数3名に4匹の花咲ガニ 1匹はお母さん方のサービスでした。



 この宿の夕食には基本花咲ガニが一人に1匹付く(季節限定?)のだが、今回はお母さんが1匹サービスしてくれていました。前日の宿と違いこの宿の夕食は食べるのに往生する位ボリュームが有って、4匹の花咲ガニを完食(出された物は完食するのがするのが私のポリシ−)に本当に大変でした。

 花咲ガニは毛ガニ同様ミソが美味しいのだが、毛ガニと違って(毛ガニの脚は細く身が少ない)脚の身も多く美味しい(タラバカニと同じヤドカリ系)のが特徴で、私は北海道で食べるカニの中で一番だと思いますね。

 但し、身を取り出す時にトゲに気を付けないと、手が血だらけになりますのでお気をつけ下さい。。

 食事をしていると昨年会えなかったコロ(この地域で共同飼育しているお犬様)が顔を出してくれた。二年ぶりに見るコロは以前よりコロコロになっていて、胴回りはパンパンで食生活の良さ?が伺い知れた。

 コロは10歳を超える老犬になっていて、眼球は白内障を発症し少し白く濁っていた。しかし、いたって元気なコロは我々の周りをウロチョロし始める。

 我々はこれまでの経験からコロの魂胆は分かっていた。コロはテーブル上のホッケの干物に視線をロックオンしながら、誰が一番ホッケを食べさせてくれそうかをリサーチしているのだ。




 昨年は会えなかった地域共同飼育犬 コロ  今年は一昨年より太くなって登場です。 私の傍から離れなかった・・・?



 そしてコロは私の傍に座って動かなくなった。コロは私を見つめながら目でホッケを催促するのだが、私はそのままコロにホッケを与える程人間が出来ておらず、先ずはコロの視線を無視して大好物のホッケの干物を平らげる。

 しかしそこまではコロの想定内、ホッケを食べ終えてもコロは私の傍から動こうとはしない。コロの狙いは私が食べ終えたホッケの皮で、コロは油がのったホッケの皮が大好物なのである。

 基本的に味の付いた物を犬に与えるのは良くない(塩分等が体に良くない?)とされ、大好きなホッケの皮とはいえ、コロの体の事を思うとホッケの皮を与える事に私は躊躇する。

 しかし、白み掛かった目で見つめられると・・・私は悩みました。

 コロの体の事を思って与えない方が良い・・・のか・・・しかしコロの眼差しを見ると・・・私に心は揺れました。

 同じ年寄りの身として、美味しい物が目の前に有りそれが体に良くないと分かっていても、食べたい気持ちは良く分かる・・・。

 私も血中の悪玉コレステロール値が高く、医者から魚卵系(イクラ・たらこ・数の子等)は控えるように言われているのだが、美味しそうなイクラ丼を目の前にして食べない選択肢は無いかなぁ・・・!?。

 結局私はその愁いを秘めたコロの眼差しに負けてしまったのだが、ホッケの皮の一部を差し出すとコロは美味しそうに食べ、食べ終えるとまた私を見つめるでした。

、最終的にホッケの皮は完食されてしまったのだが、私のホッケの皮を食べつくしたと悟ったコロは、他のメンバーの下に行きウロチョロし始める。しかし、コロの体を気遣うメンバーからは、ホッケの皮が与えられる事は有りませんでした。

 ところがです・・・・。食事が終わりテーブルの片付けが始まると、お母さんはメンバーが残したホッケの皮を何の躊躇も無くコロに与えているではないですか・・・!?




              コロ は次の飼主の元に向かうため夜陰に消えて行った・・・。



 コロは待ってましたのばかりにホッケ皮を食べ尽くし、食べ終えると外に出て行き夜陰に消えて行くのでした。

 あの時の私の悩みはやメンバーの気遣いは何だったのか・・・?

 私は体から力が抜けてしまいました・・・!!

 コロに してやられた 感じでしたが、すべてがコロの想定通りだったんでしょうね・・・・。

 また来年、コロのとの同じやり取りを見てみたいと思った私でした。

 コロ 来年もお互い元気で会いましょう・・・。


 食事の後、お母さんとお話する機会が有りました。昨年は元気が無く(病気をして退院したばかりだった)直ぐに部屋に行ってしまったお母さんでしたが、今年は以前のように元気にお話をしてくれました。

 昨年会えなかったコロに会えたし、お母さんは以前の元気を取り戻していたし、宿に来る前に気になったいた事が解消された我々は、時間が許す限り語らうのでした。

 我々が寝る時間になっても、外に停まっているバイクのオーナーさん達は戻って来なかった。根室のサンマ祭りがどんなものか? 私は参加した事が無いので分からないが、何処で何をしているのか私は気になってしまいました。

 明日の天気は晴となっているのだが、明後日の北海道は台風18号の影響をモロに受ける予報になっていて、我々にとって明日は貴重な一日になりそうだ。

、今日は予定通りに行かなっか一日となったが、明日は当初の予定通りに走りたいと私は明日のコースを頭でなぞりながら眠りに就くのでした。



                             つづく


                                             平田隆太郎



オータムツツーリングで  山形 次年子 七兵衛そば 更新日 2017.10.16


 昨日の日曜日、山形県大石田の次年子に在るそば食べ放題のお店 七兵衛そば に行って来ました。

 朝夕は少し寒かったですが、雨にも降られず初秋の秋田と山形を楽しく走り、お腹いっぱい山形のそばを食べて来ました。

 七兵衛そば には開店前に到着したのですが 駐車場はバイクと車で満車状態で店の前には開店を待つライダーさんでごった返しておりました。

 私が七兵衛そばを訪れるのは今回で4〜5回目だったと思いますが、これほどのバイクを見たのは初めてで、宮城ナンバーと山形ナンバーで駐車場は満杯、我々秋田ナンバーは小屋の後の草地にスペースを見付けて停める事に・・・・。



       開店を待つ人の殆どがライダーさん達で、幾つかのグループに分かれて待っておりました。



 開店を待つ多くのライダーが駐車スペースを潰していたり、、駐車場のバイクの停め方が安易でもっと多くの車両が停められる状況だったのが私としては少し残念でしたね。台数が多いグループがバイクを止める時は周りの状況を考え、効率の良い停め方をしてもらいたいと思いますね。

 開店時間になり札の順番に呼ばれてライダーさん達は店内に入って行ったが、13番の札を持つ我々も大部屋ではなかったが小部屋のかテーブルに着く事が出来た。

 これだけの数のお客さんに対応するスタッフさんは慣れたもので、決められたルーティーンで仕事をしており最初に漬物が運ばれて来る。この漬物はその時々で変わるのだが、何時来てもどれも美味しいんです。




      最初に美味しい漬物が運ばれて来る。ここのそばつゆは辛い大根おろしに入れて食べるのが特徴。







 暫くしてお椀に入ったそばが運ばれて来る。前回(7年前)私は4杯食べたと記憶するが、今回は3杯が限界だった。7年の間に私の胃袋はお椀1杯分小さくなった勘定だが、私は夕方になっても空腹感は全く無かったですね。




                      今回私は3杯が限界でした。




    このおじさんがそばを打ち続け、後ろのおばさんが茹あげ、そばは次々にテーブルに運ばれて行く流れ作業。


 我々は1名1200円の代金を支払って店を出たのだが、外にはまだ多くの人達が呼ばれるのを待っていました。土・日・祝祭日はこんな状態らしいですが、平日は待たずに食べられるようですよ・・・。

 バイクに乗っても暫くウエスト周りがきつかった私だが、久しぶりに山形のおそばで満腹・満足した七兵衛そば訪問でした。



                              おわり


                                              平田隆太郎



FUNKY IN HOKKAIDO Part34  2日目 PartT 更新日 2017.10.14


 北海道2日目の朝、年寄りは6時過ぎに目が覚め暫く布団の中でグダグダしていたのだが、昨晩は暗くて分からなかった外の様子を見る為外に出てみる事にした。

 昨晩激しく降っていた雨は上がっており、空は一部青空も見えていて今日はドライ路面で走れそうな感じで一安心である。




          ふかふか亭さんの外観。 ログハウスの建物はまだ新しく内部も綺麗。




      宿は高台に建っていて、道路脇の牧草地は北海道では珍しいサラブレット馬が走り回る馬の牧場です。



 高台に建つふかふか亭さんは、狭い坂道(一部破損しているがアスファルト舗装)を上って宿に到着するのだが、昨晩の到着時暗くて雨が降っていて前が良く見えずゆっくり走っていたら、突然キツイヘアーピンカーブが現れ年寄りは思わずエンストしてしまった。

 GSX−R1000のようなSS系のバイクは、ローギヤのギヤ比が高いためゆっくり過ぎるとエンストする事が偶にある。そんな弱点をカバーする為、新しい L7 GSX−R では、エンジンが止まりそうになると勝手にスロットルを開いてエンストを防ぐシステムが付いているらしい。

 最新のバイクはライダーに優しいシステムが多数搭載されており、お年寄りライダーからエキスパートライダーまで誰でも?乗れる仕様になっているようである。

 宿へのアプローチロードを見ながらそんな事を考えていた私だったが、ふと振り向いてバイクを置場の方向に視線を送ると・・・・私は一瞬言葉を失ってしまった・・・・!?

 「 ・・・・・・・  ヤベェーーーッ 」




     青いバイクの左側スペースに、2台のバイクが折り重なって倒れているのを見た私は一瞬凍り付く・・・。
  (バイクが転倒しているのを発見した時私はカメラを持っていたのだが、気が動転していてその写真は1枚も無い)



 何と私のGSX−Rを下にブラックバードが上に載った状態で、バイクが倒れているではないですか・・・!?

 私は一瞬固まってしまったのだが、直ぐに我に返り急いでバイクに駆け寄りブラックバードを立てようとしたのだが・・・ビクリともしなかった。

 傍にいたブラックバードのオーナーさんと力を合わせ、何とか重いブラックバードを引き起こしたのだが、サイドスタンドは根元まで地中に埋まっておりました。

 ブラックバードの可倒式ミラー(左)は折れ曲がり、そのつけ根のアッパーカウルの端がパッカリ割れておりまして、スクリーンは取付穴付近までクラックが入っていたものの割れてはおらず不幸中の幸いでした。

 割れたカウルは接着して修復は可能だがスクリーンが割れた場合交換しか無く、修理代が万単位になってしまうし、このMRAのスクリーンはドイツからの輸入品で在庫が無いと直ぐには手に入らないのだ。

 ブラックバードを外に出した後、次は私のGSX−Rを起こす番となった。GSX−Rは左側の壁に寄り掛かるように倒れていて、私はダメージは少ないだろうと診ていたのだが、とんでもなかった・・・・!?




         左のミラーは無くても走る事は可能だが、ウインカーが無くては走れない・・・・困った・・・。



 北海道ツーリングはまだ何も始まっていないのに、私のGSX−Rは左ミラーがポッキリと折れ、ウインカーの配線で垂れ下がっておりました。

     「 ガビィーン・・!!」  って感じィ・・・!?

 倒れたのが新車の青いバイクで無かった事だけが救いだったが、

     「 出だしからこれかよ・・・!」  って感じでしたね・・・。

 バイクを倒れた原因を考察してみる。倒れたのが壁側の2台だけで中央の青いバイクが転倒していなかったのを診ても、壁側の地面に倒れた要因が有る事は明らかだった。

 昨晩バイクを停めた時サイドスタンドは沈み込む感じは無く私は下に敷くプレートも探さなかったのだが、そのサイドスタンドが根元までめり込む原因として考えられるのは・・・昨晩の強い雨だな・・・。

 バイク置き場の屋根を見ると私がバイクを停めた壁側に傾斜しており、屋根に降った雨は全て壁側に流れ落ちる構造になっていた。その雨は地面に落ち(雨樋は無い)そして地中に浸透していった(堰等は無い)と考えられる。

 その雨が我々がバイクを停める屋根が掛かった地面にも浸透、土壌が雨水で流動化し地面が耐力を失いズブズブになって、サイドスタンドが根元までめり込んだものと考えられる。

 今回の転倒は明らかにこのバイク小屋の構造的欠陥だと思われ、宿に損害賠償を請求してもおかしくはない案件だとは思ったが、私は初めての宿でもめたくなかったので何も言わずに道具を借りて修理する事にしました。

 しかし、倒れたのが私の10万km近く走ったGSX−Rや13万km走ったブラックバードではなく、1500kmしか走っていないピカピカの新車GSX−R1000R L7だったら話は別で、カウル損傷で交換となると被害は10万円は下らないと思われ、きっと宿側に話し合いを申し込んだでしょうね・・・。

 起きてしまった事はしょうがない訳で、問題はこの事態にどう対処し、これから始まろうとしている北海道4日間をどう楽しく走れるかであった。

 簡単なのはミラーを交換する事だが直ぐに手に入る可能性は無く、この垂れ下がったミラーをどのようにしてミラーステーに取り付けるかだった。

 私のGSX−Rのミラーはウインカーを内臓したタイプだが、左ミラーは無くても走れる(保安基準的にはアウトかな)のだが、ウインカーが無くては危なくて走行は出来ない。応急処置としてウインカーだけをミラーステーにテープで留める方法も考えられるのだが、走行中の振動や風圧で脱落する可能性も有る。

 それよりもそんな状態で四日間北海道を走リ周るのはあまりにもブサイクで、私が転倒してミラーを壊したと観られるのもシャクだし、何よりもそんな状態で走る自分をバイク屋のプライドが許さなかった。

 私はミラーを原型に近い形で修復すると決めたのだが、手持ちの材料と道具(宿で借りられる道具を含め)でどのような修復方法取れるかを考えた。

 宿のオーナーさんにドリルと細いキリが有るかを尋ねると、オーナーさんが木工細工をする時に使うドリルと細いキリを持っていると言う。そこで私は、携帯しているステンレスワイヤーでミラーを固定する修復方法を取る事にしたのである。




      オーナーさんが感心しながら見つめる中、私(GSX−Rの陰にいる)は修復作業を進めたのだが・・・・。



 先ずは壊れたミラーのプラスティック片を拾い集め、それにドリルで穴をあけ一個一個ステンレスワイヤーで縫い合わせていく。それはそれは細かい根気の要る作業なのだが、作業を進めるにあたり一つ問題が有る事が判明した。

 私は仕事をする時はいつもメガネ(老眼鏡)を掛けて作業しているのだが、ツーリングにはメガネは持ち歩かない主義?(紛失必至の為)の為、メガネが無い作業は何とも不自由だったのだ。宿に老眼鏡が無い事は宿帳を書く時に確認済み(これからの宿に老眼鏡は必須だと思います)で、私は目を細めたり大きく見開いたりして作業を進め、何とか形になって作業を終えたのは1時間半後でしたね・・・。




ワイヤーで壊れたパーツを縫い合わせた後テープで固定し作業は終了したのだが、ダメージはそれだけではなかった。




     この写真は秋田に帰って来てから撮影したものだが、1時間半に渡る私の格闘の結果である。




取付に設計ミスが有りミラーの取付角度が少し下向きだった。その為後方確認時少しかがみこむ必要がありました。




            ブラックバードの応急処置は割れた所にテープを張って終了。




私がミラーを修理していた横でブッラクバードのオーナーさんがGSX−Rのフロントブレーキレバーを握ったら・・・?



 ミラーの修理は終わったのだが、ミラー修復作業中に新たな問題が発覚していた。それは私のGSX−Rのフロントブレーキレバーがスカスカだった事だ。

 確認したら右側のブレーキキャリパーにホースを固定するバンジョーボルトが緩んでいて、そこからブレーキフルードが漏れていた。ブラックバードが私のGSX−Rに倒れ込んだ時、何かがキャリパーに取り付いているバンジョー(ブレーキホースをキャリパーに取付ける金具で楽器のバンジョーの形をしている)を押してしまったようで、その力がバンジョーボルト(バンジョーを固定するボルト)を時計と反対方向に供回りさせ緩んでしまったようだ。

 ブレーキマスターのフルードカップにはフルードが下から1cm位しか残っておらず、このままでは走行が難しい(リヤブレーキだけで走るのは辛い)な状態だった。

 キャリパーのバンジョーボルトを締めて漏れは止まったのだが、ブレーキラインにエアーが入ってままでエアー抜きの作業が必要だった。エアー抜きにはキャリパーのブリーダーに接続するホースとブレーキフルードが必要となるのだが、ホースは携帯していたがブレーキフルードはさすがに持っていなかった。

 ブレーキフルードはスタンド等でも入手可能と思われたが、我々が使用するDOT4規格のフルードは入手が難しい(車は沸点が低いDOT3を使用る場合が多い)と思われた。

 先ずはフルードを入手出来る所まで行く為、フロントブレーキを使えるようにする作業に入る。ブレーキレバーを何回も操作するとブレーキラインのエアーがブレーキマスターに上がって来てフルードカップにエアーが抜け、完璧ではないがある程度ブレーキが効く状態にはする事が出来る。



                      ふかふか亭の朝食はワンプレートでシンプル



 作業を終えた私は一人遅い朝食を取りながら、オーナーさんにDOT4のブレーキフルードを売っていそうなお店がないか相談すると、隣町の静内にオートバックスが在ると教えてくれる。オートバックスならDOT4を置いている可能性が高く安心したのだが、一つ問題が有った。

 オートバックスの開店時間はAM10:00らしく、開店まではまだ1時間以上あって暫く待たなければならなかったのだ。オートバックスへは15分位で行くらしいのだが、十時開店でエアー抜き作業を終えて静内を出発するのは10時半頃か・・・。

 この宿を8時に出発する予定を立てていた私だが、2時間半遅れの出発となれば今宵の宿の在る根室花咲港に明るい内に到着するのは不可能と思われ、下手をすると昼食を食べる時間も無くなる可能性が高かった。

 しかしオートバックスに行かなくては北海道ツーリングは始まらない訳で、我々に他の選択肢は無く(実はもう一つ有った事を後で知る)開店時間の10時に合わせて宿を出発する事にした。

 宿のオーナーさんに見送られた我々は静内のオートバックスへ向かったのだが、宿から下の道道に出るとそこには昨晩は見えなかった綺麗な牧場が道路脇に延々と繋がっていた。

 ここの牧場はサラブレッドを育てるお馬さん達の牧場(詳しくは知らないが有名な馬の牧場も有ったようです)で、北海道各地で観られるお牛さんの牧場と違い起伏が無く平らな牧場(走り易いようにかな?)が並ぶこの風景、北海道でもこの地域だけでしか観られない景色なのである。




            静内のオートバックスに到着したが、開店まで15分程待つ事になった。



 国道沿いのオートバック 静内店に到着するとスタッフさん達がタイヤを外に出したり開店準備で忙しそうに動き回っていた。中に入れてくれと言うのをグッと堪えて開店時間を待っていた私だが、国道の先にホーマックの看板が見えていた。

 ホーマック?  ホーマックでもバイクや自動車用品を販売しているし、開店時間は確かAM9:30じゃなかったか・・・?

 ここでの30分は勿体なかったが今更ホ-マックに行くのも面倒で、エアー抜き作業の準備をしながら私はオートバックスの開店時間を待ったのでした。

 開店時間になり一番に店内に入った私は、スタッフさんにブレーキフルードの棚に案内してもらったのだが、DOT3の1L缶に隠れてDOT4カストロール500ml缶が一本だけ有りました。

 最悪DOT3でも良いと考えていたのですが、これで気兼ねなくブレーキを掛けられると一安心でした。

 先ずはフルードカップにカストロールのDOT4を満たした後、マスターシリンダーのブリーダーにビニールホースを接続、そのホースをお茶の入っていた500mlペットボトルに差し込んで私はエアー抜き作業を始める。次に右キャリパーのエアーを抜き、最後に左キャリパーのエアーを抜いてブレーキラインエアー抜き作業は終了する。

 これで今回の北海道ツーリングに走り出す体制が整ったのだが、アクシデントから始まった今回の北海道はその後もただでは済まない展開をみせるのである。



                               つづく


                                               平田隆太郎




FUNKY IN HOKKAIDO Part34  初日 更新日 2017.10.9


 FUNKY北海道も今年でPart34 となり私も70歳に手が届く年齢になったが、何とか今年も行ける事になりその朝を迎えた。

 昨晩降っていた雨は殆ど上がっていたが、西の空には黒い雲が見えていて秋田港のフェリー乗り場まで雨が降らない事を願いながら店を出発する。




    出発の朝、昨晩の雨は上がっていたが、怪しい空模様。今回の北海道は3台で走ります。



 今回のFUNKY北海道の参加台数は3台、1台は慣らしを終えたばかりの GSX-R1000R L7 で北海道でどんな走りを見せるか楽しみではある。

 我々が横山金足線を土崎に向かって走って行くと、正面にフェリー乗り場の横に建つセリオンが見えてきた時、前方に黒い雲が現れ雨粒がポツポツと落ちてきた。そしてそれがアッという間に激しい雨に変わってしまったのである。

 フェリー乗り場は目の前で、ここで雨具を着るのはただ濡れるだけなので私はそのまま走り続けたのだが、フェリー乗り場に到着する頃には雨は上がっていた。しかし、乗船待ちをしていると再び雨が降り始めそれは10分位で小降りになったのだが、この寒気によると思われる局地的に降る強い雨(秋口に多い)、これ以降も我々に大きな影響を与える事になるのである。

 結局、雨具の上だけを着てフェリーに乗り込んだ我々は、雨具をフェリーの荷物棚に干して客室に向かったのだが、この秋田港と苫小牧東港を結ぶ新日本海フェリーは6月末に船が新しくなっていて、以前の船と少し勝手が違っていた。

 私は7月に一度新しい船に乗っていたので分かっていたつもりだったのだが、年寄りは18年間乗ったフェリーの配置がしっかり身に付いていて、新しい船内配置図ソフトを書き換えるのが簡単ではないのです。私は客室に向かうつもりで男子トイレの前に立ったりで大変でした。

 この新しい船、新日本海フェリーの他の航路に高速船が導入されたのに伴うおさがり船で、今まで秋田航路に使われていた船は韓国とベトナム?に売られて行ったようである。

 以前の船と新しい船の基本的な構成は同じなのだが、大きく変わったのは以前の船に沢山有った雑魚寝部屋ツーリストJが新しい船には1室(定員12名分)しかなくなった事である。

 以前のツーリストJ部屋は定員の半分位しか人がおらず、一人で数名分のスペースを使えるのが普通だったのだが、船が新しくなってそれは難しくなってしまった。

 秋田から北海道に向かう時は日中なのでそれでも問題は少ないのだが、帰りの船(夕方苫小牧東港発って朝秋田港着)の場合は隣の人の寝息が気になって寝られない事も考えられる。

 その為私は往きをツーリストJ 復りをツーリストB(2段ベット部屋)で予約したのだが、ツーリストBを利用するとツーリストJより少々料金がお高くなってしまいます。しかし、往復割引を利用する事で復りのツーリストBツーリストJと同程度の料金で利用出来ますので往復がお勧めです。

 一つ気をつけたいのは、新日本海フェリーの場合往きと復りを別々に購入した場合、自動的に往復割引が適用されない事で、別途手続きする必要が有りますのでご注意下さい。

 無事乗船を果たしは我々は、いつものルーティーンに従って行動を開始する。先ずは九時過ぎから始まるBINGO大会だが、会場は以前の船と違ってビデオシアターとなり会場が狭くなったので、混雑時は大変かもしれません。





 今回のBINGO大会の戦果は、私がソフトドリンク券、他のメンバーがハガキセットをゲットしたのだが、今回も2千円の金券をゲットしグリルで豪華ランチの夢は叶わなかった。

 私はソフトドリンク券でペプシコーラを頂いたのだが、会場が変わって幸運の女神が宿るテーブル?(これまで二回金券をゲットしているテーブル)が無くなってしまったのが何とも残念である!?







 BINGO大会の次のルーティーンは、10時から始まる映画鑑賞。今回の映画は「人生、いろどり」という四国の山の中で葉っぱを商いするビジネスモデルを開発した人々のお話だった。







 映画のモデルとなった料理に添える葉っぱを売って商売にしているお話は以前テレビで観て知っていた私だが、ただ山から葉っぱを取って来て売っていると思っていたらそうではなくて、お客さんの要望をリサーチしそれに対応した体制を構築し葉っぱを供給するシステムを作り上げた事をこの映画で知りました。納得でしたね。

 出演者も豪華で良く出来た映画だったが、テレビ以外で映画を見る事が無い私(少なくても私は20年は映画館で映画を観ていない)は、このフェリー内での映画鑑賞は貴重な時間となっています。

 映画が終わると昼時で次のルーティーンはランチとなる。フェリーは津軽海峡に入って竜飛岬が近くに見えていたが、津軽海峡に入って船が揺れなくなった。今日の日本海は九州の西方まで進んできた台風18号の影響かどうかは分からないが、結構ウネリが大きく船は大きなピッチングとローリングを繰り返していた。白波が立つ海原を、フェリーの船首は大きな水飛沫を上げながら走っていましたね。

 フェリーは太平洋に出ても大きく揺れる事はなく無事北海道に接岸する事になるのだが、現在九州西方に在る台風18号の予想進路は、九州から本州を縦断して北海道に来る進路になっていて、私は四日後に乗る帰りのフェリーの事が心配になってしまった。


 新日本海フェリー内での私の定番ランチはカレーとなっているのだが、今年は昨年見て美味しそうだったスープカレーにチャレンジしようとしたらメニューに無かった? 結局これまでの経験からカレーに落ち着く事になったのだが、他のメニューにチャレンジする勇気が無い私なのであった。

 壁には札幌の有名ラーメン店の名が有ったのだが、私の中ではこのフェリーでラーメンには行けないなぁ・・・!?

 今回新しい船のレストランで初めて食事をしたのだが、印象的だったのはレストランスタッフの対応だった。以前の船のスタッフは普通に事務的だったのだが、この船のスタッフはお客様目線で懇切丁寧な対応で好印象でした。設備がどうのこうのでは無く、スタッフの印象が良いと料理も美味しく感じますね・・・。




            レストランは以前無かった外が見える窓が有って明るい雰囲気になった。



 昼食の次はお昼寝タイムで私は客室で横になったのだが、二時半には目が覚めてしまいロビーに行ってソファーに腰を下ろす。すると・・・三時から船上コンサートが有るとのアナウンスが・・・。

 この秋田から苫小牧に向かうフェリーでは、三時からコンサートが行われている事は以前から知っていた私だが、寝ている事が多くこれまで一度も行った事が無かった。暇つぶしというと申し訳ないが、良い機会なので私はコンサートが行われる5Fのコンサート会場に向かったのである。




              楊 美希さんは神戸を中心に活躍するピアニストらしいです。



 ピアノコンサートは、船上コンサートとあって?映画 戦場のピアニスト の中の曲から始まったのだが、船内の演奏とあって電子ピアノ(音も調整のいまいち)で、ピアノ本来の音でなかったのが少し残念でした。


 楊 美希 さんは神戸を中心に活動している有名な方のようでして一週間の予定でこの船に乗っていたようなのですが、台風18号の影響で船の欠航が決まり今回の演奏が最後に帰る事になったと残念がっていました。その話を聞いて私はまた帰りのフェリーが心配になってしまったのだが・・・ 成るようにしか成りませんから・・・。




              苫小牧東港が見えてきた。 天気は良さそうで安心したのだが・・・。


 そして定刻の5時20分、フェリーは苫小牧東港に接岸、我々は北海道の地に降り立つのであった。

 今宵の宿は今回初めて泊まる宿で、苫小牧東港から襟裳岬方面に少し走った新冠(サラブレッドの牧場が沢山有る)に在る 旅人宿 ふかふか亭 さんである。

 高速を使っても1時間は掛かりそうな距離なので到着時は暗くなっていると思われ、街灯も無い田舎道では周りが見えず迷わないか心配された。しかし、以前に数回走った事の有る道路の脇に在る宿なので、迷う事は無いかな・・・?

 フェリーから降りると国道に出る道が今回も渋滞していて、昨年も使ったJR浜厚真方向へ右折し国道に出る。苫小牧方向に少し戻って厚真ICから高速にのった我々は日高門別ICを目指したのだが、前方に雲の下で雨が降っていると思われる黒い雲が見えてきてポツポツと雨粒が落ちてきた。

 結局、少し雨には当たったもののずぶ濡れになる事を免れた我々は、高速を降り国道235号の乾いた路面を新冠へと走る。

 新冠の街に近づくと路面が次第に濡れて来て、街手前の信号を右折し宿が近くなると結構な雨が降って来た。ふとミラーを覗くと、最後尾を走っていたGSX−R1000R L7が遅れ始めていた。GSX−R1000R L7 のヘッドライトはLEDなのだが、このLEDランプ見た目は明るいが路面は暗いのが特徴?で、濡れた黒い路面では殆ど役に立たなかったらしい。

 街灯も無い真っ暗な田舎道、前の2台は55W HIDランプ の光で問題無く走れていたのだが、L7はセンターラインを頼りにビクビクしながら走っていたようである。

 その後の夜間走行ではL7を二番手にして前後から挟んで走行するようにしたのだが、L7のLEDヘッドランプは一体式でバルブを明るい物に交換する方法は使えない。私はL7の夜間走行の安全性を増すという宿題を出されたのだが、解くのは難しそうだなぁ・・・。

 Google earth で宿の入口の映像を予習していたのが功をそうし、私は暗闇の中から宿入口の看板を発見、我々は無事宿に到着する。宿の壁にはバイク置場の表示が有り(バイクを置場を表示して有るのは後に移動しなくても良いので助かる)宿の第一印象は好印象だった。

 バイク置場は鉄パイプ組の屋根の掛かった物だったが、地面は舗装されておらず砂利を敷き詰めただけのものだった。この駐輪場で今回の北海道ツーリングに大きな影響を及ぼす事件が発生するのだが、その時の我々は知る由もなかったのである。

 バイクを止めると宿のオーナーさんが懐中電灯を持って出て来て迎えてくれたのだが、私はバイクを小屋の左端に停めてサイドスタンドを出す。地面は砂利が敷かれた土だったのでスタンドの沈み込がないかを確認、私は荷物を降ろし玄関へ向かう。

 我々はオーナーさんの案内で部屋に行き濡れたライディングウェアーを脱いだのだが、この宿は温泉に送り迎えするシステムを取っていて、風呂は無くお風呂には入れなかった。温泉に連れてってもらうには宿に六時まで到着する必要が有るのだが、それは秋田からのフェリーで来ると絶対に間に合わない時間だった。

 オーナーさんは宿を予約する時フェリー内の風呂に入って来る事を勧めていたが、今日はフェリーに乗って来ただけなので、そこまでして風呂に入る気はないかな・・・。

 この宿の夕食は温泉から帰ってくる時間を考慮してか七時半からとなっていて、夕食まで暫く時間が有ってお腹が空いてしまった。夕食が七時半からというのは、腹が減り過ぎかもしれません。

 私の勝手な考えだが、夕食を六時からとし温泉に行くのを七時半とする方が何かと良いと思うのだが、それぞれ宿には事情が有るでしょうから何とも言えません・・・。




      明日からの北海道に向けて乾杯したのだが、外からは結構な雨音が聞こえて来ていた・・・!?



  我々は夕食までの時間を部屋で潰した後食事が出来たの声で食堂に行き、先ずは明日からの北海道の無事を願って空きっ腹にビールを流し込む。

 夕食のメインはシカ肉のシチューだったが、シカ肉の下処理が少し足りない感じだったのと、ボリュームが少し足りない感じがしたのが残念だった。全体的にはバランスの良い美味しい夕食でしたが、この料理で若い男性がご飯を何杯もお替りするのは難しいかもしれませんね。

 私には丁度良いボリュームでしたけど・・・。




 ふかふか亭の夕食 今はやりのジビエ(鹿肉のシチュー)料理だったが、男性にはボリュームが少し足りないかなぁ・・・。



 食事は甲子園球場のすぐ傍に住むという五〇歳代?のご夫婦と一緒だった。今回はレンタカーで北海道を回っているお二人だったが、いつもはバイク(タンデム)で北海道を回っているという。

 食後お酒を頂きながらバイクや北海道の話で楽しい時間を過ごさせていただいたのだが、FJRに乗るという旦那様からは酒のツマミを差し入れして頂き恐縮してしまった。我々はお酒は確保していたのだが、宿に来る前にコンビニに寄る事が出来ずツマミ無しで飲んでおりまして、本当に助かりました。

 初めての宿だとシステムや勝手分からず戸惑ってしま事がよく有るのだが、宿でツマミを確保出来ると考えていた私が甘かった。その点勝手知ったる定番宿はそんなリスクも無く安心して泊まれるのだが、今回私は四泊する内の三泊を初めての宿にするというチャレンジャーな計画を立てていたのです。

 その事が良くも悪くも我々に影響を及ぼす事になるのだが、先が短い私は定食だけでなく新しいメニューも食べてみたくなるんですよ これが・・・。

 語らいは十時過ぎまで続き就寝となったのたが、外では豪雨とは言わないまでも結構激しい雨が降っていて、屋根に当たる大きな雨音を聞きながら私は眠りに就くのだった・・・。


                    >> 二日目につづく <<


                                                平田隆太郎



北海道の魅力 非日常空間 宇宙旅行!? 更新日 2017.9.22


 一昨日、私はFUNKY34年目の北海道から無事帰って来たのですが、二日経って日常生活に戻ると数日前の北海道は夢だったのではないかと思ってしまいます。

 例えるなら、フェリーという宇宙船に乗って宇宙に飛び出し、バイクという宇宙艇で星々(北海道各地)を旅する非現実的で非日常的な空間、それが私の北海道ツーリングなのです。

 決して現実から逃避するために北海道に渡っている訳ではなく、日頃の生活から離れ北海道の大地でバイクを楽しみ、美味しい物を食べ、人に出会い語らったその5日間、秋田に帰って来て日常の生活に戻るとそれはまるで夢だったのではないかと思えてしまうのです。

 アクシデントや台風やら色々有ったその宇宙旅行のお話は、少しづつになると思いますがこの場でレポートしたいと考えています。

 少しだけ写真を載せておきます。




北海道初日は(前日はフェリーから宿まで走っただけ)左ミラーの修理から始まったのだが、損害はこれだけではなかった。




                      襟裳岬は風も弱く青空が広がっていました。




     出発が2時間半遅れた為昼飯抜きで走り続けた我々は、夕方厚岸で生ガキを食する。 美味かった・・・。




根室花咲港の宿 一福 の夕食 通常花咲ガニは一人一匹なのですが、一匹サービスで食べるのが大変でした。




            二日目も青空が広がる良い天気 先ずは最東端の納沙布岬に来ました。




               特殊鋼で造られた鉄のオブジェ 四島のかけ橋




 昔訪れた時は、左の斜面の真ん中の線の上まで足跡が付いていた?のですが、今回は下の線まででしたね・・・。




           昼食は中標津の回転すし店 花まる(本店は根室) でお寿司を頂きます。




             上は あぶりさば   どの寿司も回転寿司とは思えないクウォリティーで美味しかった。



今回頂いた寿司の一部 小旗が付いているのは食べた種類が分かって良いシステムですね。 旬のサンマが旨かった。




中標津空港近くのお店でソフトクリーム (ランク A−)を頂きました。 ジェラートや飲むヨーグルトで有名なお店のようです。




                       開陽台前の有名な直線で久しぶりに写真撮影。




                開陽台の展望台が新しくなって15年近くなると思うが・・・。




  昔の展望台の写真が飾って有りました。私はこの展望台の方が多くの思い出が有りますね。




         開陽台からの景色 ゴマのような点は牛さんです。ナイタイ高原牧場と同じ感じです。




     今回は霧が無い摩周湖   手前の木々が年々伸びて来て、毎年視界が狭くなっている裏摩周展望台。




      清里町緑の鮭が滝を上るという滝を訪れたのですが、残念ながら鮭の姿は有りませんでした。




        知床峠は辛うじて雲の下でしたが、展望は微かに国後が見えるだけでしたね。



          オシンコシンの滝を観光しながらオホーツク海に夕日が沈むのを待ちます。




             残念ながら夕日は海では無く、雲に沈んでいきました。




3日目の朝、雨はそんなに降っていなかったのですが、清里から川湯に到着(9時半頃)すると雨と風が強くなってくる。




予定では糠平まで行く予定でしたが、動ける状況では無くなり川湯温泉に泊まる事に・・・。夕方には風雨が納まりましたが・・・




 最終日の朝、天候は回復しましたが吹き返しの風が強かった。バイクは台風に洗車され綺麗になっていましたね・・。




                宿の前の川湯から砂湯に向かう道は倒木で通行止に・・・。



        道路はこんな感じ。  緑の絨毯が綺麗でしたが、バイクで走るのは滑りそうで怖かったです。




                        天気が良かったので美幌峠に来ました。




                       こんなに晴れた美幌峠は久しぶりでした。



                                             平田隆太郎





GSX-R1000Rの実力 今どきのバイクは凄い・・・!! 更新日 2017.8.28


 今日慣らしを終えたGSX-R1000R L9に乗る機会が有った。前回は4千回転まで回した印象を書いたが、今回は回転を上げて走った印象を書いてみたいと思います。

 回転を上げて走ったGSX−R1000R本来の第一印象は、ハンドリングや操作系を含め全てが軽いという印象でした。

 以前に乗ったGSX−R750に乗っている感じで、私のGSX-R1000 K5 と比べ良く言えば軽快、悪く言えば落ち着きが無いという事になるかもしれません。積極的に操作を行うレース等にはこの軽快さが長所になると思いますが、ツーリング等の一般道で使用する場合はもう少し安定感が有った方が疲れないような感じがします。

 このバイクをツーリングに使用する人は少ないと思いますからSUZUKIの味付けはこれで良いと思うのですが、ツーリングライダーの私としてはもう少し安定感の有った方が良かったかなと思います? しかし、タイヤ等でもその印象は変わりますので、ツーリングライダーのオーナーさんは色々と試してみるようです。




ヘッドライトの左右に出た髭?(LEDランプ)がカッコイイ  見た目は非常に明るいLEDヘッドライトだが視認性はH4並み?



 オーナーさんからエンジンをフルに回す事を許された?私はレッドゾーンまで回してみたのだが、加速は私のバイクとそんなに変わらなかった。L7は200PS、K5は180PS位で、パワーはL7の方が10%程大きい筈なのだが、使用したギヤが1速と2速でタイヤのグリップ限界が有り、トラクションコントロールやウイリーコントロールが働いて200PSは発揮出来なかったと思われます。

 この時のドライブモードはA(規制無し)、トラクションモードは5(OFF or 1〜10段階まで有って10が介入が最小)だったが、1回だけフロントが軽く浮きましたね・・・。

 私のK5の場合、1速や2速ではフロントが浮かないよう慎重にスロットルを開けるのですが、L7の場合一気にスロットルを開けてもフロントが上がる気配は無く、余計な気を遣う事が無く走りに集中する事が出来ました。こんな所が最新のバイクらしい所だが、もう一つ感心したのはギヤダウン時シフトペダル操作だけでシフトダウンが行える事でした。

 下りの長い直線の先がキツイコーナーになっている時など、一気に2速のギヤダウンが必要になったりするのだが、そんな時ブレーキングとギヤダウン操作で両手・両足は大忙しになってしまいます。

 しかしL7の場合、左手のクラッチ操作と右手のスロットル操作((ギヤに回転を合わせる為の開け閉め)が必要無く、ブレーキングに集中出来るのです。シフトペダルを操作すると一瞬エンジン回転が上がってギヤが下がり、リヤタイヤが鳴いた事は一回も有りませんでした。

 昨日私はK5に乗って十和田・八幡平方面にツーリングに行って来たのだが、コーナー毎に行うギヤダウン操作を何回行ったか・・・・数え切れません。

 L7はより走る事に集中出来るバイクである事が良く分かった今回の試乗だったが、バイクを楽しむ上でそれが良い事なのかどうか? 私は判断しかねる。

 確かに走りに集中出来て安全に速く走る事は出来るとは思うのだが、速く走る事だけがバイクの楽しみでは無いと思うので、難しい問題だと思います。

 尤も、コーナー手前のギヤダウンが苦手な人にとっては有難いバイクで、より楽しくバイクを走らせる事が出来ますから、高いお金を出す価値は充分有ると思いますね・・・。

また、私のように左手の具合が良くないライダーにとっても有難い装置だと思います。

 走行を終え帰って来ると、エンジン音が前とは違い静かになっていた。エンジンを高回転で回した結果、回転部が馴染み、カムチェーンがしっかり張られたりしてメカ音が減ったと考えられる。1000kmまでしっかり慣らしを行い(回転を段階的に上げて行く)、オイルを交換後にしっかり高回転まで回して高回転の慣らしを行う事が、エンジン本来の性能を発揮させる大事な事のようです。




 ここで十和田湖と八幡平を周った昨日のツーリングの事を少し書いておきます。予定では森吉ダムから大葛に抜け花輪に出る予定でしたが、7月の大雨の影響でまた通行止になっていました。数年前の大雨で暫く通行止になっていたこのルート、昨年ようやく開通したので今年予定に入れたのですが、私が1回も走らない内にまた通行止になってしまいました。

 また岩手県の八幡平樹海ラインがアスピーデラインと藤七温泉の間で通行止になっていて、通り抜けが出来ませんでした。八幡平樹海ラインを下から藤七温泉までは走る事は出来たのですが、私に八幡平樹海ラインを往復する元気は無く諦めました。八幡平樹海ライン走る事を楽しみにしていた私でしたが、面白くもないアスピーデラインで八幡平を越えてきました。




       御鼻部山展望台からの十和田湖の眺め。十和田湖がカルデラ湖で有る事が良く分かる。




  カルデラ湖は火山の噴火口に水が溜った湖だが、十和田湖は何回かの噴火で出来上がったカルデラ湖だそうです。




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                                画像クリックで拡大




   今年も青森県田子の池田ファームで美味しい焼肉を食べて来ました。(写真は残った野菜ばかりですけど・・・。)





               仕上げは八幡平の後生掛温泉に入って汗を流して来ました。



 秋田県内は大雨の影響がまだ多くの所に残っていて、大変な状況が続いています。大曲の花火大会は前日に降った大雨で会場が水没したのですが、開催関係者の努力で何とか開催する事が出来たのは良いニュースでした。

 しかし、昨日を走ったいたる所で道路が崩れ片側通行になっている箇所が沢山有りましたし、路上に泥や砂利が散乱している所も沢山有りました。

 秋田は朝晩涼しくなって秋モードになって来ましたが、今年のバイクシーズンはもう2か月余り、天候の安定した自然災害の無い秋になってくれるよう願う今日この頃です。


                                           平田隆太郎




amazon prime のCMにツッコミを入れてみる・・・!? 更新日 2017.8.23


 最近amazon primeのオートバイが出てくるCMを良く目にする。
https://www.amazon.co.jp/b/?node=5338759051&ref=12

 オートバイ(KAWASAKI W650?)で旅に出ていた若者が、お母さんからメールをもらい近くのお母さんの実家?に立ち寄り、お祖父ちゃんに先立たれ一人暮らしをしているお祖母ちゃんの所に寄ってと頼まれる。

 若者はお祖母ちゃんを訪ね(場所は田んぼが広がる新潟の田舎って感じの農家?沖縄であってはならない)、お祖母ちゃんは突然訪ねて来た孫を迎えてくれたのだが、お祖母ちゃんは足腰が弱って(年齢は75歳以上と私は見た)心なしか元気が無さそうに見えた。

 孫は納屋で埃にまみれた古いバイク(メグロ スタミナ500単気筒? メグロは後に川崎重工に買収される)を見付け、そして部屋に置かれたフォトスタンドにお祖母ちゃんとお祖父ちゃんが若かりし頃(私には20歳代半ばに見えた)に撮った、ジェットヘルメット(サイドに☆がデザインされている)を脇に抱え納屋のバイクと共に写った写真を見つけるのだった。

 その写真を見た孫はお祖母ちゃんを元気づけようと、自分のバイクのタンデムシートにお祖母ちゃんを載せて一緒に走る事を思いつくのだった。

 孫は早速写真と同じような星がデザインされたジェットヘルメットをamazonのサイトから選び、amazon primeで配達日時指定で注文(amazon prime会員は無料)、次の日お祖母ちゃんはヘルメットが入ったamazonと掛かれた段ボール箱を受け取るのだった。

 一面真っ黄色の菜の花畑の中、星のデザインされたジェットヘルメットを被ったお祖母ちゃんが孫の背中に嬉しそうにしがみ付いて走るシーン(ドローンの空撮が美しい)でCMは終わる。


 このCMを見た年寄りの私はが点灯、ツッコミたくなってしまいました。

お祖母ちゃんの家に到着した孫がシュラフ手に家に入って行くシーンはまぁ良いとして、フォトスタンドの写真に私は思わずツッコミを入れたくなってしまったのである。

 この写真が撮られたのはお祖母ちゃんの感じから少なくても50年以上前(1967年以前)で、当時ヘルメットはまだ一般的ではなく(1965年から高速道路では努力義務にはなっていたが・・・)皆さんノーヘルで走り回っていました。

 私は1965年の3月16歳で軽免許(16歳で取得出来る免許で軽四輪と自動二輪を運転出来た。従って私は二輪の試験を受けた事が無い。私が取得した3か月後1965年7月に軽免許は廃止される)を取りバイクに乗り始めたが、通学時もノーヘルでしたね。

 私の場合、市販車を改造して走るモトクロスレースをする為ツバ付半キャップ(今、族の皆さんが好んで被っているやつ)は持っていたが、通常ノーヘルでしたね・・・。

 ジェットヘルメットが一般的になって来たのは1970年代に入ってからで、映画イージーライダー(1969年)の影響(ジェットヘルは殆どシーシーバーに載せられていたが・・・)も有ったかもしれません。あのフォトスタンドの写真の時代に、ジェットヘルメットを被ってタンデムで走るカップルなんて有り得なかったのである。

 当時市販のヘルメットは単色ばかりで、デザインが施されるようになったのは暫く後(自分で書いた可能性も有るが・・・)の事ですし、お二人の服装を含め私はあの写真に違和感が有りましたね・・・。

 写真に写っている メグロ スタミナ500 は当時(1960年代前半位まで)白バイにも使われていて、私は店に来ていた白バイを見た記憶が有る。白バイにはサイレンが付き物だが、当時のサイレンは後輪にプーリーを押し付けケーブルを介してサイレンを回していたのを覚えている。

 当時消防車のサイレンは消防士さんが手で回して走っていましたが、バイクはそうもいきませんから後輪から回転を取って(自転車の発電機と同じ方式)鳴らしていました。

 お祖父ちゃんはメグロ、孫はカワサキに乗っているのはCM製作者のこだわりなのかもしれませんが、当時メグロの500に乗れるのは商家のボンボンか医者位で、お祖父ちゃんは庄屋の息子さんだったのかもしれませんね・・・?


                                               平田隆太郎




ヘッドライトのLED YAMAHA TW225 の場合 更新日 2017.8.18


 先日ここにハスラー250のヘッドライトをLEDにして明るくした事を書いたが、それを見てヤマハのTW225(TWの最終型限定車)に乗っている方からヘッドライトの相談を受けた。

 TW225のヘッドライトはバッテリーからの12V直流電源を使用(ディスクブレーキになる前のTW200はマグネットからの12V交流電源)しているのだが、バルブは35W仕様で夜間の雨の日等は殆ど見えない状態らしい。

 TW225の場合は、ハスラー250(交流6V)と違って最初から直流12V電源だし、ヘッドライトのレンズの大きさもハスラーで使用した4輪用H4用ライトレンズが使えそうだし、H4バルブ(60/55W)はLEDバルブ(16/16W)を使用すれは標準の35Wを超える事は無く、私は何とかなるとだろうと引き受ける事にしたのだが・・・。

 オーナーさんは、既存のヘッドライトケースの形を変えずにヘッドライトを明るくしたいとのご希望で、社外から出ているH4バルブのライトケースは使えない。ライトケースとライトステーを社外品に変更すればH4バルブは簡単に取付くのだが、TWのイメージを大切にするオーナーさんはオリジナルを出来るだけ変えたくないらしい。

 そして完成したのが下の写真なのだが、簡単に取り付けられると考えていたレンズはリムより2mm程大きくリムを削る事になったし、LEDバルブの後側に付いている放熱板がライトケースに収まらず、ライトケースを改造する事になったりと、結構大変な作業になってしまいました。




           LEDの6300ケルビンの白っぽい光。 上向き1600ルーメン 下向き1200ルーメン




   LEDのコントローラーはライトケース内に収めかったのだが、ライトケースの下に取付けた。(2輪用防水仕様)




          ライトケース後部を削ってLEDバルブを取付たので、雨対策のカバーを製作した。



 オーナーさんの使用した感想は、前より格段に明るくなり夜間安心して走れるようになったと言ってくれたのだが、上向きの配光が中央に集中しているのでもっと全体的に照らしたらより良かったとの事でした。

使 用しているレンズは4輪用丸形4灯用で、灯りが中央に集中(基本上向きは4灯で照らす)しているのは致し方ないのかな・・・? 照射範囲を広げれば中央部が暗くなるだろうし、痛し痒しと言うところですかね・・・?

 このLEDバルブ、消費電力が16Wと少ないのでHONDAのBAJAの様な2灯にしたら、HIDの55W仕様と同等の明るさになるかもしれませんね・・・?


                                             平田隆太郎




秋田県内一番登録  SUZUKI GSX−R1000R L9 ヨーロッパ仕様 更新日 2017.8.2


 今日、SUZUKIから今年発売されたGSX−R1000RL7モデル(逆車ヨーロッパ仕様)を登録してきた。


GSX-R1000R L7 ヨーロッパ仕様  国内仕様との外観の違いは、フロントフォークに取付られた黄色リフレクター位?



 秋田県内では、これまでGSX−R1000L7は数台登録されているようなのだが、GSX−R1000R L7の登録は私が今日登録してきたこの車両が初めてだと思う。

 GSX−R1000L7 と GSX−R1000RL7 と何が違うかと言うと、先ず価格が違う。

GSX-R1000 ABS
参考小売価格\1,868,400
(本体価格\1,730,000)
(消費税8% \138,400)

●GSX-R1000R ABS
参考小売価格\2,192,400
(本体価格\2,030,000)
(消費税8% \162,400)


 価格差は\324,000-
だが、その大部分はフロントフォークの違いかな・・・?

 因みに、GSX−R1000Rには国内仕様が発売されていて価格は
メーカー希望小売価格\2,041,200円
(本体価格\1,890,000)
(消費税8% \151,200)


 国内仕様は¥151,200-お安くなっているが、ヨーロッパ仕様国内仕様の違いは、国内仕様にETC180km/hのスピードリミッターを装備されている事だけのようである。

この価格差を高いとみるか安いとみるかは、人それぞれでしょうね・・・。



サイレンサーが結構な存在感を主張している。どうぞヨシムラのサイレンサーをお取付下さいと言っているかのようである。



 L7は私が乗るK5(2005年モデル)の最新型な訳だが、その12年間の進歩を確認すべく、私はわざわざ仮ナンバーを取って自走で秋田運輸支局に行って来ました。

 車重を測定すると私のK5の方が少し軽かったが、ハンドリングは昔の400ccレーサーレプリカのように軽く(K5より重量が中心に集中している感じかな・・・)扱い易くなっていると感じた。

 足回りはSHOWAのサブタンク付の最新型が装着されていて、ネットのインプレッションではしなやかなショックと書かれている事が多いのだが、私が乗った感じでは結構硬い感じ(私のK5はダンパーを固めに調整しているのだがそれより硬い感じ)だった。




オーリンズと同じようなサブタンクが付くSHOWA製BFFフロントフォーク。 キャリパーはブレンボが付く。



 もっとも、当りがついてくればもう少しスムーズに動くようになるだろうし、1000Rなので標準セッティングが硬目のセッティング(サーキット走行前提のセッティング?)なっているように思う。何れにしても公道に合わせたセッティングは必要と思われます。

 私の最大の関心事はクラッチレスのチェンジ操作(アップ&ダウン)だったのだが、街乗りでは全く問題無くギヤが入り楽と言えば楽だった。しかし、どうしてもチェンジ操作の度にクラッチを握ってしまう自分がいて、慌ててクラッチレバーから手を放しす事を繰り返していましたね・・・。




チェンジリンクの中間に入っている太い所がセンサーでスプリングが入っているようだ。



 それも慣れの問題だと思うのだが、チェンジリンクの中にスブリングが入っている(スプリングが伸び縮みする間にコンピューターが回転を調整している?)為、チェンジのダイレクト感がスポイルされていて、私的には少し違和感が有った。

 しかし、少し慣れてスロットルを戻さずにシフト操作(アップの場合)したら、戻した時よりスムーズにシフト出来たのには驚いた。これはこれで、握力に問題が有る年寄りには良いシステムかもしれません。
 勿論、高回転域で試してみないと本当の所は分からないのだが、技術の進歩は人間を楽にさせる(堕落させる?)事だけは確かのようである。

 エンジンは4千回転位しか回していないので何も言えないのだが、エンジンのメカ音は私の10万km走ったK5より少し静かで、しっかりスズキ独特のエンジン音を奏でていましたね・・・。




                自走の為に取った仮ナンバー市役所で750円で貰えます。



 排気音の規制が今回94dBから96dBになったせいか少し元気な音を立てていましたし、6速で40km/h位でも普通に走れていましたから、低速が強いSUZUKIの伝統は受け継がれているようでした。

 このGSX−R1000Rに乗って、私はホンダの最新CBR1000RRに乗ってみたくなった。

 何故ヤマハのR1ではないかと言う、シート高が850mmを超えるバイクは短足の私には絶対に無理ですから・・・!

 因みにL7(シート高825mm)はギリギリ何とかなりましたね・・・。




エンジン幅が狭くな関係から全体的に車体がスリムになったが、シートしたにはABSユニットが入っている関係から
K5よりサブフレームの幅が広くなっていて、脚付き性はK5より悪くなっている。





表示項目が多過ぎて全てを理解するのは不可能?と思われる液晶ディスプレイ




初回点検までの距離数を表示出来たりする。



 私のK5とL7との12年間の確かな進化を感じた今日の登録作業でした。


                                               平田隆太郎



久しぶりの書き込み  バラエティに富んだバイク達
更新日 2017.7.25


 RYUTA'Sを更新するのは1ヶ月ぶりになる。この間書く事は沢山有って、FUNKYで岩手県北山崎へ行ったり北海道へも行ったのですが、何かと忙しくご無沙汰してしまった。

 仕事も幾らか落ち着いてきたので、これからは少しづつ書いていこうと考えている。

 北海道に行っていた事もあり仕事が溜まっていて、お客様からは 「急がないから・・・!」 と言われている仕事ではあるが、自分的には早く仕事を終えてお盆前にはスッキリしたいと考えていて、自分で自分にプレッシャーを掛けている状況である。

 下の写真は今日の工場内を撮ったものだが、バライティに富んだバイク達が写っている。

 左から修理で入って来たYAMAHA V−MAX(前モデルの最終型)、その右はKAWASAKI スーパーシェルパ(私のバイク)、その隣の黄色のバイクはSUZUKIのハスラー250(2サイクル単気筒エンジン)の最終型で、今回ライトが暗いと云う事で入庫してきた。







 このハスラー電源は6Vでヘッドライトのバルブは6V25/25Wが標準で、オーナーさんの話では夜は危険で走れないレベルの明るさらしい。バイク屋さんに明るいバルブが見つかったからと6V35/35Wのバルブに交換されたようだが、25W発電量のマグネットに35Wのバルブを入れても、発電量が追い着かず明るくはならなかったようである。

 そこで今回、電源を12V化してヘッドライトを明るくする大作戦を引き受ける事になったのだが、私がこの手の改造をするのは初めてで、12V化してヘッドライトを明るく出来るかどうかはやってみなくては分からない状態で引き受けてしまったのである。

 6Vを12Vにするには発電コイルの銅線を巻き直し(6V⇒12Vですから巻数を2倍?)するのが一般的のようなのだが、このハスラーには偶々6Vのコイルが2個装備(ライト用とその他電源用)されていたので、それを直列に接続し12V化する方法を取る事にした。

 それで何とか12V化は出来たのだが、12V35Wバルブを点灯してみると発電量が足りず(コイルが25W用ですから・・・)ヘッドライトを点灯するとバッテリーからの放電量が充電量を上回ってしまった。

 その対策として消費電力の少ないLEDバルブ(H4:16W/16W)を使用して放電量を抑える方法を取る事にしたのだが、結果アイドリング時を除いて発電量が放電量を上回る事に成功する。

 しかし、H4のLEDバルブはハスラーのバルブソケットに合わず、ライトボディを大きさがほぼ同じ四輪用ライトボディと入れ替える事にしたのだが、当然四輪用ライトボディの取付けはハスラーには合わず、取付ステーの改造を行う事になった。

 そんなこんなで1ヵ月(その間北海道へ行ったりもしましたが・・・)も掛かってしまったのだが、今回取り付けたスタンレー製 H4 LEDバルブは、さすがに大手メーカーが作ったLEDバルブ(ファンレス)と思わせるクウォリティーで、明るくて消費電力も少なく耐久性も有りそうなので使えそうですね。

 写真中央の白いスクーターは、走行中にエンジンが止まると入庫した Vespa GTS300ie。そしてその横の青いバイクは、今登録申請中の SUZUKI GSX−R1000RL7逆輸入モデルである。このGSX−R1000Rには登録車検時に少し乗る予定ですので、後日感想を書いてみたいと思います。

 青いバイクの奥には私のGSX−R1000K5)が北海道から帰って来たままの汚れた姿で置かれているのだが、今回の北海道でK5の走行距離は 99.193km になっており、10万kmを終えるのは時間の問題になってきた。

 残念ながら青いバイクは私のバイク(お金がねぇ・・・)ではない。K5⇒L7の12年の間にGSX−R1000がどのように進化したかをもう直ぐ感じられるのだが、私の最大の関心事は年寄りに優しいクラッチの軽さとクラッチレスのシフトチェンジかな・・・・?


                                              平田隆太郎




神室山へ山行 キヌガサ草に会いに・・・
更新日 2017.6.24


 先日、15年ぶりに秋田と山形県の県境に在る神室山(標高1365m)に登って来ました。今回は山までの距離が結構有って殆どが舗装路の為、四輪でのアプローチとなりました。また時間を節約する為高速道路を使用、自分で運転しないでのアプローチは本当に楽チンでした。

 高速を終点の横堀まで走り近くのコンビニで準備を整えた我々は、国道108号に入り秋ノ宮に向かう。国道から神室山へ向かう脇道(県道73号)は15年前には無かったバイパスから入るのだが、入口には小さいが神室山登山口の看板が有るので見落とさなければ大丈夫だろう。

 集落に入って1か所一時停止で左折する所が有るが、それ以降はくねくねした道を道なりに進み、集落を抜けた所で道は砂利道となる。それを道なりに進むと右手に鳥居が見えてくるのでその鳥居の道に右折、道なりに暫く進むと少し開けた所に出て、そこが登山口の駐車場になっている。

 そこには神室山登山コースの看板が立っているので間違う事は無いと思うが、我々がそこに到着した時駐車スペースが満杯状態で止める場所を探してしまった。本来の駐車スペース入口に車が止められていて、中に入れない状態になっていて、駐車スペースが少なくなっていました。

 本来の駐車スペースは草ボウボウで駐車スペースには見えなかったようで、それを知らない登山者が入口に車を止めてしまったようである。奥のスペースが使えればまだ5〜6台は止められたと思うのだが、駐車スペースの草刈りを行うか案内看板を設置してもらいたいと思います・。

 停まっている車のナンバーを見ると殆どが県外ナンバーで、神室山は県外でも有名な山になっているようです。もっとも、県外ナンバーの目的はこの時期しか見られないキヌガサ草に有ると思いますけどね・・・。




     パノラマコースの登り口はこの看板のすぐ右にある。 西ノ又コースは車で走って来た林道をそのまま進む。



 AM8:30 我々は準備を整えパノラマコースを登り始める。パノラマコースと西ノ又コースを周回する今回の行程は長く、私は所要時間8〜9時間を予定しているのだが、時間が掛かるコースなので本来はもっと早くここを出発したい方が良いかもしれません。

 しかし、今は1年で一番日が長い時期で、予定より時間が掛かったとしても明るい内に帰って来られと考え、今回はこの時間の出発とした。秋の紅葉の季節は陽が沈むのが早く、AM6:00には出発した方が良いかもしれません。

 勿論、私みたいなにわか登山者と違い健脚登山家の方々は何時出発しても問題無いとは思いますが、時間的余裕は持ちたいですね。

 殆どの登山者は西ノ又コースをから神室山へアプローチルートを取るが、変わり者の私は15年前と同じ前神室山経由で神室山に向かうパノラマコースからのルートを選択した。

 その理由は幾つか有るのだが、一つは目指す山頂を見ながら景色を楽しみながら歩きたい事と(西ノ又コースで展望が開けるのは最後の1km位)、一つは15年前の印象から胸突八丁坂を登りたくないと思った事かなぁ・・・。

 西ノ又コースから周った方が所要時間は短いと思うのですが、登山は時間ではないと思いますしドラマを組み立てる上では、パノラマコースから登った方が楽しいと私は思いますです・・・。




            パノラマコースの最初は急登から始まるのだが、胸突八丁坂程ではないです。




いっぷく平の看板   登り始めてここで一服するのがスタンダード? しかし我々はここに来る前でいっぷくしちゃいました。



 いっぷく平を過ぎると急登は無くなり展望も時々開ける。眼下には秋の宮の集落や国道108号が見えていて、その向こうには高松岳や虎毛山、そしてその奥左手にはまだ雪が多く残る焼石連峰が見えていました。

 尾根道の両脇からは郭公やセミの声が煩いほど聞こえていて、我々を励ましてくれているようでしたね・・・。




          秋田市では4月に咲くコブシの花だが、ここでは2か月遅れで今咲いていました。





     雪が融けた後に咲くのはカタクリの花とバッケだが、ここではバッケ(フキノトウ)は見られなかった。




                     小さな可憐な花々だが名前は・・・?




     この花の名はイワカガミ ここのイワカガミは昨年焼山で見たイワカガミより小ぶりでピンク色が濃い。



 コブシやカタクリの花が見られた後、雪渓が現れる。急登は無くなったが幾つかのピークを越えながら、我々は前神室山への長いアプローチを一歩一歩足を進める。

 森林限界を越え周りを見渡せる場所に出てふと振り返ると・・・そこには・・!?

 これまで見た事のない姿の鳥海山が・・在りました。

 15年前に前神室山に登った時、鳥海山は雲に隠れ見えなかった為に私は今回初めてここから鳥海山を観たのだが、富士山のように大きく裾野を広げ雪を頂いたその姿は本当に美しかった。

 そして山形県側に視線を移すと月山が雲の上に浮いていて、それもまた美しかったのである。




  ここから観る鳥海山は均整の取れたドッシリとしたお姿だった。(画像クリックで動画が見られます)




前神室山山頂直下まで来た時、ふと振り返るとそこには絶景が広がっていた。手が届きそうな所に鳥海山・遠くに月山の白い峰々が美しい。(画像クリックで拡大画像)



 鳥海山に魅了された後、我々は前神室山の山頂に立つ。ここまで3時間半程掛かったが想定内の時間である。前神室山から神室山を望むと、さっきまで見えていた山頂部にガスが掛かって見えなくなっていた。




                         前神室山(1,342m)山頂到着




 この尾根の先(左)に神室山山頂が見える筈なのだが、ガスが掛かって見えていない。 (クリックすると拡大画像)



 暫しの休憩の後、我々は神室山に繋がる尾根道を歩き始めたが、1000m越えるこの尾根でも郭公が我々を励ましてくれているのには驚きました。




             山頂を見ながらの尾根歩きは快適なのだが、天気が少々残念だった。




                 県境沿いの尾根を伝うと水晶森に至る。




                       こんな花々も目を楽しませてくれた。




           神室山は山形・秋田・宮城県にまたがる栗駒国定公園の中に在ります。



 前神室山から神室山までの尾根歩きでは、西ノ又コースから登った登山者の皆さん(カップルやグループで十数名?)とすれ違ったのだが、前神室山の登りでも上から下って来た70歳代半ば?と思われるご夫婦?にも出会っていた。

 お二人は我々とは違い軽い足取りで下って来ていて、あの年齢であの足取りの軽さは私には信じられなかった。最近スーパーなお年寄りの話は時々耳にするが、15年前にもこの神室山で同じようなご夫婦と出会っており、スーパーな熟年登山家夫婦は珍しくない時代なのかもしれません・・・!?

 栗駒国定公園のプレートが有った場所辺りからガスが出てきて(ガスの掛かった所まで登ってきた)次第に視界が悪くなる。午前中は山形県側からガスが流れ込んでいたのだが、午後になって秋田県側の雪渓の有る谷からガスが湧き上がっていて、この様子だと山頂部のガスは取れる事は無そうである。

 そして我々は神室山(標高1,365m)山頂に到着する。予定よりは遅くなったが許容範囲内ではあった。




             神室山(標高1,365m)山頂到着 残念ながらガスが掛かって展望は無かった。




                  神室山はその昔信仰の山だったとか・・・。



 風を避け山頂から少し下がった所で遅い昼食を取る事にした我々だったが、休憩の度に水と食料をこまめに取るようにしていたのでお腹はそんなに減ってはいなかった。これから始まる急な下りに備え、昼食を取ってエレルギー補充した我々は、神室山山頂を後しキヌガサ草を楽しみに下り始める。




山頂から来た道を少し戻ると西ノ又への分岐に出る。ここから一気に西ノ又川まで下るのだが、その途中にお楽しみが・・・!?



 尾根の分岐から西ノ又沢に向かって下り始めた我々だったが、右手には雪渓に囲まれた神室山の美しい姿が見られた筈だった。しかし、ガスで何も見えず少し残念ではありましたが、この先には今回の山行最大の楽しみが待っている・・・!?

 私はここまですれ違う登山者に、何度となく声を掛けようとして思い止まっていた。それは西ノ又コースを登ってきた登山者にキヌガサ草の事を聞こうとしていたのだが、聞いてしまうと感動が薄れると聞かずにここまで我慢していたのだ。

 キヌガサ草は東北ではここ神室山でしか見られない貴重な花で、雪が融けたこの時期にしか咲ないため今回のこの登山を企画したのだが、咲いているかどうかは行ってみないと分からないのだ。

 私はキヌガサ草が咲いている事を願って、尾根から離れ左手の薮のトンネルに入って行く。

 その薮には窓くぐりの名前が付いていて、我々と反対側からのこの薮を登って来ると薮の中にぽっかりと空が見え、それが窓のように見える事から名づけられたようだ。そしてそのトンネルを抜けると神室山が正面に見え感動の景色が待っているのだが、午前中に窓をくぐった登山者に感動は有ったのだろうか・・・?

 我々にとってもこの窓くぐりトンネルは 宮崎アニメ 千と千尋の神隠し のトンネル同様別世界への入口となる筈なのだが・・・?




                            ここがワンダーランドへの入口 窓くぐり




                   この先にキヌガサ草は咲いているのか・・・・?



    
                    今回窓の先はガスで何も見えずでした・・・。




         トンネルを抜けると前回はシラネアオイが沢山咲いていたのだが、今回は数輪だけでした。




    シラネアオイも少なくキヌガサ草も咲いていないのではないかと思ったその時、小道を曲がった先には・・・。




            咲いておりましたねぇ・・・。 それも満開の大きなキヌガサ草が・・・。



 小道を下って行くとシラネアオイが数輪咲いているだけでキヌガサ草は見られず、咲いていないのではないかと心配した私だったが、小道を右に折れると・・・

 「咲いてたぁ・・・・!!

 私は思わず声を上げてしまいました。

 小道の両側に一面のキヌガサ草が・・・咲いているではありませんか・・・。







 キヌガサ草の特徴は勲章のような気品の有る美しいお姿で、高山植物の花の中でも私は最上級の美しさだと思いますね・・・。大きな8枚の葉の中から一輪飛び出したその高貴お姿、本当に美しいです。

 それが小道の両側一面に咲いているのですから感動ものでした。15年ぶりに見たキヌガサ草でしたが、前回見た時よりも花が大きかったように感じたのは私の記憶違いなのでしょうか・・・?










画像クリックで動画をが見られます。



 私はキヌガサ草を見るだけの為に、3時間以上も苦しい思いをしてここに来る価値は十分に有ると思いますね。

 暫しのキヌガサ草鑑賞の後、我々はキヌガサ草の小道を下って雪渓の上に出る。正面に前神室山のどっしりとした山容が見える筈なのだが、ガスが掛かっていて見えなかったのはチョッと残念でした。




             大きな雪渓が二つ現れ、我々は快適な雪渓歩きうを体験する。



 この雪渓を過ぎると道は急坂(胸突八丁坂)の下りとなるのだが、これまで何時間も歩いてきた脚には負荷が大きく結構大変な下りになりました。おまけに登山道は木の根が沢山露出しおり、安定した足の置き場が少なく気を使うは疲れるがで大変でした。

 それでも黙々と足を出し続けた我々は、胸突八丁坂を下り切って不動明王の水場に到着し、冷たい清水を口にすると一瞬疲労から解放されるのでした。




                        この坂はやはり登りたくないなぁ・・・。




   坂を下って行く途中、前神室山が顔を出してくれた。 あのスカイラインの尾根を我々は歩いて来たんです。



 不動明王から少し下ると西ノ又川に出る。そこから少し下ると大きな滝(三十三尋滝)が在ってマイナスイオンを満喫する事が出来ました。







 ここで登山道は対岸に移るのだが、ここに橋は無く石を伝って沢を渡る事になる。我々は何とか足を濡らさずに渡る事がf出来たのたが、沢が増水している時は大変かもしれません。

 最初は沢沿いの道を下って行くのだが、岩がゴロゴロしているし結構厳しい箇所も有って気を使う。しかし、ゆっくりと注意して歩けば、危険というほどではないと思います。

 この沢には二つの吊橋が架かっていて、一つ目の吊橋までが厳しい箇所も多く長く感じた。二つ目の吊橋を渡ると次第に道は歩き易くなり、いつしか林道を歩くようになる。

 15年前の吊橋は踏板が木製で幅も狭く結構スリリングだったのだが、今回は立派な金属製に変わっていて安定感を増しておりました。




二つ目の橋。橋は二つ共に同じ作りだが、二つ目は一つ目より高さが有ってスリル満点?   画像クリックで動画が見られます。



 林道を暫く歩いて我々はスタート地点に戻って来た。所要時間は10時間以上掛かってしまったが、明るい内に無事に帰って来られたので良しとしよう。

 今回のように長い行程の登山をする場合、ある程度時間が掛かっても全員が無事に帰って来る事を最優先に考える事が大事で、グループ全員の体調をみながらペースをコントロールしたい。

 一人でも怪我をしたり足を痛めたりして動きが取れなくなってしまうのが一番怖い事で、メンバー全員のコンディションを探りながらペースをコントロールする事が大事になる。

 登山の後はお約束の温泉と行きたいところなのだが、予定していた湯ノ沢温泉に電話すると午後7時で閉館するという。7時までに出てもらえば問題無いというのだが、今の時間は6時15分だった。

 温泉に入る時間を最低30分は確保したいので、湯ノ沢温泉には6時半までには到着したいのだが、

 「15分で着けるかぁ・・・。」

 湯ノ沢温泉までの道をイメージしシュミレーションした後、、私は車のハンドルを握る事にした。

 他人の車なので無理は出来なかったのだが、私が湯ノ沢温泉前に車を停めた時カーナビの時計は丁度6:30を示しておりましたね・・・・。

 「やったねぇ・・・」




   PM7:00 まだ明るさの残る湯ノ沢温泉を出て秋田市へ向かいます。



 我々は30分の時間を有効に使い、汗を流してから温目のアルカリ性温泉にゆっくり入り、疲れを取って温泉を出る。

 宿の女将さんいに挨拶して外に出たのだが、車に乗ろうとして私は気付いてしましました・・・?

 するとその時、宿の方から我々を呼ぶ声が・・・・?

 「忘れ物ですよぉ・・・!!」

 私、お約束のウエストバッグを脱所のカゴに忘れて来てしまったのです。

 とにかく最近私は温泉に入る度にカゴに何かを忘れて来てしまうのです。

 ウエストバックを取りに片道20km以上も走った事も一度だけではありませんし、最近は買ったばかりのカメラを忘れた事も有りました・・・。

 日本は本当に良い国で、忘れ物が取られずにそのままカゴ残っていたり、届けられていたりして手元に戻って来ますから、本当に年寄りには有難い国です。

 本人は気を付けているつもりなのですが、気を付けていてもこれですから温泉に入った後のチェック係を誰かにお願いした方が良いのかもしれません。

 我々は高速にのって秋田市に向かったのだが、年寄りは後席で横になって帰って来ました。


 15年ぶりの神室山でしたが、無事に帰って来られて良かったです。所要時間は15年前より2時間程多く掛かってしまいましたが、この2時間が15年の年月(53歳⇒68歳)を語っているのかもしれません・・・!?

 もう二度と神室山に登る事は無い?と思いますが、また何年かしたらキヌガサ草を観たくなるのかもしれないなぁ・・・。



                           おわり


                                                     平田隆太郎


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