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 ■ 3日目



雨は上がったが、気温は低め。






これから写真撮影?



オーナーさんと・・・。
カペリンで朝食!?

遊牧民の朝食のメインは?


メインディッシュがカペリン3匹!?


昨日の夕食が1000円
今朝の朝食が 500円
内容的には価格差以上
いつものようにメンバーの中で一番早く目が覚めた年寄りは外に出てみる。雨は上がっており、昨日は雲に隠れ見えていなかった羊蹄山山頂部も、今朝は白い帽子を被って見えている。

部屋に戻ると皆さんも起きて来て顔を洗ったり朝のルーティーンをこなしている。この宿の朝食はAM8:00(時間厳守?)からで、我々はそれまでに出発の準備を大方済ませ、二階に上がって行く。

すると既に朝食の用意が出来ていて、我々はテーブルに着いたのだが、私はテーブルの上に置かれたある物に目を奪われた。

それは幾つも並んだ皿の中で、一際大きな白い皿に載ったカペリンの姿だった。

以前の北海道レポートを読んだ事が有る方は、私が鵡川の温泉施設で北海道の最終日を過ごすようになって、柳葉魚(シシャモ)の代用品としてのカペリンを知った事をご存知だと思うが、そのカペリンが皿の上に載っていたのだ。

私の中ではカペリンは居酒屋の酒の肴であって、このカペリンノルウェー産であろうがカナダ産であろうが、宿の朝食の食材としては馴染まない物であって、少なからず驚いてしまったのだ。

それは昨年泊まったニセコの宿で夕食に出た鯖のシャブシャブと同じ位の驚きだった。カペリンが朝食のおかずにならないと言う事ではないのだが、私の中にカペリンは酒の肴というイメージが強く、カペリンで白飯を食べる事に抵抗感が有ったと言うだけの事なのですが・・・!?

これが北海道鵡川産柳葉魚の雄(卵の入った雌ではなく雄、これはおかずになります)であったならば、私は世界の食材を知る奥様のセンスの良さを絶賛したと思います。

私は小さくても北海道定番の美味しい塩鮭が食べたかったです。

食事を終えた我々は外に出てバイクに荷物を積み出発の準備をする。そこに例の写真を取る為、カメラを手にしたオーナーさんがやって来る。

どんな注文をされるか身構えた私だったが、オーナーさんは私とGSX−Rを液晶の中に入れ構図を決めと簡単にシャッターを押して撮影は終了した。吉里吉里のオーナーさんの場合、バイクを止める場所や方向、ライダーの立ち位置、ヘルメットの持ち方等細かな指示があったのだが、遊牧民のオーナーさんには特に拘りは無いようである。

撮影を終えた我々は出発前のお約束の写真を撮った後慎重に坂道を発進、遊牧民を後にして倶知安の町へ給油に向かった。





裏パノラマラインを走ってクレイルチーズに到着。


二階のケンブリッジで休憩するのは後ほど。













五色温泉で合流。

ニセコパノラマラインの裏表を堪能
倶知安のホクレンでバイクのお腹を満たした我々は、五色温泉に向かって上って行く。我々SSグループ三台は、途中からV−MAXと別れ裏パノラマライン(ワイス温泉〜岩内クレイルチーズ間の道をそう呼ぶと遊牧民のオーナーが教えてくれた)から岩内のクレイルチーズを目指し、一方、V−MAXは五色温泉に行って温泉を楽しみ、我々が表パノラマラインから上がって来るのを待つ事になった。

五色温泉に向かう道から裏パノラマラインに出る道の入口には表示板等が無く、昨年は通り過ぎてUターンする破目になったのだが、今年は学習効果で間違わずに入る事が出来た。ヘアーピンコーナーの途中に入口が有るので見落としがちだが、ヘアーピンコーナーを目印にすればかえって分かり易いと思う。

裏パンラマラインは、90度位回り込む中低速コーナーと短い直線で構成されるワインディングロードで、ワイス側から行くと左コーナーが殆どブラインドコーナーになるので探って入る事が必要となる。また道の両側は農地になっている所が多く、トラクター等が出てきたり泥が落ちていたりする事が多いので充分な注意が必要である。

裏パノラマラインはウォーミングアップには丁度良い道で、私は徐々にペースを上げて行く。私の頭の中には昨年一往復半走った時の記憶が少し残っていて、大まかなレイアウトが頭に入っていて結構走り易かった。

裏パノラマラインでタイヤの端まで温めた我々は、クレイルチーズ前のパーキングで小休止した後、今年初めてのニセコパノラマラインに走り出す。今日は車もそこそこ走っていて、私は道路や路面状況を確認しながら慎重な走りでパノラマライン神仙沼を目指す。

神仙沼のパーキングまで行くと紅葉見物の観光客が大勢いて、車がパーキングに入れずに路上に溢れていた。我々は車の間を抜けてパーキング内でUターン、今来た道を引き返す。表パノラマラインの下りは、上りと遜色ない位に楽しく走れる道で、私は上りも下りも同じように好きである。

再びクレイルチーズのパーキングに戻った我々は、次の上りに備え休憩を取った後再びパノラマラインを上って行く。二回目ともなると走りに余裕が出来てきて、スロットルの開度は一回目と比べると確実にワイドオープンになっている。

パノラマラインのファンタスティックな走りを堪能した我々は神仙沼手前でをスローダウン、次の目的地V−MAXが待つ五色温泉に向かう。神仙沼から五色温泉までの道も楽しい道なのだが、走っている車も多く所々にパーキングも在ったりして人が路上を歩いている場所も有るので、周りに充分気配りした走りが必要となる。


V−MAと合流して余市海鮮工房へ

V−MAXと分かれて45分後、我々が五色温泉に到着すると入口近くにMT−01と並んでV−MAXが停まっているのを発見、バイクを止め彼女の姿を探したのだが見えなかった。私が五色温泉の建物の中に彼女を探しに行ったのだが、MT−01のライダーらしき男性は見付けたが彼女の姿は発見できなかった。

五色温泉の館内が以前来た時と変わっていて、新しい場所に浴場が出来ていて少し戸惑ってしまった。浴場を増改築しているようで、臨時にレイアウトを変えているようである。館内を隈無く探したのだが彼女の姿は無く、女風呂の中まで探す訳にもいかず私は一旦バイクの所に戻る事にした。

バイクの所に戻って彼女の携帯を鳴らしてみたのだが、携帯はV−MAXに取り付けたタンクバックの中で振動するだけで役に立たず、私は彼女が入浴中と判断再び建物の中に戻り休憩場所で彼女が出て来るのを待つ事にした。

待つ事五分、彼女は湯上りのサッパリした顔で奥からやって来た。五色温泉での合流時間を決めていなかった為、我々が到着するのにもっと時間が掛かると考えていた彼女は、五色温泉の周りを観光?した後温泉に入っていたようである。我々が神仙沼〜クレイルチーズ間をもう一往復してくれば丁度良かったようで、もう一往復して来るんだったと後悔した私であった。

湯上がりの彼女と共に我々はFUNKY道南ツーリングの定番、余市の柿崎商店海鮮工房で昼食を食べに向かった。

余市に向かうには倶知安から国道5号を使えば簡単なのだが、この九月に新しい道が開通したというので、新し物好きの私は倶知安から赤井川に抜ける国道393号を使って余市に向かう事にした。

新しく開通した国道393号樺立トンネル前後の区間は、道幅も広く路面状態も良く(開通したばかりだから当然ですが)SSとして使えそうでしたが、このルートは札幌とニセコを結ぶ最短ルートになっているらしく車が多過ぎて使えそうも無い道だった。

反対にこの道に車が回った事でいつも混んでいる国道5号が空いている可能性が有り、倶知安〜余市間は普通に国道5号を使った方が良さそうである。赤井川村から冷水峠を越え余市に出る時、私の悪い癖で道路表示を見て適当に脇道に入ってしまい時間をロスしてしまったが、どうにか柿崎商店に辿り着く事が出来た。




午前11時半過ぎ余市海鮮工房に到着。


一年に一度ここのウニ丼を食べないとね。













ニッカウヰスキー 余市工場


毎年少しづつ変わっている休憩所。
常連客 FUNKY!?

今日の雲丹はパックの白ウニ。


今日はウニ丼とイクラ丼とホッケを頂きました。

柿崎商店に到着したのは11時半を少し回っていたが、入店待ちの列は階段の途中まででいつも訪れる七月と比較すると空いていた。やはり此処のハイシーズンは夏場のようで、10月ともなると客足も少し落ちるようである。

それでも我々の後ろに並んでいた初めて此処を訪れたと言うオバサンは、行列が出来ている事に驚いていた。

何でも昨日テレビで此処が紹介されていたのを見て訪れたらしいのだが、

「今日はいつもより空いている方ですよ。 

等と私が常連みたいに話すと

オバサンは 「そうなんだぁー。」 

と頷いておりました。

確かにFUNKYはこの数年毎年一回は此処を訪れいますから、FUNKYは海鮮工房の常連と言っても良いのかもしれませんね。

15分も待たないで我々はレジの前に到達したのだが、待っている間グリーンマンの姿が暫く見えなかった。

後で聞いた話では、その時彼は一階のトイレで何を済ませて来ていたようだったのだが、二階のトイレには思い出が有る彼の事、二度と同じ思いはしたくなかったようである。

十月は禁漁でウニ丼は食べられないのではないかと心配して来ていたのだが、ウニ丼の表示板に 白ウニ丼 2000円 の札が下がっているのを見て私はホッと胸を撫で下ろす。

ウニ丼も食べたいしイクラ丼も食べたい我々は、二人でウニ丼とイクラ丼をシェアーする事にした。そしてどうしても今回ホッケの開きを食べたい人?の為にホッケを頼み、それもシェアーする事にしたのである。

そしてウニ丼もイクラ丼もホッケの開きも全てが美味かった。それは年に一度は味わいたい味なのだが、また来年味わえるかどうかは分からないが私はまた食べたいと思ってしまった。

満腹になったお腹を抱えながら店を出ると、入店待ちの列は階段下から店の外まで繋がっていたが、それは七月と比べたら大分短い列であった。


ニッカからクレイルチーズへ


爽やかな秋空の元でご休憩。

我々は食休みの為、近くのニッカウヰスキー余市蒸留所に向かう。余市蒸留所のゲストハウスは、夏は冷房が効いているし無料で飲み物も飲めるから、ニッカさんには誠に申し訳ないが、FUNKYではチョクチョク利用させて頂いている。

我々はゲストハウスの二階で無料のアップルジュース等を飲んでゆっくり食休み、これからの予定を打ち合わせる。

我々は此処から二手に別れ、SSチームは積丹半島に向かい古平から当丸峠を越え神恵内、泊と走って岩内クレイルチーズへ、V−MAXは国道5号を南下しワイス温泉から裏パノラマラインを走ってクレイルチーズへ向かう事になった。

ここの売店では余市蒸留所で作られている樽出しの原酒が売られていて、メンバーの一人がそれを購入、180cc(アルコール度数60数%)でサントリーのダルマ(750cc)が楽に二本は買える価格であったが、後で飲んでみるとそれは感動的な味であった。この話は後ほど・・・。

私はいつもここで食べているブランディーアイスを探したのだが、売られていなかった。独自の味わいと風味を持つデランディーアイスを楽しみにしていた私だったが、致し方あるまい。昨日のトワ・ヴェールのソフト同様、夏場限定商品であったのかもしれない。  残念!!


















当丸峠を周って再びクレイルチーズに到着。



二階のケンブリッジへ。



紅茶の種類は20種類以上有るらしい。









いつもの七月とは違う色合いを見せる木々。




これから最後のパノラマラインへ。
当丸峠を堪能
余市蒸留所(裏口)を出た所に在る国道5号の信号でV−MAXは右にSSグループは左に曲がって、それぞれ岩内のクレイルチーズを目指す。我々SSグループは積丹半島を西に向かったのだが、昨年の七月と違って道路は空いていた。

七月は北海道の海水浴シーズンで札幌から海水浴客の車が積丹半島に押し寄せ大渋滞するのだが、十月の今日はスムーズに車が流れている。幾つもの長いトンネルを抜け古平に出た我々は、左折して当丸峠に向かう。

そして当丸峠は、今年もまた我々を大いに楽しませてくれた。パノラマラインほど標高差は大きくなく直線も長くはないが、次から次と現れるコーナーのバリエーションは多彩で、我々に常にバイクを駆る事を要求してくる。

当丸峠は交通量が少なく道幅もそこそこ有って見通しの良いコーナーが多いからスロットルを早めに開ける事が出来る、我々は深いバンク角と鋭い立ち上がり加速を充分に楽しンだのでありました。

当丸峠の神恵内側は路面にグルービングが施されている為楽しむ事は出来ないが、古平側の上りは道南ではニセコパノラマラインと並ぶ秀逸なワインディングロードの一つであると私は思う。

神恵内に出た我々は国道229号を南下、岩内の街でガソリンを給油すると共に昨日の雨で汚れたバイクを洗車する。バイクを綺麗にして気分を一新した我々は、V−MAXが待つであろうクレイルチーズに向かった。

余市のニッカウヰスキーを出て1時間半後、約束の時間ギリギリに我々はクレイルチーズに到着する。パーキングにはV−MAXが停まっており、彼女も無事到着しているようである。彼女が待つクレイルチーズに行くと、二階の窓に彼女の顔が見えた。


ケンブリッジでティータイム

私の紅茶はケニア。


紅茶濾し。
この使い方が最初分からなかった。



こうして使うようです。


下のトレーが雫を受けます。


今日、お姉様はお出掛けで大忙しの妹さん。
店の中に入ると店を切り盛りしている妹さんが急がしそうにしていて、今日二階(ケンブリッジ)はでは飲み物しか出せないと言う。

我々は飲み物さえ飲めれば問題ないので、私は二階へ上がって昨年から楽しみにしていた紅茶をオーダーする。

昨年私と共に此処を訪れていた彼も私同様紅茶をオーダーしたのだが、オーダーを取りに来たお兄さんが、紅茶の種類を聞いてくる。

何でもここの紅茶の種類は20種類以上有るそうでどれにするか聞かれたのだが、私も彼も紅茶の違いなど分かる筈も無く、お兄さんお勧めの紅茶にしてもらった。

そして保温用キルトカバーを被ったティーポットが運ばれて来て、その横には砂時計が置かれていた。それは紅茶の葉からお茶の成分がしみ出るまでの時間を計る物のようで、我々は砂時計を見つめながらその時を待つ。

彼の砂時計が途中で詰まってしまったのは御愛嬌だったが、我々は砂時計の砂が落ち切ったのを確認してキルトカバーを外し紅茶をカップに注ごうとして手が止まった。

ティーカップの横には明らかに紅茶の葉を濾す茶濾しの金網が置かれていたのだが、我々は最初その使用方法が分からなかった。

金網の下にカップは入りそうになく、取っ手を持ってあれこれいじっているうちに取っ手を90度捻って使用する事を見付け出す。

金網は支柱とフリーに回転出来るようになっていて、取っ手を捻って上から紅茶を注ぐようであった。使用後は金網からの雫を下のトレイが受留めるという、優れ物の茶濾しであった。

私の為にお兄さんが選んでくれた紅茶はケニアと言う種類だそうで、しっかりとした濃い味の紅茶で美味しかった。

彼の紅茶も一口飲ませてもらったが、、色が薄目で飲み易い紅茶だったが、紅茶の名前は忘れてしまった。

紅茶の味を文章で表現出来るほど私に文章力はないので、紅茶の味はケンブリッジに来て皆さんご自身の舌でお確かめ下さい。

それにしても紅茶の種類が20種類も有るとするならば、毎年訪れたとしても全て紅茶を楽しむ前に私の寿命が尽きてしまいそうである。

ストレートティー?やミルクティーを楽しんだ私は、二階から一階に降りてお土産のチーズを買う。私がいつもここのチーズをお土産に買うのを見て、今回GSX−R(青)の彼もお土産にチーズを買う事にしたようだ。

ここのチーズは四種類有ってそれぞれが美味しいのだが、私はおい古味が結構好きかな!!

おい古味ブルーも一般のブルーチーズと違ってカビ臭さガ無く、食べ易く美味しいと思います。

充分に休憩を取った我々は、最後のパノラマラインを上って国道5号昆布に向かって走り出す。


直進が昔私が昔走った道。
未だに砂利道のようです。



















このフロントタイヤの下に有る物が、
ドラマを作り出す事になる。

堆肥の潰れた様子を見ると、私のGSX−Rも
堆肥を踏んでいた可能性が有る。
アブナイ アブナイ!
















































昆布〜豊浦間
今日三回目のニセコパノラマラインを上り始めた我々は、コーナーを一つ一つ確かめながら走りを進める。標高が上がるに従い山々の彩りが失せて、チセヌプリ(1185m)やニトヌプリ(1080m)の山肌はすでに白黒のモノトーンに変わっていた。

峠を越えた我々が昆布に向かって下って行くと再び山々に赤や黄色の彩が戻って来て、我われの目を楽しませてくれる。


今回のニセコパノラマラインの走りでは、前を走る二台のGSX−Rからコーナーの立ち上がりは勿論コーナー手前のブレーキングでも路面にブラックマークが付いていたと、三番手の10Rが語っていた。

確かに北海道から帰って来たGSX−Rのフロントタイヤの溝は一気に無くなっていて、北海道はフロントタイヤに優しくない所のようである。


昆布の国道5号に出た時、私は近くに有ると言う道道32号の入口を探す為停止線から前に出て入口を探した。地図で確認すれば済む話なのだが、それが面倒な私は信号が変わると勘で左に進路を取る。

勘と言うか昨日走った時の薄っすらとした記憶がそうさせたのだが、100m程走った先に豊浦の文字を発見し、我々は無事道道32号に入る事が出来た。


楽しい高速ステージ

豊浦に向かって走り始めた私だったが、実は以前この道を逆方向に走った事があった。それはもう十数年も前の事で今では殆ど記憶に残っていなのだが、国道37号から高速道路沿いに走った後、林道のような砂利道をジグザクに上った事だけは思えている。

昨日の10Rの話では道は全舗装であったようだから、私は以前の道が改修され舗装されたものと考えていたのだが、後にそれが間違いであった事を知る事になる。

道道32号に入り最初は人家が見えて道も次第に深い森の中を走るようになる。この森の中の道が走っていて本当に気持ち良かった。適度にうねりながら走るその道は道南には珍しい高速系の道で、フルスロッルトを与えられる気持ち良い道だった。


V−MAXを待ってます。


V−MAX到着です。
深い森を抜け周りが牧場になっている所に出た我々は、バイクを道路脇に止めV−MAXを待つ事にしたのだが、バイクから降りた三人はお互いの顔を見合わせて思わず笑ってしまいました。

それほどに楽しい道でありました。


バイクを停めた上には道路標示板が立っていて、真っ直ぐ行くと大岸に抜ける砂利道、左に行けば豊浦へ向かう道となっていた。昔、私が走った道は大岸に抜ける道だったようで、それは今でも砂利道のままのようである。

暫くして傾き始めた太陽の赤みを帯びた光を浴びながらV−MAXが到着、私は彼女の到着を待ってその場から立ち去ったのだが、その時発進したのは私だけだったのである。


突然の出来事

発進して直ぐ豊浦方面に左折した私は、道路上に稲わらの塊が落ちているのを発見、右側車線に出てそれを回避する。

道の両側には広々とした牧草地が広がっており、走っていて気持ちの良い道だった。右のヘアーピンカーブを抜けた後、私は後方の様子を確認する為ミラーを覗くと・・・・そこには景色だけしか写っていなかった。驚いた私がバイクを道路端に停め後ろを振り向くと、そこには誰もいなかった!?

発進したばかりだし途中何か有りそうな所もなかったから、私は少し待ってみる事にしたのだが、誰もやって来なかった。引き返す決断をした私がGSX−Rを対向車線に押して行った時、後ろの三台がやって来た。

私の所にGSX−R(青)が来て遅れた理由を説明してくれたのだが、私には良く理解出来なかった。いずれにしても走るのに問題ないとの事だったので、私はその場を発進して直ぐ後ろを確認する。


事のてん末

GSX−R(青)を道路標示版の下に停めた時、フロントタイヤは堆肥(中にミミズ等が見えたと言う)の上に載っていた。

私が路上で避けた稲わらも堆肥で有ったようで、この道を堆肥を積んだトラックが堆肥を落としながら走っていたようだ。

私に続いて発進したGSX−R(青)のリヤタイヤが堆肥に乗った瞬間、リヤタイヤが空転を始めタイヤが左に流れGSX−Rは大きく右に傾いていった。

バイクを必死に押さえていたライダーも重力には勝てず、バイクをそっと地面に置いたという。堆肥の摩擦係数はゼロに限りなく近かったようで、私が水流に乗ってリヤタイヤを滑らせた時と同様気付いた時にはバイクは倒れていたようだ。

つまり立ちゴケと言うよりは、スピンターンに失敗してバイクを倒したと言った方が状況的には正確なのかもしれない。発進直後だったのでスピードは出ていらず、バイクへのダメージはブレーキレバーが少し曲がったのとカウルとマフラーに小さな傷が付いた程度、ライダーへのダメージが皆無だったのは不幸中の幸いだった。

それにしても後ろでそんな大パフォーマンスが行われていたにも関わらず、私がその事に全く気付かなかった事に驚く。発進時ライダーの神経が100%前方に有るとしても、普通後ろで起きた事に全く気付かないという事は無いと思うのだが・・・。

ヤッパ年かな!?



●日暮れとの競争

予定では豊浦に出た後、虻田、洞爺湖温泉、壮瞥、オロフレ峠、登別温泉と走る事にしていたのだが、今の太陽の高さからしてそれは難しいように思われた。

そこで少しでも時間を短縮しようとした私は、豊浦には出ずにオロフレ峠に最短で向かうルートを探しながら彼方此方走り回ったのだが、どのルートを使っても明るい内にオロフレ峠を越える事は不可能と判断、オロフレ峠を諦め素直に豊浦から国道37号に出る事にする。

国道37号の虻田でV−MAXとGSX−R(青)の給油を行い、今後の予定を再検討する事にした。我々の今日の最終目的地は二つ有って、プチ日程のGSX−R(青)は青森行きにフェリー(PM10:25発)に乗る為室蘭港、フル日程の三台は今宵の宿ポレポーレが在る穂別であった。

今の時間はPM4:30、日も沈み次第に暗くなって来ていた。我々が差し当たり決めなければいけない事は、夕食を食べる所とGSX−R(青)と別れる場所だった。当初の予定では白老で白老牛の焼肉を食べた後、登別温泉で温泉に入ってGSX−R(青)と分かれる事にしていたのだが、時間的に白老まで行って焼肉は無理な状況であった。

私は今回のツーリングで十年ぶりに訪れる登別温泉を大変楽しみにしていて、他のメンバーには申し訳ないが登別温泉は外せない事から、登別温泉に行って夕食を食べた後GSX−R(青)と分かれる事にした。

国道37号は結構混雑していて、時間短縮の為高速道路を使って登別温泉に向かう事にした我々は、虻田を発って伊達ICから高速道路にのって登別東ICを目指す。



登別温泉 さぎりの湯
10年ぶり位かな?



温泉街の感じが以前と少し変わった?






































夕食のラーメンを食べ終え店の前のベンチで
ブーツを履き直す私。。

この時、ベンチに置かれたジャケットの
内ポケット中から既にキーは抜け落ちていた?

登別温泉の今
伊達ICから高速にのる頃には日も暮れ、辺りは真っ暗になっていた。この時期、日が落ちると気温もぐっと下がり寒くなり、高速で走ると風が更に体温を奪って寒さが身にしみる。

「早く温泉に入って温まりたい。」

私はそんな気持で高速を走り続けていたのだが、直ぐ着くと思った登別温泉は結構遠かった。ようやく高速道を下り登別温泉への道に入ると、十年前の記憶が少しづつ蘇って来る。この道を道なりに走っていけば さぎり湯 の前に着くと思っていたら、何故か地獄谷のパーキングに着いてしまった。

パーキング内でUターンして少し戻ると見覚えの有る温泉街が左手に見えて来た。以前からの温泉街ストリートの裏側に新しいバイパスが造られたようで、我々はそのバイパスに入ってしまったようである。

温泉街に入ると右手にさぎり湯が見えて来たが、以前有ったさぎり湯の駐車場がビルに変わっていて他にバイクを停める場所を探さす事になったが、何とかバイクを停めるスペースを見付け、さぎり湯に向かう。

さぎり湯の内部は十年前と殆ど変わっておらず以前と同じく混雑していた。我々はゆっくりと冷え切った体を温泉で温める。

FUNKYには登別温泉のさぎり湯での思い出が沢山残っているが、その殆どの思い出が今のさぐり湯ではなく、温泉街の裏(今バイパスが走っている所)に在った銭湯形式の先代さぐり湯のものだった。

番台のおばさんとのやりとりや石で造ら大きな湯船など多くの思い出が有る先代さぎり湯は、今日通ったバイパス建設の為に移転させられたようである。確かにバイパスが出来たおかげで温泉街の混雑は緩和されようだが、先代さぎり湯は残して欲しかったなぁ・・・。

温泉から上がった我々は、夕食を食べに温泉街に出る。温泉街の下から上まで歩いてみたのだが、食事が出来そうなお店は二軒のラーメン屋さんぐらいしかなかった。考えてみればそれも当然で、ここを歩いてる人達は旅館やホテルで食事を終えた人ばかりで、小腹が好いてラーメンを食べるぐらいの食欲しか持ち合わせない人達なのだ。

二軒あるラーメン店のどっちに入るかで悩んだ我々は、結局看板で店を決め中に入る。おばさんが作るラーメンの味は、特筆する物は無かったが普通に美味しかった。


十年の時の流れ・・・
食事を終え温泉街を歩く私には、一つしなければいけない事が有った。それは以前登別温泉を毎年のように訪れていた時必ず立ち寄っていた場所で、今回もまたそこを訪れる事だった。

温泉街から横道に少し入った所にそれは在って、温泉街には付き物のそのお店の前にはいつも女性達が立っており、私は彼女達との立ち話を毎年楽しみにしていた。

私は十年ぶりの再会を期待しながら横道を覗き込む。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

そこには彼女達の姿もネオンの輝きも無かった。

以前それが在った建物には別の看板が掛かっており、入口は閉ざされ灯りも無かった。

以前はその入口の前でお客さんを呼び込む彼女達の元気な声がしていたのだが、今日は静かな空間が有るだけだった。

看板が変わっていると言う事は無くなってからかなりの時間が経っていると思われ、廃業したのか移転しのかは分からないが、21世紀になった今、かの業界も時代の流れの中で翻弄され消えて行ってしまったのかもしれない。

それにしても毎年九月に訪れる我々と彼女達との路上での交流は十年近く続き、我々が秋田のお酒を持って行ったり、彼女達からキーホルダーを貰った事も有った。それはFUNKY北海道の懐かしい思い出の一つであり、私の心の中に強く印象付けられている。

彼女達に会う事を今回の北海道の楽しみの一つに考えていた私は、少し落胆してバイクの所に戻ったのだが、その事以上に私を震撼させる事件が起きようとしていた。


無い!?

食事を終えた我々は、いよいよ別れの時を迎える。GSX−R(青)はここから室蘭港に向かい青森行きのフェリーに乗るのだが、ここを発つにはまだ時間が早く我々が先に登別温泉を出発する事となった。

バイクの所に戻った私はバイクの向きを変えようとハンドルを動かしたのだが、ハンドルロックが掛かっていた。ロックを解除する為、私は内ポケットの中に入れていたキーを取り出そうと手を入れたのだが・・・・

 無い!?  
無い!?  無い!? キーが 無い!?

内ポケットに入れていた筈のGSX−Rのキーが無かったのである。

私は
 焦った!!  

このまま出てこなかった時の考えると、目の前が真っ暗になった。

キーは一つしか持って来ていなかったから、キーが無ければこれから先の北海道を走れないばかりか、帰る事も出来ない事になる。

私はキーを探してバイクを離れてからの足取りを辿る事にした。GSX−Rの周りを探した後、さぎり湯に行って脱衣所の他人の服が入ったカゴの中から休憩した場所まで、立ち寄った場所全てを探したが見付からず、受付に行って鍵が届いていないか聞いたが無かった。

次に私は食事をしたラーメン屋さんに向かったのだが、道の向こうから手に何かプラプラさせながらGSX−R(青)の彼が歩いて来るのが見えた。

彼の手でプラプラしている物は・・・? それは私のGSX−Rの鍵だった!! 

 万歳!! 万歳!! 万歳!!

私は万歳三唱したいくらい嬉しかったが、それをグッと抑えて彼からキーを受け取る。

ラーメン屋さんに落ちていたのようなのだが、ラーメン屋さんのどこに落ちていたかは聞き忘れた。ラーメン代を支払う時、脱いでいたジャケットの内ポケットから小銭を取り出したから、多分その時に落ちた可能性が高い。

見付かって本当に良かった。

それにしても私がキーを無くした事を知ったGSX−R(青)の彼は、真っ先にラーメン屋さんに向かったのだが、その推察力と言うかプロファイリング能力には恐れ入った。

私が物を無くした時、これまでそれを見付けてくれる人物は大体決まっていたのだが、今後は彼にも加わってもらおうと思う。

私、自慢する訳では無いのですが、結構物を無くす名人?なんです。

PM8:20 無事鍵が見付かり緊張から開放された私を先頭に、我々はGSX−R(青)の彼に見送られて登別温泉を出発、穂別のポレポーレを目指し走り出した。

●お詫び
登別温泉で私のカメラの電池が切れてしまい、それ以降の写真撮影が出来ませんでした。

ご了承ください。
北海道の夜は寒い
この時間でも国道36号の交通量は結構多く、我々は車の流れに乗ってまずは苫小牧を目指す。途中ウイングや車高を下げた走り屋さんとおぼしき車のグループ?と一緒に走る事があったが、最近の走り屋さん達は邪魔なくらい交通ルールを守って走っていた。

外見で人を判断してはいけないと言うが、車も外見で判断してはいけない時代のようである。

苫小牧を過ぎると一気に車の数が減って寂しくなって来る。苫小牧からの無料自動車専用道を使って一気に鵡川まで走った我々は、国道235号に出た所に在るENEOSのGSで給油しようと考えていたのだが、GSの灯りは消えており給油出来なかった。

岩内で給油してから既に220km以上走っており、スロットルを大きく開けたのはニセコの上りぐらいだったとは言え、そろそろGSX−Rの燃料警告ランプ(残量4リットル)が点灯しても良い頃合である。

そして国道235号と別れ穂別に向かう道道に入って少し走るとGSX−Rの燃料警告ランプが点滅を始めた。しかし、穂別まではあと40km弱、燃費から計算して私にガス欠の心配は無かった。V−MAXも虻田で給油しておりまだ余裕が有る筈で、心配なのはZX−10Rであった。

ZX−10RはGSX−Rよりガソリンタンク容量が1リットル少ない17リットルで、GSX−Rより燃費も多少落ちる事からガス欠が心配された。実際、後から聞いた話だと、10Rは苫小牧からの自動車専用道で燃料警告ランプが点滅し始めていたと言う。

しかし、時間も時間だし(午後十時を回っていた)日曜日だし田舎だし、これから先GSが開いている可能性は皆無で、我々はただ走り続けるしか選択肢は無かったのです。もっとも、私の後ろにはドクター中松が少年時代に発明した言う石油ポンプ プクプク が積まれており、いざとなれがGSX−Rからの空中給油が可能でしたので気持的には楽でしたけど・・・。

穂別に向かう道が、鵡川に沿って走るようになると気温が一段と下がって寒くなって来る。夕方高速道で体験した風による寒さと違って、気温の低さから来るその寒さは体の心まで凍み込む寒さで、温度表示は無かったが、私の体感温度計では0℃に近い温度を示していたと思う。

「ヤッパッ  北海道の寒さは違うわ!?」

登別温泉を出て二時間、我々は休憩無しで走り続けPM10:30 穂別 ポレポーレ に到着する。

今日は日曜日、宿泊客が少なく建物の前に停まっている車も少なかった。バイクを止めた私が玄関に挨拶に行くと、お父さんが出て来て車庫から車を出すからバイクを中に入れなさいと言ってくれる。

屋内にバイクを止められると何かと便利だし安心だからお父さんのお言葉に甘えさせてもらう事にした。


最後の最後に・・・切れた!?

宿には着いたが、10Rの彼には行きたい所が有った。それは街外れに在るSeicomaertで、そこで今宵の飲み物と肴を買う必要があったのだ。お父さんにPM11:00まで開いている事を確認した彼は10Rのメインキーを捻った。

10RのHIDヘッドライト(下向き)が一瞬明るく点灯したと思ったら消えた。そしてそれ以降点灯する事は無かったのである。光を失った10Rの彼は買出しに行く事を諦め、買出しをV−MAXに託す事にしたのであった。

上向きは点くから走れない事は無かったのだが、10Rの心もライト同様切れてしまったようである。しかし、このSeicomartに行かなかった事が、その後の事を考えると良かったのかもしれない。その話は明日に致します。

V−MAXが買出しに行っている間、我々は荷物を降ろしお父さんの案内で二階の一番奥の部屋に落ち着く。この部屋には以前泊まった事があって、私は自分の部屋に帰って来た感じであった。

着替えてから一階に秋田から持って来たお土産を渡しに行くと、お姉ちゃんが出て来た。そこに買出しから戻ったV−MAX嬢が来て、お姉ちゃんと初顔合わせ。

V−MAX嬢がお姉ちゃん見てのご感想は  「可愛い娘だねぇ。」 だって・・・。

そうなんですお姉ちゃん、一年見ない間に一段と可愛ゆくなったおりました。最初に会った時は高校生だった彼女も、今は二十歳を過ぎ素敵な女性になりました。

これじゃお父さん心配で夜も寝られない?


本物の味

我々は食堂を使わせてい頂いて、今日の走りの反省会?を開く。ここでニッカ余市蒸留所から買って来たウヰスキーの原酒が振舞われ、私もお相伴にあずかった。濃い紅茶のような色をした原酒の味は、口に含むと樽の木の香りがして何とも言えない芳醇な味だった。

それはほんの少し口に含むだけで飲む者を納得させる本物の味で、私はこんなウヰスキーを飲んだのは初めてだった。確かに高価ではあるが、少量味わうだけで飲む者を納得させるこの原酒ウヰスキーは、満足度から言ったら決して高くない飲み物であると私は思った。


朝の八時半から夜の10時半まで14時間にも及ぶ今日の走りは、我々に多くの思い出を残してくれた。その思い出の一つ一つを振り返りながら我々の会話は弾んだ。途中GSX−R(青)かのメールが有って、無事フェリーに乗れた事を確認し安心する。

今日北海道での本格的な走りを初経験したV−MAX嬢は、明日からの走りに期待感が高まっているようで終始ハイテンションでしたが、若い人は元気が良くて良いですね。

遅くスタートした反省会は、短目で終了。我々は早々に床に着いたのでありました。

明日も天気は良さそうです!!


4日目

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