2009 FUNKY Petit HOKKAIDO TOP 第1・2日目 第3日目 第4・5日目
4日目・5日目




定位置に納まり出発の時を待つバイク達。


屋根の下でバイク達も嬉しそう!?

























朝 食






出発準備完了。

●寝不足!?
AM 1:40に就寝した筈の私だったが、何故かAM4:30前には目が覚めてしまった。いつもは六時少し前に目覚めるのが私のパターンなのだが、今朝の目覚めは早過ぎた。寝た時間が三時間では寝不足は明らかで、これは拙いと再び寝ようとした私だが目が冴えて寝付かれなかった。

そこで私は温泉に入る事にして一階に下りて行く。すると温泉には親父さんがいて、温泉に入りながら温泉の掃除をしていた。それは親父さんの毎朝のルーティーンで、親父さんの朝はこうして始まるのだ。

親父さんと朝食の時間を打ち合わせた後、私は温泉にゆっくりと体を沈めまだ体内に残っているアルコール分を抜こうとしたたのだが、温泉がアルコールを分解する筈も無く頭がスッキリという訳には行かなかった。

温泉から上がった私は部屋に戻りカメラを手に外に出てみる。夜半に降っていた雨は上がり日の光も雲の合間からこぼれている。路面はまだ生乾きだがこれは日が高くなれば次第に乾いていくと思われ、今日は昨日の分まで思いっ切りドライ路面を楽しむ事が出来そうなのだが、どうも頭がスッキリしない。



●出発前のルーティーン
六時過ぎに部屋に戻った私は、他のメンバーに声を掛け出発までのスケジュールと朝食(AM7:30)前に出発の準備を終える事を伝える。私は少し横になった後、荷物をまとめ二日間活躍した雨具をしまってバッグをパッキングする。

出発前のお約束、ドライブチェーンにオイルを吹く為我々は玄関先に向かう。バイクのチェーンを見ると、昨日の朝チェーンへの注油を省略していたのと連日の雨でローラー部はピカピカに光ってオイル分は皆無だった。

一人がバイクの後輪を持ち上げ、一人がリヤタイヤを回し、一人がチューンオイルを吹く連係プレーで三台のチェーンメンテナンスを終えた後、バイクの方向転換を行う。狭い玄関先での方向転換は難しく、それは私の担当になっている。

スペースの無い所でハンドルの切返しだけで方向転換は、時間が掛かるわ疲れるしで大変である。そんな時私はサイドスタンド利用した方向転換を行うのだが、SUZUKIのサイドスタンドは接地点がバイクから離れていて力が要る。今回は三台共SUZUKI車で苦労してしまったのだが、それでも重い隼が無かったのは助かった。

各メーカーサイドスタンドの接地点には拘りがお有りのようで、KAWASAKIやYAMAHAは比較的接地点が近く回し易いのだが、最近のYAMAHAはサイドスタンドがアルミ製(鍛造品)の物が有って強度的に心配でこの方法は使っていない。。


長年の集大成プレート方式

バイクを方向転換した後 、各自バイクにバッグをセットする。今回我々はバッグをリヤシートに確実に取り付ける為タンデムシートにオリジナル専用プレートを取り付けてきた。

北海道ツーリングでのバッグ固定は重要で、今まで加減速でバッグが移動したり落ちたりする事が時々起きている。

私はこれまで色々な固定方法を試してきたのだが、長年の経験からタンデムシートにプレートを固定し、そのプレートにバックを固定する方法にいきついた。

プレートはタンデムシートにボルトで固定しているので脱落の心配が無く、シートの脱着もキーでワンタッチで出来るこの方式は、ベルトやゴムバンドがカウルに傷を付ける事が無いく、バンドを引っ掛けるフックが装備されていないSS系バイクにはお勧めの方法である。

朝食の時間になって一階の部屋に行くと、塩鮭に梅干、生卵、海苔、味噌汁、ガッコ、おひたしのいつもの朝食がテーブルの上に並んでいた。幌加温泉の朝食は過不足無く朝食の王道を行く物で、我々は美味しく朝食を頂く。

昨晩の夕食も含めこの食事で極上の温泉と浴衣も付いて、今どき一泊二食付き5,900円(税込み)の宿など、私はここ以外でお目に掛かった事が無い。

食事を終え部屋に戻った私だったが、頭はまだモヤンとしていてスッキリしないままであった。



●幌加温泉出発

この写真を撮れるのはいつまで・・・?
AM8:00 身支度を整え出発前のお約束の写真を親父さんと撮った我々は、国道237号に出て三国峠方面に左折する。

当初の予定ではこのまま糠平に向かい然別湖から鹿追と走り菅野温泉に立ち寄る事にしていたのだが、大雪ダム〜三国峠〜糠平間のスペシャルステージを走った昨日は雨であった為、今日ドライ路面で走る事にしたのである。





松見大橋


走っている当人はこんな所を走って
いるとは気付かずに走っている。






























三国峠パーキングで小休止。

●こんな筈では・・・
先ずは三国峠手前の松見大橋が見えるビューポイントに向かって走り始めた我々は、体やバイクの調子を確かめながらゆっくりと走りを進める。路面は昨晩の雨が乾き始めてはいたが、日の当たっていない路面はまだ黒く濡れている状況である。


下は深い谷底。

ビューポイントに止まって写真を撮った後、我々は三国トンネルを抜け大雪ダムに向かって下って行く。ウォーミングアップも終わったので私は少しペースを上げてみたのだが、走りが何かピリッとしない。

高速からフルブレーキを掛けたのだが、フロントフォークが底づきしてブレーキングが安定せず、安心してブレーキが掛けられないのだ。私のGSX−Rのフロントフォークは今年の春にフォークオイルを交換していたのだが、セッティングは以前と変えていなかった筈で本州で走っていた時は問題は無かったのだが・・・。

さすがに北海道、スピードレンジが違う為サスセッティングを変更しなければならないようである。走り方を色々試しながら昨日停まったパーキングまで来た私は、バイクを降りるとフロントサスのストローク量を確認する

私のK5K8のフロントフォーク(全ストロー量は同じ)のストローク量を比較して見ると、K8のインナーチューブに残されたダストシールの線はK5より15mm程上に有って、K8のフロントサスは底付きしていない事が分かった。

私は工具を取り出しフロントフォークのイニシャルを上げ、伸び側のダンパーを硬くした。本当は圧側も硬くするべきだったのだが、その時の私はその事に頭が回らなかったのである。

フロントサスをアジャストした事で状況は改善すると考えていた私だったが、事はそんなに簡単ではなく帰りの道でも苦労する事になる。

小休止の後、今来た道を引き返す。サスを硬くした事で私のGSX−Rはブレーキ時の安定感は増したのだが、コーナーの進入から立ち上がりまでの一連の動作がスムーズに行かなかった。


走りを進めて行くうちに、これはハードだけの問題ではなくソフトにも問題が有りそうな事が分かってきた。バイクで走るという事は、目から入った情報を頭で処理し手足でバイクを操作するのだが、スピードレンジが高い場合目から入った情報を基に先行した動作で対応するのが通常だ。

しかし今日の私は目から入った情報の処理スピードが遅く、バイクのスピードに対応出来ずに操作が後手後手に回っているようなのだ。何とかスピードに対応した操作をしようと私は努力したのですが、その時の私はそれが出来ずにメリハリの無いコーナーリングになっていた。

こんな状態では後のK8にご迷惑をお掛けするので、私はウインカーを左に揚げK8に前に出てもらって彼を追い掛ける事にした。

しかし、私の前の出たK8が速過ぎた。今回の北海道の為にミシュランのPOWER ONEのニュータイヤを履いて来たK8は、コーナーの入り、立ち上がり、直線の加速共に申し分ない速さで走って行く。  追いつけない!?

K8は、GSX−R1000 K8に乗り始めて一年が経った。しかし、乗った日数は二週間も無かった筈なのだが、彼は今回の北海道でK8の走り方をしっかり掴んだようである。

彼のK8は私の
K5に比べ後輪で10馬力程パワーが大きく直線加速ではほんの僅かだが後姿が小さくなって行くの感じた私だが、彼との差はそれだけではなく、コーナーを抜ける毎に私は彼との間隔が空いていくのを感じた。

我々がコーナーの少し手前で車に追い着いた時、K8はコーナー手前で追い越しを終了出来たのだが、私は追い越す事が出来なかった。コーナーを抜けた私は車を追い越しK8の後を追ったのだが、高速ワインディングの先にK8の姿は無く、私はターゲットを失い一人旅で三国トンネルを目指す。

三国トンネル手前でスローダウンしたK8に追い着いた私は、再び先頭に立ってトンネルを抜け三国峠のパーキングにバイクを停める。K8は以前乗っていた隼の時から高速ステージでは抜群の速さを持っていたが、今回中高速域コーナーでの速さも手に入れてしまったようである。
































然別湖に到着。












扇が原展望台からは十勝平野が一望出来る。






GS事務所の中にはミニチュアダックスが・・・。


この眼差しに負けてしまいました。

●これが今の私の実力!?
三国峠のパーキングで小休止した後、我々は糠平に向かって走り出す。ここから先は私の大好きな道で、私は大好物の大きな高速コーナーに飛び込んで行ったのだが、バイクにカチッとしたところが無くスロットルを当ててコーナーに入って行く事が出来なかった。

大好きな白樺林の中を走る高速区間も、行きとは違い走っている車が多かった事もあって思ったような走りが出来ないまま距離は進んで行く。三国峠〜糠平間で一番スピードが乗る緩い下りの直線に差し掛かった時も前にも対向車線にも車がいて、我々は車の後ろで時間を過ごす事になってしまったのである。

結局、欲求不満のまま糠平に到着した私は、糠平〜然別湖間のスペシャルステージに向かったのだが、このスペシャルステージは三国峠〜糠平間とは真逆の曲りくねった狭い二車線路で、我々は一速ホールドで幌加峠を上って行く。

道は深い森の中を走っており、昨夜降った雨が陽射しが当たらない箇所にウエットパッチとなって残っていて、私はスロットルを開ける事が躊躇われた。

この道を走る時大切なのはリズムを掴む事なのだが、ウエットパッチが気になる私の走りはバラバラで、後ろを走る皆さんには大変ご迷惑を掛けてしまった。ウエットパッチと言っても生乾き状態でそんなに気にする事もなかったのだが、昨年来路面が黒いだけで私の走りはセーブモードに切り替わってしまうのである。

幌加峠を越えると道は緩い下りに変わって路面も乾いてきたのだが、依然私はリズムに乗れないでいた。それは頭のCPUが普段の様に作動していない事が原因と思われろが、それが寝不足に因るものなのか加齢に因るものかは分からなかった。

とにかく走っていて楽しくない時間が続いていた私は、昨年も後続を待ったヘアーピンカーブの先でウインカーを揚げ減速したのだが、そのウインカーを見たK8は放たれた矢のようにコーナーの先に消えて行く。K8は私の後ろで大分ストレスが溜まっていたようである。

遅れていたK9を待って再び走り始めた私がおっかなびっくりの走りを続けていると、私が来ない事に気づいたK8が引き返して来る。我々は然別湖畔に出て左手にキラキラと輝く蒼い湖面を見ながら然別湖畔温泉を目指す。

然別湖畔温泉に到着し休憩となった。ここまでの私の走りを振り返ってみると、走りが楽しくなかった原因としては、寝不足、加齢による運動能力?の減退、バイクのセッティング等が考えられるが、今回の場合はこれらの合わせ技であったように思う。

一昨年のプチ北海道で岩内のクレール・チーズに立ち寄った時、お店のお姉さまから

 「六十歳になったら体の変わり目だからお気を付けなさい。」 

と言うアドバイスを頂いた事があった。

その時の私はその言葉を漫然と聞いていたのだが、実際に60歳になってみてそのお言葉の重さを感じる今日この頃である。

40歳になった時も体の反応が変わって自分で驚く事があったが、それに対応するのに一年位掛かった。この60歳の体の変化に対応するのにどれ位の時間を必要とするのか分からないが、無理をせず体の変化に対応したプログラムを構築していく必要がありそうである。



●初転倒!!
然別湖畔温泉を出発した我々は、白樺峠を越え十勝平野が眼下に広がる扇が原展望台のパーキングにバイクを停め暫し雄大な景色を眺めたのだが、ここで私は今回の北海道で初めての転倒をしてしまった。

転倒と言ってもバイクではなく、写真を撮ろうとカメラを構えたまま後ろに下がった時、後に有ったベンチに気付かずそのまま尻餅を突いてしまったのだ。ベンチが有る事は見て知っていた筈なのだが、その時の私はベンチを全く意識していなかった。

足がもつれて転倒するその無様な姿は年寄りそのもので、私は恥ずかしさを隠す為慌てて立ち上がってしまった。幸いにも私はフルフェースヘルメットにレザーウエアーの完全装備だった為体へのダメージは全く無かったが、残念な事にヘルメットのウイングの先に小傷が付いてしまった。



癒しのGS
菅野温泉への道を右に見ながら通過、国道274号に出て陸上自衛隊鹿追駐屯地前を通過した私は、鹿追のGSで給油する事にした。以前に一度給油した事の有るこのGSはお向かいのコンビニが経営しているのだが、GSには通常スタッフはおらず呼び出しボタンを押すと向かいのコンビニから人が走って来るシステムになっている。

呼び出しボタンを押すとお母さん(前回はお父さんだった)が向かいのコンビニから走ってやって来た。


我々に最大限の愛想を振りまく犬。

私がこのGSにわざわざ立ち寄った(近くにもホクレンのGSが有る、価格は同じ)理由は、以前給油した時(2005年)事務所内に可愛い白い犬が店番をしていていたのを思い出したからだ。

私は事務所の中を覗いて白い犬を探したのだが、出て来たのは茶色のミニチュアダックス(多分?)だった。彼(多分?)は我々を見付けるとシッポを大きく振って事務所内に誘ってくる。

我々が彼の寂しそうな眼差しに負けて中に入ると、彼はお腹を上に向け最大級の歓迎ポーズで我々を出迎えてくれた。

このミニチュアダックスは一匹でこの事務所内に置かれ人に飢えていたようで、我々三人の間を順繰りに渡り歩いて愛想を振りまいていた。それはそこまでしなくてもと思わせるほど涙ぐましいもので、私はこの犬がだんだん哀れに思われてきた。犬も人間同様一匹では生きていけない動物のようである。



ワンダーランド狩勝峠を堪能
給油と犬と戯れたGSを後にした我々は、次なるスペシャルステージ狩勝峠に向かう。

鹿追から国道38号の新得に出た我々は、長い直線を経て狩勝峠の登り口に到着する。今日の狩勝峠は路面状態も良く、走っている車も少ない絶好のコンディションで我々を迎えてくれた。

狩勝峠の登りには登坂車線が有って車に行く手を妨げられる事が少なくアベレージスピードを維持するのが容易な峠で、また大きなアールのコーナーが右に左に連続するレイアウトになっていて、深くバンキングしたコーナーリングが我々を楽しませてくれる。


新富良野プリンスホテルパーキング到着時
に撮影したK8のリヤタイヤ。
サイドに狩勝峠での走りの名残が見える。
その長いバンキング中、路面は直ぐ手のとどくところにあって、ライダーは目線の低さでバンク角の深さを知る事になる。

二番手を走るK8はこれまで何度となく狩勝峠を走った経験を持っていたが、それは全て隼で走ったものだった。隼で走っていた時のK8は、どちらかといえば狩勝峠を苦手としていて、私から遅れる事が多かった。

今回初めてGSX−R1000 K8で狩勝峠を走ったK8は、私の背後にピタリと張り付いていたようで、私は背中にK8の気配をヒシヒシと感じながら走っていた。

私の今日の狩勝峠は相変わらず頭がピリッとしない状況だったが、そこそこは走れていたように思う。

走りの状況は三国峠の時より改善されそこそこは走れるようになっていたのだが、爽快な走りとまでは行かない状態だった。これが体のコンディションのせいなのか、加齢のせいなのか・・・?

K8は今回GSX−Rで初めて走った狩勝峠を楽しんだようだ。曲がって行かない隼と違いコーナーに吸い付くようにグングン曲がって行くGSX−Rの痛快な走りは、K8にGSX−Rに乗り換えてに本当に良かったと感じさせた筈だ。

峠を越えた先の大きく深い右コーナーを楽しんだ我々は、富良野を目指す。





新富良野プリンスホテル前に到着。


森の時計への道。


中でも待ってます。


この席を狙ってます。


窓からの景色が森の中にいる事を感じさせる。








この中で売っているソフトです。  普通です。


富良野チーズ工場を見学。


●富良野で昼食
国道38号を落合、幾寅、東山と走り、山部で国道から離れ山側の道を走って新富良野プリンスホテルに向かう。今日は森の時計で昼食とグルグルコーヒーを頂く為に新富良野プリンスホテルに向かったのだが、パーキングに到着してみるとさすがに観光地、車と人がいっぱいでパーキングは満杯状態であった。


観光客になります。


外には行列。


森のカレー 1000円


この豆を挽きます。


ドリップ中。


3人分を分けます。

しかし我々はバイクの特権を生かし、パーキングの端の空きスペースにバイクを潜り込ませる事に成功する。

我々は観光客に混ざって小さな店が点々と並んだニングルテラスの中を通って森の時計に向かうと、連休中とあって森の時計の前には長蛇の列が出来ていた。

列の長さからして順番が回って来るまで暫く時間が掛かりそうだったが、時間はまだ12時を回ったところで時間的にはまだ余裕が有り、折角ここまで来た事でもあり列に並ぶ事にした。

普段秋田では殆ど待つ事をしない私だが、先日の喜多方ラーメンといい今回といい、遥々それを目的にやって来て場合は待ってしまいますね。

我々はカウンター席を希望して(カウンター席以外でコーヒーを注文してもグルグル出来ませんのでご注意下さい。)順番を待っていたのだが、結局前回来た時に座った左奥のカウンター席(大竹しのぶ指定席)に案内されたのは12時45分頃になっていた。

我々は先ず森のカレーを注文して空腹を満たす。ここでの食事メニューは森のカレー森のシチュー(各1000円)があるが、私の個人的意見ですがカレーの方が無難かと思われます。



グルグルコーヒー
食事の後はコーヒータイム。前回来た時は若いお嬢さんがコーヒーを入れてくれたが、今日は年配のオジサンが入れてくれる様でどんなコーヒーが出てくるか楽しみである。

最初に一人分のコーヒー豆とコーヒーミルを渡された我々は、各自グルグルしてコーヒー豆を挽く。人の性格はこんな所にも出るようで、K8とK9が先を争ってハンドルを回している姿を見て、私は思わず笑ってしまった。

次に三人分の挽いた豆をまとめてドリップするのだが、その前に挽いたコーヒー豆の香りを嗅ぐのがここではルーティーンとなっている。

オジサンがお湯を注ぐその仕草はさすがに手馴れていて、前回来た時のお嬢さんとは大違いで安心して見ていられた。

そして出て来たコーヒーのお味は・・・?

前回来た時と比較すると各段に美味しいコーヒーで、充分に満足出来るコーヒーだったのだが・・・、私の中には昨日飲んだオーベルジュ ましけのコーヒーの味が残っていて、どうしてもそれと比較してしまった。

当然使っている豆も入れ方も違うだろうから味が違って当然なのだが、私の好みというか嗜好のランキングから言ったらオーベルジュ ましけのコーヒーに軍配が上がるかな・・・。

美味しいコーヒーを飲んでユッタリした時間を過ごした我々が外に出ると、時間は1時15分を回っていた。我々は経験則として遅くても2時までに富良野を発てば、鵡川で温泉に入り夕食を取ってもフェリーには間にあう事を知っていて、もう少し富良野に滞在する時間は有りそうである。

K8が北海道の美味しいソフトクリームを食べたいと言うのだが、私はこの辺で美味しいソフトを売っているお店を知らない為、森の時計のレジのお嬢さんに聞いてみた。

私 「近くで美味しいソフトクリームを売っているお店を知りませんか。」

お嬢さん 「それは上のニングルテラスの中に在るチュチュの家の事ではないですか?」

私の問い掛けに対するお返事としては少し的外れな感じがした私だったが、我々はそのお店に向かった。

沢山のお店が並ぶニングルテラスの中央付近にそのチュチュの家は在った。中に入るとソフト売り場があって、お勧めは木の実風味(アーモンドナッツ)のソフトクリームであるらしい。そこでK9はそのアーモンド 320円を、私はバニラソフト300円(ソフトの美味しさはベースのバニラで決まる)を購入する。

そしてそのお味は・・・・ 普通だった。

私の食べたバニラソフトは、
「この味で300円は少し高いかも?」 

と思ってしまった微妙なお味でしたが、観光地価格と考えると妥当なのかもしれません。

アーモンドも少し舐めてみましたが、評価はバニラと同程度でした。

PM1:30、新富良野プリンスホテルのパーキングを発った我々は、近くに在る富良野チーズ工場に立ち寄ってみた。これまで一度も立ち寄った事がなかったのでどんな所か見てみたかったのと良いお土産が有れば購入しようと考えていたのだが、何も買わずにトイレだけ使って出発する事になった。

我々は今日最後のSS(桂沢ダム〜夕張間)に向かって富良野を出発する。





桂沢ダムサイトのパーキングで休憩。


この建物の壁にトイレマークを発見する。

●トイレ発見
国道38号島ノ下から道道135号に入り国道452号に向かう。この道は車が少なければ楽しめる道なのだが、富良野と札幌を結ぶメインルートの為いつも交通量が多く最近私は車の後ろで過ごす事が多くなった。

国道452号も同様で、我々は桂沢ダムまで車と一緒に走る。交通量が多いこの道では追い越ししても大して先に行けないし時間短縮にもならずに危険度が増すだけなので、最近は車と一緒に走る事にしている。

しかし、それは時間が読めるようになったからで、所要時間が読めなかった頃はフェリーに遅れないよう頑張って走ってましたね。

我々はいつも地元の走り屋さんが屯する桂沢ダムサイトのパーキングにバイクを停め休憩を取る。休憩していると道路をパトロールする黄色い車やって来て、向かいの建物の敷地に入って行くのが見えた。

車は建物の前に止まり乗っていた人が中に入って行ったのだが、それを見ていた我々は入口の横にトイレマークが付いている事を発見する。この建物は道路維持の為の事務所のようなのだが、トイレを一般にも開放しているようだ。

ここで休憩する時いつも我々を悩ませたのはトイレの問題だった。そこでK9が確認に向かうと建物の中では車の人が休憩中であったらしが、トイレは使えたと言う。これからは柵を乗り越え草むらに走る事はしなくてもよくなったようである。

休憩を終えた我々はパーキングを発って夕張に向かう。私はこの先で時々遭遇する走り屋さんとのコラボを期待していたところも会ったが、この状況では今回は無さそうである。



●地元ライダーとのコラボレーション
桂沢湖沿いの道は以前白黒カーと遭遇した事も有ってリラックスしたペースで走り始めた私は、幾春別川沿いの道に変わって少しペースを上げる。三笠市と夕張市の間に在る峠の上りに差し掛かった時、我々の前に1台の赤いバイクが現れる。

センターマフラーのそのバイクはリッターSS系のフルカウル車だったが、私はその車種までは分からなかった。我々が近づくと急にスピードを上げて走り始めたその赤いバイク、明らかに我々を待ち受けていた地元の走り屋さんなわけで、我々は彼の遊び相手に選ばれてしまったようである。

その時の私の心境としては、あまり芳しくなかった。ここからトンネルまでの登り区間は、一速ホールドで右に左にバイクを切り返して走る低速コーナーが続く区間で、私が桂沢ダム〜夕張ダム区間の中で最も苦手な区間だったのだ。

その理由として、私のGSX−Rにはパンクの修理道具や工具等重量物を積載いる為他車より切り替えしが重い事や、この区間で前のバイクを追い越す事は難しいと思えたからだ。

これまでこの区間を走る時の私は他のメンバーに先頭を任せ後ろから追い掛ける事が多かったのだが、コーナー毎に離され結局一人旅になる事が多かった。

私は負ける喧嘩は買わない主義だが、このまま引き下がるのも癪(しゃく)なので一応頑張ってみる事にした。

我々が追い着くと赤いバイクはフルスピードで逃げ始め私も離されないようペースを上げたのだが、この区間をホームとするであろう走り屋さんと私の間隔は開くでもなく縮まりもしなかった。

この峠を登って行くと右コーナーの途中にいつもフロントタイヤを飛ばされる小さな段差が有るのだが、私は今回もしっかりフロントタイヤを飛ばされ一瞬スピードが鈍る。それにもめげず私は走り屋さんを追い掛けたのだが、結局最後まで二台の間隔は変わる事はなかった。

今考えたら走り屋さんを追い掛けるのは私ではなく、GSX−Rに慣れてきていたK8にお願いした方が良かったと思われるのだが、その時の私にそんな事を考える余裕は全く無かった。

私はトンネルを抜けた先の高速ステージで走り屋さんの前に出る事をイメージして走っていたのだが、走り屋さんは私の心中を見透かしたようにトンネル手前で走る事を止めてしまった。

結局地元ライダーとのコラボレーションは決着が付かないまま終了となってしまったのだが、今年もまた地元ライダーからの北海道土産を貰って私は桂沢ダム〜夕張ダムSSを後にする。

夕張ダムで三台が纏まった後、夕張のいつものSeicomartで休憩とした。



●スーパーK
北海道最後のSSを走り終えた後の夕張Seicomartでの休憩は、これまで数々のエピソードを出を作ってきた。会心の走りに喜ぶ者、思うような走りが出来ず考え込む者、バイクの走りに限界を感じる者、納得の一服を味わう者等思いは様々だったが、今回の私は何かスッキリしない気持ちで缶コーヒーを飲んでいた。

色々な思いを胸に夕張のSeicomartを発った我々は、鵡川の温泉 四季の館 を目指す。紅葉山の交差点を左折し国道274号に入った私は、レーダーを探しながらゆっくりと加速して行ったのだが、今日は珍しくその姿は無かった。

穂別稲里で道道74号に入って穂別に出た我々は、昨年給油した 民宿 ポレポーレ のお父さんが勤めるホクレンGSにバイクを停める。当然お父さんが出て来ると思っていた私だが、お父さんはいなかった。

出勤日でなかったのか転勤になったのかは聞かなかったが、お父さんと会える事を楽しみにしていた私は少しガッカリでした。其の辺の事は次回ポレポーレに泊まった時に聞いて見る事にします。

穂別を出て鵡川を目指す我々の前に数台の車列が現れる。するとその中の一台の軽自動車が前の車を元気良く追い越して行くのが見えた。我々もその軽の後に続き車列を追い越したのだが、私はこの怪しい軽の走りを暫く観察する事にした。

前に現れる車を次々に追い越して行くそのスーパーK(SUZUKIのターボ車?)は、結構年配のドライバー(50〜60歳代?男性)が運転しているように見えたが、その切れた走りは北海道でも滅多にお目に掛からないものだった。

それでも所詮は軽自動車わけで、我々はスーパーKが前の車を追い越した直後に一気にスーパーKを追い越し前に出たのだが、最後尾にいたK9はタイミングが合わず一台取り残される事になってしまった。

前の二台はそのまま走ってK9が来るのを待ったのだが、我々はスーパーKの地雷を踏んでしまったようでスーパーKは猛然と我々を追い掛け始めたではないか。前の二台はK9を待つ為スピードを上げられず、K9は猛然と走るスーパーKの動きが読めず追越も出来ず、我々三台のGSX−RとスーパーKは微妙な間隔を保ったまま暫く膠着状態が続くのであった。

どこまでこの状態が続くのか心配になってきた頃、スーパーKは厚真方面に消えて行き我々三台は再び一緒になって鵡川に向かった。

< 触らず神に祟り無し> が身に染みたスーパーK事件だった。





PM5:10 鵡川の四季の館に到着。













苫小牧東港の無事到着。
手前の車は、函館に我々と同じ
フェリーで上陸した車だった。



K8とはここでお別れ。

●乗船までのルーティーン

温泉セットを持って温泉へ。


温泉から上がって腹ごしらえ。
私は大きなエビの海老カツ丼を頂きました。
食べ応えが有って結構美味かったです。


この隼と刀はどこかで見た事が・・・!?

予定時間を少し回ったPM5:10、我々は鵡川 四季の館 に無事到着、温泉に入って北海道の埃を落とした後、夕食を取る。

新日本海フェリーが出る浜厚真の苫小牧東港のフェリーターミナルには食堂らしき物は有るが、カレーやそばやうどん等の軽食しかなく、ここでゆっくり夕食を食べてフェリーターミナルに向かう事をお勧めする。

但し、注文してから運ばれて来るまで結構時間が掛かりますので、時間に余裕を持ってご注文をお願いします。注文は温泉入口横の壁掛け電話の所にメニューがございますので、電話でご注文下さい。

もっとも、フェリーの中にも立派なレストランが有ってそこで食べる事も可能ですが、船内のレストランは一名1600円(変わっていなければ)のバイキング形式となっております。

出発時間になってバイクの所に戻るとどこかで見た事があるバイクが二台停まっていた。名古屋ナンバーの隼と刀は雨の大雪ダムで会ったSUZUKIコンビで、彼らも我々同様ここでフェリーまでの時間を過ごしているようだ。

苫小牧東港からは我々が乗る苫小牧東港〜秋田〜新潟〜敦賀行き(PM7:30発)の他、敦賀への直行便(PM23:40発)が出ていて、彼らは敦賀直行便に乗るのだろう。今回K8も秋田には戻らず、GSX−Rと共に敦賀直行便に乗って自宅に帰る事になっている。

直行便は明日の夜PM8:30に敦賀に着く事になっていて、K8は明日中には家に帰る事が出来るようである。

鵡川から苫小牧東港まではゆっくり走っても15分程で到着するので、我々は六時半前に鵡川を発ってフェリー乗り場に向かう。フェリー乗り場には乗船を待つ沢山の車が停まっていたが、バイクは数台しか停まっていなかった。

このフェリーの乗船順は最初にバイクを載せその後に車、最後に再びバイクを載せる順番になっていて、我々は車が載った後の最後の乗船となる。早くフェリー乗り場に到着すれば最初に乗船出来るので客室のスペース(2等の場合)を確保し易いのだが、秋田行きの客室はいつも空いているので最後の乗船でも問題は無く、乗船券を持っていればPM6:50までにフェリー乗り場に到着すれば問題ないだろう。



●雨と寝不足に影響された北海道を振り返る
PM7:00過ぎ、K8に見送られた私とK9は長いタラップを上ってフェリーに乗り込む。バイクを甲板員が指示する場所に何とか停めた我々は、荷物を持って二等客室に行き寝るスペースを確保、着替えて売店で飲み物を調達し上のフロアーに向かう。

プロムナードと呼ばれる通路の窓側に設置されたテーブル席に着いた我々は、雨に翻弄された今回の北海道の無事を祝してまずは乾杯する。

K9は今回GSX−R K9で走る初めての北海道だったが、本土とは違った世界を垣間見る事は出来たのではなかろうか。まだまだ北海道の走りを楽しむところまでは行かなかったとは思うが、北海道の魅力を十分に感じる事が出来たと思う。

一方、K8はGSX−R K8のポテンシャルを十分に感じ取った北海道になったのではなかろうか。隼とは違うK8の運動性能を発揮して走る北海道は、今までの北海道とは違った北海道になった思う。 

そして私の今回の北海道は、色々と考えさせられる事が多い北海道だった。連日の寝不足が響いて体のコンディションが良くない状態で走る事になった今回の北海道は、回復力の衰えを感じたり、ピリッとした走りが出来なかったりで、今までの北海道で経験しなかった状況に戸惑う場面が多かった。

FUNKY IN 北海道も今年で26回目を向かえプチも入れたら30回以上バイクで北海道を走っている私だが、今回は今までにない経験をした北海道だった。今まで楽しく走れた道が楽しめない今回の経験は、これまでのような考え方ではこれからは通用しない事を思い知る結果になった。

今後は歳相応に体のメンテナンスやコンディション作りをしなければ北海道を楽しめない事を痛感した私だったが、次回は今回の事を教訓にして北海道を楽しみたいと考えている。

皆さんはそこまでしなくても気軽に走れば良いのではないかとお思いでしょうが、我々は観光の為に毎年北海道に渡っている訳ではなく、走りを楽しむ為に北海道に行っている事をご理解願いたい。

バイクの楽しみ方も色々有って人それぞれだが、我々は走りを楽しむ事に拘って北海道に渡っているのである。


7時半頃から始まったK9とのバイク談義は、飲み物を追加しながらエンドレスに続くかに思われたが、さすがのK9も北海道の疲れが出たのだろうかいつもとは調子が違ったようで翌日になった頃に宴会はお開きとなった。

今回の FUNKY 北海道 でK9が悟った事がある。

 宴会は夜12時まで・・・。


これは私の為にも是非実行してもらいたいと思います。


暗くなった客室に戻った我々は、静か?に眠りに着いたのであった。


今回の走行距離は1464km。
予定より少し短目でした。


●新たなる北海道の幕開け!?
朝起きて外を見てみると船は男鹿半島沖を航行していて、秋田到着までは1時間ぐらいと思われる。我々の客室には秋田に帰る年配のご夫婦と北海道から来た鉄道好きの男性と秋田市外旭川へ帰る車で道の駅を渡り歩いて旅するお爺さんがいらっしゃって、皆さん話が弾んでいたが、K9は毛布を被ってまだ寝ていた。

若者は疲れているとよく眠るが、年寄りは疲れていても早く目が覚めてしまうのはどうした訳だ。疲れが取れ難い年寄りほど長く眠らなければいけないと思うのだが、本当に年寄りの朝は早くて困ったものである。

フェリーは定刻に秋田港に接岸、我々は無事秋田の地に帰って来た。下船した我々は店の在る広面に向かって走り始めたのだが、土崎の街中で我々の前に警察官が立ちはだかった。

彼らの後には山車の姿が見えていて、私は今日が土崎の祭りであった事を思い出した。山車の移動の為交通規制が行われていたのだが、前の車が横道に入って行ったのを見て私もその後に着いて行ったのが失敗だった。

結果的には遠回りして元の道に戻ってしまった我々だったが、交通規制は一時的なものでその場で待っていれば通行出来たので、土崎の祭りの交通規制は下手に動き回らない方が良さそうである。

AM8:30過ぎ、我々はスタート地点に無事帰還し解散となった。


私にとって北海道は特別な存在だが、今回私自身の変化で北海道の楽しみ方が少し変わるかもしれない事を感じた北海道だった。

どう変わって行くのかは分からないが、その答えは北海道に落ちている・・・!?



                       終
                                       Ryuta
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